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第10話 素材を求めて その3

 と、 僕よりも戦場のフロンティア経験が長いトラジオさんと小梅さんに弾薬の調達方法を偉そうに提案したけど、ぶっちゃけほんとは不安です。

 悠吾は口には出さないものの、そう心の中で自答した。

 

 悠吾の弾薬調達のための作戦を聞いたトラジオと小梅はしばらく考えたものの、それしか方法は無さそうだという結論に至り、ユニオンプレイヤーや巡回している地人じびとに見つからないように、できるだけ街道や林道を避け、林や森の中を進み狩場シークポイント「沈んだ繁栄」を目指す事にした。


「……キレイだなぁ」


 独りごちるように悠吾が空を見上げ、ポツリと吐息混じりに漏らす。

 薄暗い林から見上げる夜空にはまばゆいばかりの星たちが光輝いている。

 その美しい光景が不安に苛まれていた悠吾の心を少しほぐしてくれている気がした。


 考えた中では一番確実で安全な方法だけど、不確定要素が無い訳じゃない。

 もしノスタルジアや他国のプレイヤーが入れないように、狩場シークポイントに護衛をつけていたら? この世界を生き延びるためにユニオンが組織的に多人数で探索隊を組織し、探索を行っていたら? 

 それはつまり「詰み」を意味する。


 ……ネガティブな考えはやめておこう。


『やはり、悠吾の言っていた通りだな』


 HK416から弾倉を抜き、残弾数を確認しながらトラジオが小隊会話パーティチャットで呟いた。


『……そうね。弾の減りがハンパ無い』


 小隊パーティの最後尾を歩く小梅がトラジオと同じようにそう言葉を漏らす。

 プレイヤーと地人じびとに見つからないように「沈んだ繁栄」に向かっていた悠吾達だったが、途中数回野生動物モブに遭遇し、戦闘を行っていた。

 弾薬の消費を抑えるために逃走を図ろうと思ったものの、「若夜」である今は野生動物モブが活性化しているらしく、逃げ切る事が出来なかったためやむなく戦うはめになり、結果的に、弾薬が湯水のごとく消えていった。

 小梅を助けた時に手に入れた弾薬はもう半分も無い。


『経験値はどうだ?』

『僕の経験値は、ええと、3分の1ほど増えたという所ですね』


 レベル4へアップするために必要な経験値の3分の1。

 なんとかレベルが4に上がったとしても、多分5に上がる為の必要経験値は増えるはず。全くもって話にならない。

 野生動物モブ狩りを諦め、狩場シークポイントに潜ることにとラジオさんと小梅さんが賛成してくれて本当に良かった。

 と、その時だった。


『止まれ』

『……ッ! また!?』


 これで一体何度目なの。

 トラジオから入った停止の小隊会話パーティチャットに、小梅が暗闇でも判るふてくされたような表情を浮かべる。


『やはり、狩場シークポイントに近づくにつれ、プレイヤーが多くなってきている』


 ピリ、と張り詰めたような緊張の空気を纏いながらトラジオが言う。

 これで3度目だ。向かい始めてしばらく遭遇する事は無かったが、ここに来て遭遇する間隔が短くなってきている。

 林の中に身を潜めつつ、その隙間から街道を歩くプレイヤーらしき戦闘服に身を包んだ男たちを目で追いながら悠吾は思った。


『でもさ、狩場シークポイントに近づいてる、って事だよね。つまり』

『そうだな。現在位置からするとそろそろ見えてもおかしくない』


 トラジオの言葉に促されるように悠吾がトレースギアのMAPを見た所、目的地である「F-8」に現在地アイコンが表示されている。

 狩場シークポイントが林や森の中ではなく、開けた場所にあると想定しておいたほうがいいかもしれない。

 とすると、身を隠せている今ここで作戦をもう一度練る必要があるな。


『トラジオさん、小梅さん、ちょっといいですか?』

『何だ』


 先ほど考えた不確定要素の払拭と、万が一の時を考えた対応策、それに目的の整理を僕の中でもう一度したい。

 そう考えた悠吾は続ける。

 

『まだ戦場のフロンティアに付いて幾つか判らない部分があるのですが、例えば、狩場シークポイントに配置されている地人じびとのレベルは一定なのでしょうか?』

 

 トラジオさんと小梅さんの話を聞く所、世界中に点在する狩場シークポイントには「探索対象レベル」という物が存在するらしい。簡単に言うと、そのレベルに達していないプレイヤーは取得経験値やアイテムに制限がかかる仕組みだ。これも武器や兵器にレベル制限が設けられているのと同じように、高レベルのプレイヤーに「ハイエナ」として低レベルのプレイヤーが付いてきて探索させないようにする仕組みらしい。


『いや、奥に行けば行くほど高くなっていく。入り口近辺は探索対象レベルからマイナス5、最深部はプラス10レベルは考えていたほうが良い』

『やっぱりそうでしたか』


 狩場シークポイントが一定のレベルであれば、入り口近辺で身を潜め、探索に入ってくるユニオンプレイヤーと地人じびととの戦闘を傍観し、プレイヤーが斃されたのを確認した上で弾薬を奪い安全な外へ離脱する。

 そういう作戦も可能だったが、弾薬を得る為には僕達にとっても危険な奥を目指す必要が出てきた。


『向かうは奥、と言うことか』

『はい。入り口近辺では地人じびとが弱く、死んでしまうプレイヤーは少ないでしょう。向かうのは、死ぬ危険性が高い廃坑の奥。ですが、地人じびとを相手に戦闘をするわけじゃないのでそこまで危険は無いと思いますが、気を抜けば僕達も襲われてしまう可能性はあります』


 細心の注意を払う必要があります。

 そう言って悠吾がひとつ、トラジオに頷いた。


『フン、面白いじゃない』


 吐き捨てるように小梅が言った。

 あたしが蹴散らしてあげるわ、とでも言いたげに鼻の穴をぷくりと広げる小梅に悠吾は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまった。

 ……この人は作戦というものが判っているんだろうか。

 悠吾の身体にどっと疲れが湧いてくる。


『小梅さん、念のために言っておきますが、これは見つかっては駄目な作戦です。もし地人じびとに見つかってしまったら有無をいわさず逃走します』

『どうしてよ!』

『最も見つかってはいけない、ユニオンのプレイヤーが戦闘音を聞きつけて大挙して押し寄せる可能性があるからです』


 それだけは絶対に避けないといけない。フィールドではどうとでも巻くことは出来るかもしれないけど、狭い洞窟で構成された廃坑では不可能だ。


『……そうしたら、終わり、か』


 終わり。復活リスポン出来ない俺達に待っている結末は、死──

 トラジオの重みがある声に小梅も状況が改めて判ったようでごくりと唾を飲み込んだ。


『大丈夫です、小梅さん。入る前にしっかり作戦を練って行きましょう。いざという時の逃走方法も考えておいた方がいいかもしれません』

『そ、そうね。うん、作戦は大事だわ!』


 あたしもそう思ってた、と小梅がこくこくと壊れた人形の様に頷く。

 ……小梅さんの扱い方が少しわかった気がする。


『それで、ですけど……』


 気を取り直して、トラジオと小梅を交互に見ながら悠吾が続ける。


『一応トラジオさんと小梅さんの取得しているスキルを僕に教えてもらえませんか? あと、サブクラスの能力も』


 情報は武器になり、そして防具にもなる。

 経験豊富な2人を差し置いて作戦を練るなんておこがましい事この上ないけど、狩場シークポイントに潜ろうと言ったのは僕だ。戦術はトラジオさんと小梅さんに任せたとして、僕に出来ることは戦略を練る事。


 これまでおっとりとしていた悠吾の表情が引き締まった様に見えたトラジオと小梅はきょとんと顔を見合わせた。


***


 またしても悠吾の想像通り、狩場シークポイント「沈んだ繁栄」は森林の中に有るわけではなかった。

 「沈んだ繁栄」は街道沿いの開けた場所に崩れかけた廃屋達と共に佇んでいた。

 廃坑、という名前からして、何か鉱石を採掘していた鉱山だったのだろうか、廃屋の奥にそびえ立つ崖にポッカリと空いた廃坑への入り口が不気味にまるで悠吾達を誘っているかのように口を開けている。


「まずい、ですね」

 

 ポツリと悠吾が呟く。

 悠吾達は廃坑への入り口が見える木陰に陣取りながらも、息を飲みその場所から動けずに居た。

 悠吾達をそうさせていたのは廃坑の入り口の不気味さでも、その場所でもない。そうさせていたのは──


「あいつら何こんなトコにキャンプ張ってんのよっ!」


 怒りに震えながら、声が響かないように小さく小梅が叫んだ。

 あれはキャンプ、と言うより軍隊の野営地に近い。廃屋を活用してテントを幾つも張り、野生動物モブ対策にもなる焚き火を幾つも焚いていた。

 

 焚き火を囲んでいる人達は只のプレイヤーじゃない。

 このキャンプは、これから「沈んだ繁栄」に潜るプレイヤーに情報とアイテムを売り、出てきたプレイヤーから素材やアイテムを買い取る行商を行っているプレイヤー達が作ったものだ。

 プレイヤー達が話す、商談らしき会話が聞こえた悠吾はそう直感した。


「どうする悠吾。あの連中に見つからず入るのは至難の業だぞ」

「大丈夫です。想定範囲内です」


 事前に幾つか想定されるパターンを考えていて良かった。

 野生動物モブの取得経験値が低かったように、ユニオンのプレイヤーもPC版の戦場のフロンティアとこの世界は幾つも違いがあるということに気がついているはず。

 無知は力というが、逆に知識は油断になり、時に諸刃の剣となる。違いがあるとわかったのであれば、彼らも生き残る為にプレイヤー同士で連携してもおかしくない。

 悠吾はそう考えていた。


 だけど、考えていたのは「徒党を組んで狩場シークポイントに挑むプレイヤーが居るかな」程度で、こんな野営地を作っているとはさすがに思ってなかったけど。


「潜るのは辺りが闇に包まれる『熟夜』にしましょう。多少プレイヤーも減るかもしれません……」


 と、そう言って悠吾はふと言葉を飲み込んだ。


 そういえばこの世界に睡眠欲や食欲、排泄欲などの最も低次の基本的欲求である「生理的欲求」が無い。夜になればプレイヤー達は街に帰ると思っていたけどどうなんだろう。


「いや、減ることは無い、と思う」


 廃坑の入り口をにらみながらトラジオが言った。


「どういう仕組なのか判らんが、この世界で生理的欲求が起きん」

「せーりてきよっきゅーって何よ?」

「寝たり食べたりうんちしたりすることですよ」

 

 あえてうんちという表現で悠吾が説明する。

 ジロリと冷ややかな視線を感じたが悠吾は気にしないことにした。


「ゲーム内では絶対に寝たり食事を取らないといかん、という事は無かったからな」


 そう言ってトラジオが簡単に悠吾にPCゲーム版戦場のフロンティアでの「睡眠」と「食事」について説明した。

 まず睡眠。一定の睡眠時間を取ることで取得経験値にボーナスがつくらしい。これは現実世界での生活を犠牲にしてまでMMOゲームをやる「廃人プレイヤー」と呼ばれるプレイへの対策らしい。

 睡眠は「ログアウト」を意味する。つまり、ゲームだけじゃなく、現実の生活も大切にしてね、という運営会社のメッセージだ。


 そして食事。こっちは通常のMMOゲームと同じらしく、食事を行う事で様々な効果が出るらしい。体力増加やスタミナ増加、リロード時間の短縮、ダッシュ速度の増加などなど。食事は狩場シークポイントや交戦フェーズにおける「戦場」に向かう前に街に設けられた地人じびとが運営する食事処で取るのが普通らしい。


「……ということは、奴らはずっとここにいる可能性が高いですね」

「だが、探索の間で休憩は挟むはずだ。そのタイミングは必ずあるはず。そのタイミングを狙い、悠吾の作戦通り闇に紛れ廃坑に入るぞ」


 トラジオが静かに言う。睡眠や食事を取らなくていとは言え、少しは休憩をするはず。そして、そのタイミングを狙い、潜る。

 頼もしい歴戦の兵の言葉に悠吾と小梅は静かに頷いた。


***


 熟夜が近づきつつある。先ほどの場所で身を隠したまま、深みを増した暗い空を見上げる悠吾はそう感じた。

 トレースギアに表示されている現在時間を確認した所、「23時50分」と表示されている。1日は現実世界と同じく24時間らしい。1時間の長さが現実世界と同じかどうかはわからないけど。


「あと数分で熟夜だぞ、悠吾」


 隣に居るトラジオが小さく囁いた。

 すでにトラジオさんの顔がわからなくなるくらい、明らかにさっきよりも暗闇が深くなっている。

 すでに真っ暗になり、ユニオンの行商プレイヤー達が焚いた炎の明かりだけがぼんやりと浮かんでいるその場所で悠吾はそう思った。


「……何をしている?」

「僕が今生産できるリストを見ているんです。どんな物が作れるか確認しておかないと」


 トレースギアに表示されているリストをスワイプさせながら悠吾が言う。

 情報は武器になる。一見役に立たないものでも考えようによっては、ということも有りますからね。


「こんな事を言うのはあれだが、お前と会ってまだ少ししか経ってないが、最初と比べるとずいぶん印象が変わった」

「……えっ?」


 突如かけられたその言葉に悠吾は面食らってしまった。

 変わった……って僕が?


「はじめは怯えた子鹿のようだったが、今は一端の男の顔になっている。それにあの作戦も的確だった」


 辺りが真っ暗でよかった。トラジオさんの言葉に、頬が紅潮しているのが自分でわかる。


「で、出来るならこんな事やりたくないですけどね。生き延びて現実世界に戻る為ですよ」

「フッ、お前のような『普段は大人しいがいざというとき力を発揮するタイプの人間』を俺も知っているぞ」

「えっ?」

 

 だ、誰ですかそれは。少し興味がある。

 悠吾は思わずトラジオの言葉に食いついてしまった。


「悠吾、お前は俺と似ている。俺は現実世界ではお前以上に大人しく影の薄い男だ」

「えええっ、そうなんですか?」


 嘘だ。だってトラジオさんは僕の中で、八百屋で大根を叩き売ってるイメージですもん。

 ……勝手に想像しただけですけど。


「だがな、お前と同じで、全力を出さねばいかん場所は判っているつもりだ」

「……」


 トラジオの言葉に悠吾は息を呑んだ。

 トラジオさんも僕と同じだ。場合によっては、生き延びる為にあえて自分から危険に足を突っ込む必要があって、それが今だという事を判っている。

 多分僕の後ろで息を潜めている小梅さんも同じだろう。


「成功させて……この世界から脱出するんですよトラジオさん。必ず」


 悠吾の声に、返事は無く、背後からは小梅が鼻をすすった音が小さく聞こえただけだった。


 2人もそう思っているはず。

 悠吾はそう自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。この無言が2人の「そうだ」という返事だ。

 だって「こんな危険な世界にずっと居たい」なんて思う人が居るはずがないもん。


『熟夜を迎えました』


 トレースギアの女性の声が静かに言った。時計が「0時00分」に変わる。

 その声と同時に、悠吾達の姿を飲み込むように広がる光が届かない闇が辺りを支配した。


 現実世界と全く変わらない、夜──

 この異世界は「熟夜」を迎えた。

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