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第1話 転生した世界

 雲ひとつ無い透き通った空の下、男が両手の掌を合わせたまま、神妙な面持ちで天を仰いでいた。

 一見すればとても珍妙な姿の男。

 何かを天に祈っているようにも見えるし、精神を統一するために黙想しているようにも見える。

 

 どこかおっとりとしたような雰囲気のある青年。パーマがかかった黒色のツーブロックマッシュヘアに、少し彫りが深く目鼻立ちがはっきりしているがどちらかというと中性的な顔立ちのその男、悠吾ゆうごは祈っているわけでも、ましてや悠長に黙想しているわけでもなかった。

 この訳の分からない状況は一体なんなんだ。なんで僕はこんな所に居るんだ。

 悠吾は、その一つに思考をフル回転させていた。


「え、えーっと……」


 判らない。いくら考えても。

 目を開けばきっと解決しているはず。そんな浅はかな希望を胸に悠吾は両目を開き、ゆっくりと辺りを見渡した。

 だが、目の前に広がっているそれは、先ほどと変わらない風景。


 足首ほどの高さの草が覆い茂った小高い丘から見渡す絶景の景色。ぽかぽかと温かい日差しが気持ちいいし、このままここに寝転べば羊を数える暇も無く夢の世界にどっぷりとつかれるハズ。

 もっともそんなことをやる余裕など今の僕には無いけど。


 悠吾はもう一度目を閉じ、柏手をひとつ打つと再度天を仰いだ。

 悠吾の知人であれば、誰でも一度は見たことがあるであろうその癖。熟考するときに見せる悠吾の癖だ。

 昨日も会社で上司に「宣伝担当なら、売上が低迷している自社健康食品『サプ郎』の売上を上げる為のアイデアを出さんか」と無茶ぶりされて、その場で同じように天を仰ぎ「ふざけてるのか」と怒られたばかりだった。


「……会社?」


 会社。

 その言葉に悠吾の頭の中にジグソーパズルのピースが一つ一つはまっていくかのように、これまでの事が思い起こされていく。


「そうだ、確か、今日は定時で上がって……」 


 新商品発表前で毎日終電帰りだったのに、今日は奇跡的に定時で上がることが出来た。

 こんな気分が良い日はいつものご褒美に、とゲームショップに立ち寄ったんだ。いくつか気になるタイトルがでているはずなので、それをチェックして一本買っちゃおうかと思っていた。

 だけど、目当てのゲーム達を差し置いて、そこで僕の目に止まったのが、確か……


「戦場のフロンティア」


 その名前が悠吾の頭に浮かんだ。

 ゲーム関連の情報、特に大好きなFPSファーストパーソンシューティングゲームの情報は逃す事なく調べているはずだったのに、全くその存在を知らなかった新作のFPSゲーム「戦場のフロンティア」と僕は出会ったんだ。


***


「戦場の……フロンティア?」


 知らないなぁ、と「話題の新作」と書かれたラックに立てかけられていたパッケージを悠吾は手に取った。


「究極のリアルを追求したFPS」

「MMORPGとFPSの融合から生み出される新しいフロンティア(開拓地)」


 などと仰々しい文字が目を引く。

 でも、一人称視点で銃で撃ち合うシューティングゲームであるFPSと、大規模多人数同時参加型のオンラインRPGの融合だなんて、めちゃくちゃワクワクする。

 ゲームに対する悠吾の第一印象はそれだった。


 元々ゲームが好きで、インドア派だった悠吾だったが、本格的にゲームにハマり始めたのは20代の頃からだ。

 「大人になってハマってしまう趣味は怖い」と言ったのは会社の先輩だったか。彼曰く、際限なくお金を趣味につぎ込んでしまうので、始末が悪いと言う。

 ──確かにその通りだった。


 悠吾はその先輩の言葉を地で行くハマりっぷりを見せた。

 給料をはたき、高性能のパソコンに、細かい音を聞き取る為に密閉型の高い高級ヘッドセットを購入した。

 特に悠吾が熱中したのはプレイヤー同士で銃を撃ち合い戦う、FPSゲームだ。時間ができればひたすらプレイするいわゆる「廃人的なプレイヤー」だった。父親が自衛隊だったということもあり、ミリタリーオタクな血が流れていた悠吾がFSPゲームにハマったのは当然の事といえば当然だった。


 そして、元々聴覚が鋭かった悠吾は、FPSにおいて基本と言える「音」を頼りにメキメキと上達していく。ネット上で開催される大会にも出場し、プロゲーマーを目指そうかとも思った。


「自分ならやれるかもしれない」


 これまで何に対しても自信を持つことが出来なかった悠吾が唯一、自信を持つことができた物、それがFPSゲームだった。

 だけど、人生はそうそう簡単には行かない事を悠吾は思い知る。

 本物のプロゲーマーとの対戦でボロ屑の様に打ちのめされ、同時に訪れたスランプで悠吾はその「夢」に挫折した。

 サラリーマンである自分に使える時間は限度がある。その中でトップを狙うのは無理だ。

 そう自分の中で結論づけた悠吾は、次第にゲームをプレイする時間が減っていき、「ガチ勢」から「エンジョイ勢」へと転嫁するに至っていた。


 その忘れかけていたゲーマーとしての血が騒ぐ。

 「戦場のフロンティア」のパッケージを掴んだ瞬間に悠吾はそう感じた。

 「神様が諦めるなと言っているのかもしれない」と、単純な悠吾はそんなことすら考えていた。


「基本プレイ無料……か」


 基本部分を無料で遊ばせて、どっぷりと熱中させてから便利になる追加アイテムでお金を取る。ネットゲームにはよくあるパターンだと悠吾は思った。

 まぁ、基本無料だしヌルかったらやめればいいか。

 でも、成長要素ややりこみ要素が底なしのMMORPGと、大好きなFPSが合わさったんだ。面白くないわけはない。


 気がついた時には、戦場のフロンティアが入ったゲームショップのビニール袋を手に、のんきに鼻歌交じりで悠吾は帰路についていた。


 これから起こる「悪夢」を知る由もなく。

 

***


 硬派なゲームだ。

 戦場のフロンティアの説明書を流し読みし、最初に思った感想がそれだった。


 説明書にストーリーやゲーム内に用意されているであろう世界の説明は一切なし。

 悠吾は「君達は銃と銃、兵器と兵器のぶつかりあいによって生み出される業のカタルシスを体験したいんだろう」と言われている気がした。

 ……そんな訳ないけど。


 読み進める中、理解できたゲーム内容は簡単にいえばこうだ。

 プレイヤーは最初に選択した国の一兵士となり、他国と領土を奪い合う。ゲームの最終目的はすべての領土を自国のものにして大陸を統一すること。

 領土を自国のものにするためには「プロヴィンス」と呼ばれる細かく区切られた土地をプレイヤー同士で奪い合う、という具合だ。


「へぇ、スキルを鍛えて、戦いに備える、と」


 悠吾が説明書の中、「ゲームの流れ」というページで手を止めた。 

 ただ単に領地を奪い取り合うだけであれば、FPSゲームに毛が生えた程度だろうが、戦場のフロンティアは違った。

 リアルタイムで1ヶ月を一区切りとして戦場のフロンティアはその楽しみ方が変わるらしい。


 自分を強くするために世界各地に点在する遺跡、廃墟、洞窟などを文字通り探索し、コンピュータが操作する敵を倒し、経験値を取得したり、アイテムや素材を発掘する「探索フェーズ」に始まり、その経験値をスキルに転換し、己を強化したり、発掘した素材で新しい銃や兵器などを開発・強化する「強化フェーズ」、そして探索フェーズや強化フェーズで生産、強化した武器、兵器、そして人員プレイヤーを総動員し、国家間でプロヴィンスを奪い合う「交戦フェーズ」──

 まさにMMORPGとFSPゲームのいいとこ取りをした感じだと悠吾は思った。


 少しネットで調べてみたが、戦場のフロンティアは中々に古いゲームらしい。

 こんな面白そうなゲームを見逃していたなんて。

 PC画面を見る悠吾が悔しそうな表情を浮かべる。

 どうやら最近、ゲーム内の色々なものが追加された「拡張パック」が発売されたらしく、購入したのは拡張パックとゲーム本体が同封されたものらしい。


「成る程、ね」


 そこまで調べて悠吾はパソコンのブラウザを閉じた。

 事前知識があまりない方が色々と楽しめる。余計な情報は入れない。

 自由にプレイして、どうしても乗り越えられない壁にぶち当たったら参考サイトを見る。それが悠吾のゲームの楽しみ方だった。初めて降り立ち、右も左もわからない状況から始める。そのドキドキ感があるからゲームは楽しい。


「えっと……名前、と性別はまんまで良いか」


 早速ゲームを立ち上げた悠吾が自分の分身となるアバターの設定を始める。得にこだわりもない悠吾はそのままの名前でキャラクター登録を行った。


「次は……クラス? ゲーム内の職業か」


 PC画面に映しだされたのは、幾つものゲーム内の職業、「クラス」の選択画面。

 「一定の期間までクラスの変更はできませんのでご注意下さい」と書かれた注意書きに目を通すが、悠吾は迷いなくクラス一覧の下部に表示されているクラス「機工士エンジニア」を選択した。


 機工士エンジニア──

 戦場のフロンティア内では「生産職」と呼ばれているクラスだった。

 その名の通り、機械に強い職業で、銃火器よりも更に強力な「機械兵器ビークル」を生産出来るクラスらしい。

 対人戦や、探索でメリットがあるスキルを覚える事ができる戦闘職を選ばす、悠吾が生産職を選択した理由、それは単純だった。

 

「ソロでまったりプレイなら、強力な兵器が作れるこのクラスが良いでしょ」


 PCデスクに置かれたマグカップに注がれたコーヒーを飲みながら悠吾が独りでウンウンと頷く。

 銃の撃ち合いであれば、これまで培った自分のスキルがある。コンピュータ戦ならともかく、対人戦であれば、多少のビハインドぐらいは弾き返せるだろう。


 クラス選択画面を終了させ、遷移した画面に映しだされたのは、いかにも訓練所だと言わんばかりの場所だった。かなりの広さがあるシューティングレンジに設けられているのは、幾つもの人型の標的と、コンクリート製の壁。

 そして、カウンターの上に置かれているのは、ハンドガンから小型の自動小銃に狙撃銃などなど。数多くの銃がシューティングレンジに降り注がれる日差しにきらめいている。


「ようこそ! 『戦場のフロンティア』の世界へ!」

「うおっ」


 突如、ゲーム内のキャラクターの左腕に着けられた時計のような物から声が発せられた。

 女性の機械的な声。その声がヘッドホンを通して悠吾の耳に伝わる。


「チュートリアルを始めましょう!」


 チュートリアル。

 FPSゲームでは大抵用意されている、「ここで操作のイロハを習得しましょう」という練習場だ。スキップしても良かったが、悠吾は感覚を確かめるように次々と銃を試し打ちした。


「グレネードを表示された枠内に入れましょう」


 再度機械的な声が左腕の時計のようなものから発せられる。

 グレネードを枠内に投げろ、と書かれている。投擲した手榴弾をちゃんと狙った所に落とせるようにしようというやつか。

 指示通り、手榴弾のピンを抜き、コンクリートの壁に設けられた穴に向け、放つ。


 このグレネードのチュートリアルで終わりでいいか。

 早く戦場に立ちたいと思っていた悠吾がそう思った、その時だった。

 放たれた手榴弾は、コンクリートの壁に当たり、カキンという金属音を立て、こちらに跳ね返ってきた。地面に落ち、跳ねて悠吾の前のカウンターに当たり、もう一度跳ねる──


 ゴン。


 ヘッドホンをしていても判るほど、大きな音が悠吾の部屋に響いた。悠吾の部屋のフローリングになにか重そうな物が落ちた音。

 なんだろうと、音の方に目を送った悠吾の目に映ったそれ。


「……はい?」


 思わず悠吾が情けない声を上げた。

 それもそうだ。そこにあったのは、ゲーム内で投擲した、丸い形の手榴弾だったからだ。

 シュウシュウと不気味な音を立てながらコロコロと悠吾の足元にむかってそれは転がってくる。


「……ぶふぉあッ!!」


 なんだこれは。一体どういうことだ。

 パニックに陥った悠吾が選択した行動。


 自分の部屋から一目散に逃げる

 ……ではなく、悠吾は飲みかけのコーヒーを手榴弾にぶちまけた。

 カップごと。

 手榴弾の頭に帽子をかぶせるように、すっぽりと。


「……」


 自分ながらアホだと悠吾は思った。火じゃないんだから、濡らしたって一緒じゃないか。

 そんな事やる暇があったら、ダッシュで部屋から出るべきだった。

 

 コーヒーがフローリングに広がり、その香ばしい香りが悠吾の鼻腔をくすぐったその時、悠吾の視界は手榴弾から放たれた光に飲み込まれるようにホワイトアウトした。


***


 これは夢だ。

 小高い丘で掌を合わせたまま空を見上げる悠吾はそう思った。

 ゲームの中からグレネードが出てきたなんて話、聞いたことが無い。きっとこれは夢で、目が覚めたらベッドの上なんだ。

 

 だが、悠吾の五感で感じるそれは、紛れも無い現実の様にも思えた。

 目前に広がる平原、足の裏に感じる土の感触、心地良い草花の匂い、悠吾の脇をすり抜けていく優しい風の音。そして、苦い恐怖の味。


 現実のようで現実ではないような現実。混乱した悠吾はそんな言葉すらも浮かんでしまう。

 しかし、よく考えてみれば、この状況がどんな状況なのか、考えられる事はそう多くない。

 ひとつ、ゲームをしながら寝てしまったので、あまりにもリアルな夢を見ている。

 ふたつ、何故か画面から現れたグレネードで僕は死に、天に召された。

 

「痛っ」


 とりあえず、悠吾は、これが夢でないか確かめるオーソドックスな手段である「自分の頬をつねる」方法を確かめてみた。 

 痛い。ひとつめは無し。となれば、やはり自分は死んでしまったのだろうか。グレネードが至近距離で爆発したんだ。普通であれば即死だろう。


 だけど、天国でも地獄でもなさそうだ。悠吾はそう思った。

 それは、自分の「姿」が想像する天国や地獄に居るべき姿では無かったからだ。

 タンカラーの|戦闘服(BDU)に、同じくタンカラーのマガジンポーチが着いたベスト。そして腰に着けられたのは──


「これって……」


 恐る恐る、腰のホルスターから人差し指と親指でつまみ出すように、そこにあってはいけない物を悠吾は掲げた。モデルガンで実際に見たことがある銃、確かM9ベレッタとかいう拳銃だ。

 ベレッタを手にした悠吾を嫌な悪寒が襲う。


 ──ひょっとしてここは、あのゲームの中じゃないのだろうか。


 それが確信に変わりつつあったのは、自分の左腕に着けられた時計の様なものを見たからだった。確かあのゲームの中でキャラクターがしていたものと同じ形だ。もちろんこんな時計など持っていない。


 しかし、あり得ない。ゲームの中に迷い込んでしまっただなんて。

 これが夢だという証拠は無いか。この夢から逃げだしたい一心で、まさぐるように時計に触れようとしたその時だった。

 絶望とも取れる一言がその時計から放たれた。


「ようこそ! 『戦場のフロンティア』の世界へ!」


 あの女性の機械的な声が風に乗り、小高い丘に鳴り響いた。

 間違いない。この世界は現実で、僕は「戦場のフロンティア」の世界に居る──

 その事実を知った悠吾は「どうしよう」と考える前に、とりあえずその場にへたり込んだ。

名前:悠吾ゆうご

メインクラス:機工士エンジニア

サブクラス:なし

LV:1

武器:ベレッタM9







新作始めました!


「落ちこぼれ転移者、全てを奪うハッキングスキルで最強に成り上がる 〜最強ステータスも最強スキルも、触れただけで俺のものです〜」

https://ncode.syosetu.com/n4793im/


落ちこぼれの転移者が、触れた相手の能力やスキルを奪って成り上がっていく物語です!

こちらも面白いので是非!

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