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第95話 情報という武器

『3段階の策、ですか?』

『はい』

『いつの間にそんな事を……!?』


 トットラから戻って直ぐに情報屋の方たちとの会議を行って、すぐに今日を迎えて……そんな時間は全くありませんでしたよね?

 山頂のティーハウス竜の巣ドラゴンス・ネストへ向かう軍用トラック、ガズ66の車内で小隊会話パーティチャットを通じて、交渉を成功させるための策を悠吾から聞いたルシアナはちらりと視線を悠吾へと送りながら驚きの表情を見せた。

 

『あ、前を向いたままで』

『ご、御免なさい』


 悠吾の言葉にルシアナは慌てて視線を戻す。

 今、悠吾の声が届いているのは、ルシアナだけだった。

 ラウルが助かる為に悠吾達に協力することになったラノフェルとバームだったが、いざという時に銃を向けないとは言い切れ無いため、情報共有はルシアナだけにしようと悠吾は考えていた。

 

『第1段階目は相違点に関する情報提供です。でも、ユニオンが折れてくれれば問題はありませんが……その可能性は低いでしょう』

『……私もそう思います』


 対等の立場であれば侵攻中止の対価として情報提供は効力を持つかもしれないけれど、この状況で上手く行くとは考えにくい。

 ルシアナは悠吾に言われた通り、前方の虚空を見つめたまま眉を潜めた。

 

『そこで武器になるのが、情報屋の集合体である『アセンブリ』を立ち上げたという事実です』

『……それを伝える事が第2段階?』

『そうです』


 ルシアナの問いかけに小さく頷いてみせる悠吾。だが、悠吾を見つめるルシアナの表情はすぐれなかった。

 情報屋を統合した組織「アセンブリ」の立ち上げはユニオンへの情報提供を遮断したという「脅し」と取られてしまうだろう。

 

『でも悠吾くん、会合の場は敵地の真ん中と考えて差し支えない場所です。情報を遮断したと脅して……彼らは大人しく従うでしょうか?』


 逆に彼らを刺激してしまわないかと危惧するルシアナ。

 だが、悠吾は大丈夫ですと言いたげに前方を見つめたまま、笑顔をのぞかせる。


『確かにルシアナさんが言うとおり、アセンブリの情報はユニオンを刺激してしまうかもしれません。だけど、相手次第で脅しは有効的なカードになる可能性はあります』


 ルシアナさんの居場所をパムさんに依頼した時に彼が言っていた、「ユニオンは得意先」という話から、ギフトマーケットを飼い慣らす為にユニオンは巨額の費用を投入していたと考えて間違いないだろう。その情報を遮断されることはユニオンとしても避けなくてはならない事態だからだ。

 ──故に、アセンブリの存在が彼らに与える衝撃は相当デカイはず。


『もし交渉相手が怖気づいて首を縦に振ってくれるのであれば問題無いですし、逆に向こうが強行手段に移るのであれば──』


 そこでふと言葉を切る悠吾。

 続く言葉がうっすらと理解できたルシアナは小さく息を呑んだ。


『……まさか武力で会議の場を!?』

『それが最後の3段階目の策です』

『でも、そんな事をしたら交渉どころじゃ……』


 仮に武力で竜の巣ドラゴンス・ネストを制圧したとしてもラウル侵攻を食い止める事にはつながらない。逆に、その瞬間にラウルのプロヴィンスへユニオンプレイヤー達が押し寄せてくる可能性だってある。

 悠吾の考えが理解出来ないルシアナは不安げに悠吾へと視線を投げかけた。


『大丈夫です。あくまで第3段階は「相手が暴力を盾に交渉を強制的に終了させようとした場合」に立場をイーブンに戻す為の手段です。あくまで目的は交渉によってラウル侵攻を食い止め、安全の確保を行う事ですから』


 情報という武器をちらつかせ、そして相手の武器(情報)を押さえたということを突きつけ、最後に場を支配する。

 そうすれば、いくら不利な交渉だとしても流れは僕達の方に来るはず。


『……悠吾くんの狙いは理解できました。確かに、ビハインド状態から巻き返すには多少強硬姿勢も必要かもしれませんね。後は、竜の巣ドラゴンス・ネストに配備されているユニオンの兵力がどれほどか、という所でしょうか』


 もし、ユニオンが強硬姿勢に移って先制攻撃を加えたとしても、それを跳ね返す程のプレイヤーを配置していたら失敗に終わる。

 そう考えるルシアナだったが、悠吾の予想は違っていた。


『僕の予想では彼らはそう多くの兵を用意していないと思います』

『……え? どうしてですか?』

『ユニオンが会合の場に竜の巣ドラゴンス・ネストをチョイスしたからです』


 竜の巣ドラゴンス・ネストは山頂に作られたティーハウスだけど、それが兵力とどう関係があるのだろうか。

 悠吾の言葉にルシアナは小さく首をかしげてしまった。


『ユニオンが守りに強い竜の巣ドラゴンス・ネストを選んだということは、少なからず「敵からの攻撃を警戒している」という事ですよね?』

『はい、そう……だと思います』


 でもそれがどう関係しているんですか?

 両手を膝に突き、きょとんとした瞳で見つめるルシアナに悠吾はついうろたえてしまう。


『ル、ルシアナさん。前を見て……』

『あっ、御免なさい』


 頬を赤らめながら慌てて視線を戻すルシアナ。

 こんな状況だけど、なんという可愛らしい人なのか。

 ルシアナの慌てふためく姿につい呆けてしまいそうになった悠吾だったが、気を取り直して続ける。


『でも、攻撃を警戒していると言っても、攻撃を受けて倒されたとしても彼ら(ユニオン)はマイハウスに戻るだけでは?』


 死んでも生き返る彼らにとって、攻撃は抑止力にならないはず。

 そう考えたルシアナだったが、ふとつい先日自分の身に起きた事件が脳裏に過った。

 

『あ……ひょっとして拘束?』

『そうです。単純な暴力では彼らを抑止することは出来ませんが、ルシアナさんやラノフェルさんのように生かしたまま捕らえる事は彼らにとって十分脅威になるんです』

『……成る程』

 

 悠吾の説明に納得できたと頷くルシアナ。

 自害する方法さえ奪うことができれば、現実世界と同じように監禁することが出来る以上、ユニオンも攻撃を警戒せざるを得ないというワケか。そして、自分達の動きを察知させないためには最低限の兵力で動く必要がある。

 だから彼らは守りやすい竜の巣ドラゴンス・ネストを選んだ。


 しかし1つだけルシアナに引っかかっている事があった。

 一体どうやって襲撃チームを山頂まで呼ぶのかという事だ。


『悠吾くん、どうやって襲撃チームを山頂に?』

『第1と第2段階の策が、襲撃チームを山頂へ呼ぶ為の手段でもあるんです。いいですかルシアナさん』


 そう言ってラノフェルやパームに悟られ無いように窓の外、四方にそびえ立つ山々へ視線を移す悠吾。


『ティーハウスに僕達を呼ぶということは、会合は室内で行うハズですよね? 言わばユニオンが完全に場を掌握した場所です。そんな場所で、立場が弱いはずの相手が突然脅しを仕掛けたら……どうなると思います?』

『……多分、怒る?』

 

 かな? 

 自信なさげにそう答えるルシアナに、悠吾はこくりと頷いた。


『ええ。脅しに弱い方でしたら狼狽え、強い方でしたら憤怒するでしょう。どちらにしても、彼らの意識は僕に集中するんです』

『あ……』


 ピンときたルシアナが、ぱん、と柏手を打った。


『つまり、感情を高ぶらせて意識を中に向けさせ、その隙に襲撃チームを?』 

『その通りです。襲撃チームはユニオンに恨みを持っている方たちにお願いしています。そしてもう1人、すごい助っ人を』

『助っ人?』


 一体誰の事なんだろう。

 小首をかしげるルシアナに悠吾は言葉無くただ笑顔を見せるだけだった。


 楽しみにしておいて下さい。

 その笑顔は何処かそんな風に語っているようにルシアナには見えた。

 

*** 


 交戦禁止制限が解除されたプライベートルーム。

 瞬く間に立場が逆転してしまった烈空は、無言のまま、目の前に座る悠吾を睨みつけていた。


『悠吾、外のユニオンプレイヤーは排除した。暫く反撃は気にしなくて良いぞ』

『有難うございます、ロディさん』


 刺す様な烈空の視線を受ける中、悠吾の耳に届いたのはユニオンプレイヤー達の排除を行っていたロディの声だった。

 ロディさんには感謝してもしきれないです。

 小隊会話パーティチャットで届いたロディの声に、悠吾は心の底からそう思った。


 悠吾が最後の手段として会議の場を武力で掌握する考えに至ったのは、情報屋達との交渉が成功したすぐ後だった。

 だが、強襲作戦を実行するに当たり、悠吾は一抹の不安を覚えてしまっていた。襲撃メンバーはユニオン連邦と敵対する各国家に所属する情報屋の面々で構成することにしたが、メンバーのクラス構成がひどく偏っていたからだ。

 ほぼ全員が戦士ファイター盗賊シーフといった前線で戦うタイプのクラス。彼らの作戦行動をサポートできるクラスがどうしても必要になる。

 そして、そう考えた悠吾の頭に浮かんだのは、あの廃坑で自分を助けてくれたロディの名前だった。


 即座にロディに対して援助要請を出した悠吾だったが、直ぐに送ったことを後悔してしまった。


 旧ノスタルジア領土だったあのプロヴィンスに残っているはずのロディさんはそれどころじゃ無いだろうし、ロディさんと別れて廃坑を脱出した後、落ち着くと思っていたけどピンチの連続で未だに彼女と彼女のクラン「暁」の活動をサポート出来ていない。

 助けるべき立場の僕なのに、逆に助けを求めるなんて流石に失礼すぎるだろ。


 御免なさい、やはり大丈夫です、と直ぐにメッセージを送ろうとした悠吾だったが、それよりも早く、ロディからの返答があった。


 ──必ず助けに行く。

 その言葉が、悠吾の不安を一瞬で吹き飛ばした。


 なんて素晴らしい女性なのだろうか。

 そしてロディから「もう良いぞ」と呆れたようなメッセージが送られて来るまで悠吾はひたすら感謝の言葉を送った。


「……君達情報屋がまさか滅亡したノスタルジアと組むとはな。実に愉快な話だ」


 情報屋には自殺願望者が多いと見える。

 冷静な口調で烈空がそう言葉を漏らした。

 だが、その表情からは今にも決壊しそうなほどの怒りが滲み出している。


「どうした旦那? 余裕が無ェな? 流石のあんたもまさかこういう展開になるとは思っても見なかったか?」

「ひ弱な犬ほどよく吠える。前回の交戦フェーズで私に打ちのめされた事をもう忘れたのか、黒部」

「……言葉に気をつけろよ。殺しゃしねェが、死なねぇ程度に鉛球ぶち込みたくてしたくてウズウズしてンだ俺は」


 凄まじい殺気を放つ黒部。

 その圧力に思わずごくりと息を飲み込んだのは味方である悠吾だった。

 攻め込んだのが小規模の軍勢だったとはいえ、さすがは前回ユニオンからプロヴィンスを守った東部諸侯連合国のプレイヤーだ。解放同盟軍のキャンプではそこまで判らなかったけど、あの会議の場でその殺気を放たれていたら成功させていた自信は無いです。ほんとに。

 

「情報屋の集合体か……この状況を見る限り、あながち嘘では無さそうだな」

「信じて頂けましたか?」

「……我らユニオンを敵に回すつもりだな貴様ら」


 低く地を這う様な声で警告を放つ烈空。その声にぞくりと悠吾の足元から恐怖の影が這い上がってくる。

 黒部さんに引けをとらない凄まじい圧力だ。だけど、威嚇するということはすでに手はなくなっているということ。流れはイーブンから、完全にこっちに来ている。


「逆ですよ、烈空さん。僕達を敵に回して困るのは貴方たちユニオン連邦です」

「……ッ!!」


 最後のとどめだ、と言わんばかりに強気の発言を放つ悠吾。

 

「情報はどんな兵器よりも優れた武器です。それは貴方が一番良く知っているはずでしょう?」


 この世界で情報を失うことは、目隠しで暗闇を進むようなもの。そしてそれはユニオンと敵対している他国に付け入る隙を与えることになる。

 悠吾以上にその事を理解している烈空は返す言葉なく、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべるだけだった。


「さて烈空さん、どうしますか? ラウルへの侵攻を中止しますか? それとも情報提供を遮断されたままこの会を終わりにしますか?」

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