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第96話 オーディン

 悠吾の最後の発言がしんと静まり返ったプライベートルームに響いた後、ずしりとのしかかる重苦しい時間が流れた。 

 銃を突きつけられたままの烈空は、背もたれに背をあずけただ悠吾の目を睨みつけたままだ。

 だが、烈空がただ静かに時が流れるのを待っているわけではない事が悠吾には判っていた。


 彼は今、判断を求めている。彼らのリーダー、ユニオン連邦のGMゲームマスターに。


「……結論が出た」


 ふう、と溜息を1つついた後、烈空が小さくそう囁いた。

 その声には、呆れとも諦めとも取れる落胆の色が見えている。


「それで……?」

「私が話すと言ったのだが、どうしても君に直接話したいそうだ」

「……え?」 

 

 話したい……って誰が? 

 瞬間的に烈空の言葉が理解出来なかった悠吾がきょとんとしたその時だった。


 ぎい、ともの悲しげな音を上げ、悠吾の背後、先ほどユニオンのプレイヤー達が押し寄せた扉がゆっくりと開け放たれた。


「……ッ!!」


 その音が耳に届いた瞬間、即座に入り口に銃口を向ける情報屋達。

 そして、彼らの動きに釣られるように扉へと視線を向けた悠吾とルシアナ、そしてラノフェルとパームの目に飛び込んできたのは、烈空と同じ黒い軍服に身を包んだ長身の男だった。


「あ、貴方は……」


 その姿に言葉を失うルシアナ。

 

「久しぶりですね、ルシアナ」


 流れるような優しい口調で現れた男は言葉を紡いだ。

 一見女性とも取れる華奢で線が細く、無駄な物を削いだような体つき。そして黒い軍服とのコントラストが際立つ長い銀髪と透き通った白い肌。だが、悠吾達を見つめるその目からは、狂気に満ちた禍々しい空気が放たれている。

 まさに、狂気的な美しさ──

 扉を開け、ゆっくりと近づいてくる男は、そんな言葉が形容できる姿だった。


「君が悠吾くんか。フフ、はじめまして。私がユニオン連邦のGMゲームマスター、クラウストです」

「……ッ!」


 悠吾の傍を抜け、挑発的にテーブルへと腰を下ろすと、その男クラウストは足を組みながら丁寧にそう言った。

 どこかバームさんにも通じるナルシストな雰囲気を醸し出している人だ。だけど、変な嫌味ったらしさは全くない。何か今まで会ってきた人達とは違う何かを持っている気がする。


「君が言う相違点に関する情報、実に興味深いですね。……良いでしょう、ラウルへの侵攻は中止しましょう」

「……ほ、本当ですか!?」


 クラウストの言葉に、助かった、と安堵したのはラウルのGMゲームマスターバームだった。

 これまでの烈空とのやりとりで憔悴し、悠吾との会話を悲痛な面持ちで見ていたバームは崩れ落ちるようにその場にへたり込む。

 なんというか、仕方が無いことですけどすでに威厳の欠片も無くなってしまいましたね。バームさん。


「ああ、悠吾くんの話を聞いてラウルへの興味は無くなったよ。まぁ、私は気まぐれですからそれがいつまで持つかは解らないですが」

「……う」


 ゆっくりとテーブルから立ち上がり、地面にへたりこんだまま表情をひきつらせるバームの肩をクラウストが抱きかかえた。

 まるで赤子を抱きかかえるように、優しく。


「そう悲しまないでくださいバーム。これは遊びなんです。ただのゲームです」


 そうでしょう? 

 にい、と口角を釣り上げるクラウストにバームだけではなく、その場の全員が凍りついた。

 クラウストが放つ、狂気に満ちた空気が次第に辺りを支配していくのがはっきりと判る。


「それに、今回の交戦フェーズでは南方の国々を手に入れようと思っていましてね。戦力をこちらに割く必要が無くなって良かった」


 助かりましたよ、とバームの肩を叩くクラウストだったがその言葉は偽りだということが悠吾には判った。

 彼らにとって僅か2つのプロヴィンスしか持ち合わせていないラウルを落とす事なんて容易たやすい事のはず。なのに、そのラウルへ送る戦力すら惜しんでいる。

 ということは、ユニオンは別の大きな戦いを計画している。南方には大きな国家は存在しないはずだから、計画しているとすれば、東方か北方──


「それで、悠吾くん。相違点の情報についてだが」

「え、あ、はい」

「交戦フェーズ終了前日に情報を渡し給え。リストと、君たちが今調査している情報も。もし少しでも遅れれば──即座にラウルに侵攻を開始します」


 1日で陥落させてみせますよ。

 バームの肩に手を置いたままそう言うクラウストの言葉はこれ以上ないほど悠吾達を戦かせる。

 彼は冗談で言っているんじゃない。やろうと思えば1日……いや、半日でラウルを落とすつもりだ。


「わ、判りました」

「よろしい」


 ぱん、と満足したように両手をあわせ、そう囁いたクラウストは、ゆっくりと悠吾の元へ歩み寄る。


「……フフ、悠吾くん、君の策は素晴らしかったよ。一見おとなしく何も考えていないようにみえますが、非常に巧妙な策略を練っていますね」

「え、あ……有り難うございます」

「実に素晴らしい事です。君のように頭が切れるプレイヤーは大好きだ」

「……ッ!!」


 顔を近づけ、男性でありながらも艶かしくまじまじと悠吾の姿を見つめるクラウストに悠吾はわけも分からず困惑した表情を浮かべてしまう。

 なんだろう……なんかすごくいい香りがする。

 

「……烈空、彼らを麓までお送りしたまえ」

「……!? 彼らを……このまま逃せと!?」

「そうだ。彼らを殺してしまえば情報屋は敵対したままになるだろう。それでは……少々不便だ」

「し、しかし……」


 それは出来ない、と言いたげに眉を潜める烈空。

 ラウル侵攻の中止は仕方ないとして、ルシアナとこの小僧だけはこの場で殺さねば気が済まない。

 

「……烈空、私に同じことを言わせるつもりか」

「うっ……!」


 先ほどまでの柔らかい口調から一変した冷たい声とともに放たれた鋭い視線に、烈空の表情が思わず凍りつく。

 思惑が読めず、掴みどころがないクラウストの立ち振舞。

 一体この人は何を考えているんだ──

 悠吾が感じていた狂気が次第に得体のしれない恐怖へと変貌していく。

 

「わ、判った」

「判れば良い。何事も素直に受け止めるべきだと思わないですか? 悠吾くん」

「そ、そうですね」

「フフ、良い返事です」


 狼狽を浮かべる悠吾に、クラウストは満足したような笑みを浮かべると、くるりと踵を返した。

 

 最後に意外な人物が現れたけど、交渉は成功した。ラウルへの侵攻は中止され、皆のお陰でルシアナさんと僕は生き残る事ができた。

 緊張感から開放され、思わずふう、と椅子の背もたれに身を預ける悠吾。

 だが──

 

「……ああ、そうだ悠吾くん、ひとつ私から伝えなくてはならない事があったのでした」

 

 怯えるバームとラノフェルを一瞥し、入り口の扉へ向かったクラウストが突如ぴたりと足を止めた。


「え? なんでしょう?」

「このアイテムをご存知ですか?」


 ──アイテム? 

 一体何のことなんだろうと、首をかしげる悠吾。

 だが、クラウストの右手に持たれたそのアイテムが認識できた瞬間、悠吾の心臓はどきりと跳ね、その額にじとりと汗が滲んだ。

 クラウストが持っているのは、小さい銃の様なアイテムだった。

 まるで遊ぶようにクラウストの細い指に絡まり、くるくると回される──見覚えのあるアイテム。

 

「……ッッ!! そッ、それはッ!!」

「部下がとある狩場シークポイントで拾ってきた物なのですが……フム、エンチャントガンという名前なのですか、これは」


 エンチャントガン──

 改めて放たれたその名前に悠吾の身体は石のように固まり、すう、と足元が抜けていくような感覚に襲われた。


 なんで。どうしてあれがユニオンの手に。

 ぐるぐると頭の中でその言葉が回転する中、ルルが言った「誰にもエンチャントガンの事は話すな」という言葉が悠吾の頭を支配する。


「フフフ、頭が切れるプレイヤーは好きだ。生産レシピに無いこのアイテムを生成したプレイヤーにはぜひユニオンに招き入れたい所ですが……障害になる前に処理したい所でもありますね」


 アイテムポーチの中に仕舞ったのか、エンチャントガンはクラウストの指でくるくると回されながら光の粒に変化し、姿を消していく。


「……また会いましょう、悠吾くん」


 静かなクラウストの声とともに扉が開け放たれた。

 重く張り詰めた空気が外部に流れ、山頂のすんと透き通った空気が流れ込んでくる。

 そして、開け放たれた扉の向こう、そこに広がっていた光景に悠吾は更に衝撃を受けてしまった。


 辺りに倒れているのは、もがき苦しむ黒い戦闘服を着たプレイヤー達──

 この竜の巣ドラゴンス・ネストを掌握するために呼んだ情報屋のプレイヤー達だ。


「なっ……!?」


 悠吾だけではなく、その場に居た全員が息を呑んだ。

 これは──

 彼が──クラウストさんが1人でこれを!?


 その光景に愕然とする悠吾。

 僕の策は彼の前では全くの無力だったということか。僕達助かったのは、クラウストさん自身が語っていた彼の……「気まぐれ」に過ぎなかった。

 

 ひゅうと、冷たい冷気が風に乗り悠吾の頬をかすめる中、無力感に支配された悠吾は、ただその光景を見つめるしか無かった。 


***


 竜の巣ドラゴンス・ネストを後にする悠吾達はユニオンのラウルへ侵攻を防いだ「勝利者」だったが、その姿は「敗北者」そのものだった。

 悠吾だけではなく、全員がユニオンのクラン「黒の旅団ブラックコート」の底知れない強さを目の当たりにしたからだ。


「1ヶ月……何か対策を打たないと」


 自問するようにぽつりとひとりごちる悠吾。その言葉に、軍用トラック「ガズ66」に同乗するバームもラノフェルモ、そしてルシアナも何も返すことができなかった。

 今回の交戦フェーズではユニオンを止めることができたけど、次回、1ヶ月後の交戦フェーズでは「黒の旅団ブラックコート」は間違いなくラウルへと攻めこんでくるはず。それはもう防ぎようのない事実だ。

 1ヶ月でユニオンを打ち破る方法を考えて、準備を整えないと僕達に未来は無い。


「……悠吾くん」

「……え?」


 がたがたと揺れるトラックの音に紛れ、小さい声が悠吾の耳に届いた。

 声を放ったのは、悠吾の傍らに座るルシアナだった。


「ひとつ、悠吾くんに話しておかないといけない事があります」

「な、なんでしょう」


 じっと虚空を見つめるルシアナ。

 その表情に悠吾はただならぬ何かを感じてしまった。


「彼……クラウストの事なんですが」


 じっくりと言葉を選ぶようにルシアナが続ける。

 クラウストさんに何かあるんだろうか。そういえば、彼が現れた時、ルシアナさんが異様に驚いていたようにみえたけど──


「名前が違ったから、判らなかったんです。彼は、クラウストは──」


 ぐっと行きを飲み込み、困惑した視線を送る。その瞳はなにかに怯え、不安に支配されている。

 そして続けて放たれた言葉に、その意味が悠吾にも理解できた。


「クラウストは元オーディンメンバー。それもオーディンの中でもずば抜けた才能を持ち──多数のメンバーが離脱するきっかけを作ったプレイヤーなんです」

「……え?」


 PC版の戦場のフロンティアでは存在しなかった国家、ユニオン連邦。

 その国家誕生の理由が自分のクラン「オーディン」と関係しているかもしれない──


 そう言いたげな掠れたルシアナの声はふわりと宙に浮かび、そして消えていった。

第五章はこれにて完結でございます。

ラスト間が開いてしまい申し訳ありませんでした!

少し書き溜め時間を設けさせて頂き再開したいと思っています!


ここまでお読みいただいてありがとうございました。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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