神通力ってすげー!
本日は日曜日。青天に恵まれ、絶好の行楽日和である。
けれども、俺は思う所があり、鈴音とリビングで談話をしていた。
運良く今日は、両親ともに夕方まで帰ってこない。彼女が何故
頭領さんに選ばれたのか、加えて『天狗』のことについて、掘り下げて
おくべき良い機会だ。
ちなみに、彼女と俺の関係について、学校側には『小学校までの同級生』
というあまりにもばれ易そうな弁解をしたのだが、すんなりそれで通って
しまい、クラスの誰一人として疑う素振りも見せなかった。
正直言って、拍子抜けも良いところだ。
さて、先ず俺は、彼女と初めて会った時の「不思議な出来事」について
質問してみることにした。
「なあ鈴音、今まで不思議に思ってたんだけど」
「はい、何でもお答えしますよ♪」
「君に会った日、俺が蹴躓いた時や学校での出来事は、どうやって起こしたの?」
「あら、それなら今からお見せしましょうか?」
「今から?そんな簡単に出来るの?」
「はい♪暫しの間目を閉じていて下さいませんか?」
「あ、ああ……」
言われるがままに、目を閉じてその絡繰の実態が暴かれるのを、今か今かと待つ。
時折、ガタガタと家具が揺れる音が聞こえたが、気のせいだと思ってスルーした。
「晃儀様、もう目を開けて宜しいですよ」
目を開けた瞬間、俺が見たのは驚くべき光景だった――!
鈴音の周りを食器がくるくると回り、まるでマジックを見ているかのような
錯覚に襲われる。続いて鈴音が指を台所の方へ向けると、食器は意思を
持っているかの如く、綺麗に乾燥機へ収まった。
勿論、この間彼女はその場に立っているだけで、微動だにしていない。
「うわぁ……何だよ今の!?」
「ふふっ♪これが屋上で申し上げた『神通力』の一端でございます」
「こ、これが『神通力』?」
「はい。以前晃儀様にお見せしたのは、この『念動』と、もう一つ」
「ああ!スカートが捲れたり、体が軽くなったりした?」
「ご名答です!あれはその名の通り『神風』と申しまして……」
「なあ鈴音!その『神風』で空を飛べたりとか出来るの?」
「え?」
「だって、空飛べたら色々と便利じゃない!もしかして、他に条件とかある?」
首を縦に振って、鈴音が答える。
「はい。晃儀様がお察しの通り、『神風』は一時的に大気を対象の周辺に
纏わせて動きを軽快にしたり、一定の範囲に旋風を起こす事は可能です。
しかし、自力で飛行するとなると――」
言うや否や、鈴音は背中から漆黒の翼を顕にする。
二度目にも拘らず、いきなりだったもので俺は腰を抜かしてしまった。
「うわぁっ!?」
「このように、翼を顕現させなければ飛ぶことは出来ません故、万能の術とも
言い難いのです」
「……な、成程」
「因みに申し上げますと、『大天狗』であらせられる頭領様は、山一つ動かす程の
『念動』を駆使し、『神風』で突風を巻き起こすこともお手の物です♪」
鈴音が得意げに、自らの上司である頭領さんについて力説する。
(……う、嘘だろ!?あの天狗そんなに凄い力の持ち主だったのか!?
どこからどう見たって只のお年寄りだったのに……)
と、内心驚きながらも、俺は彼女が見せてくれた『神通力』に興味津々だった。
「な、なあ鈴音!他に『神通力』で出来る事ってないの?」
「他に……ですか?ええと……」
鈴音が腕組みをして思案している中、これまた都合良く「実験台」が
現れてくれた。
『おーい晃儀!居るかー?』
「あの声……爽太か、何しに来たんだろ?」
「まあ、晃儀様のご学友ですね!私はお邪魔でしょうか?」
「君のクラスメイトでもあるでしょうが――ん?これはチャンスかも」
「ちゃんす?晃儀様、何かお考えでも?」
俺は鈴音に耳打ちをすると、早速準備に取り掛かった。
「おーい晃儀ー!居ないのかー?
居留守使ってんじゃねえだろうなー?」
「はいはーい!只今参りまーす!」
「なーんだ、やっぱり居るんじゃん!」
俺は玄関のドアを開けて、爽太を出迎えた。
「なあ晃儀、今日近くの運動場でサッカーやろうとしたんだけど、人数が
足らなくなっちまってさあ。ちょっとだけ補充メンバーに加わってくんね?」
「はい、喜んでお引き受けします!」
「……へ?今日はやけに素直だな。
いつもの晃儀だったら「そんな事に付き合ってる暇があるなら、ゴミ拾いでも
してた方がましだ」って渋々ついて来るのに……」
「えっ!?そ、そうなのですか晃儀様?」
(こら!気づかれないようにって言っただろ!後ろ向かない!話し合わせて!)
「え、えーと……きょ、今日は機嫌がすこぶる良いので、爽太様……いえ、爽太の
話に乗ってあげても宜しいかと思いまして」
「?なんか喋り方おかしくないか?晃儀?」
(流石に無理があったか!?)と、事の成り行きをリビングから監視する俺。
お気づきの方はもう分かっているのだろうが、一応説明しておこう。
今爽太と話をしているのは、『神通力で俺の姿を借りた鈴音』である。
この力、名を『空蝉』というらしく、滅多なことでは使わない
マイナーな力だそうだ。
しかし、当の鈴音本人も、まさかこんなタイミングで使う事になろうとは
思ってもみなかっただろう。
けど、神通力ってすげー!ここまで精巧に似せることが出来るなら
替え玉受験も思いのまま……っと、今言ったことは聞き流して欲しい。
え?俺がそのまま出て、サッカーしている時に神通力を使えば良いんじゃ
ないかって?
それでは、天狗がどういう能力を持っているのか分からないし、先の「心を
読まれている」違和感を説明する材料が足りない。
なので鈴音には、ちょっとばかし手間のかかる検証実験に付き合ってもらう事に
したのだが……なにぶん彼女は素直というか、どこか天然入ってるんじゃないかと
思える程に素直な性格なので、つい礼儀正しい口調になってしまうのが難点か。
「そ、そうですか?俺はいつも通りの筈なんですけれど……」
「ふーん。ま、いいか。なんか調子悪そうだし、無理して来られて
途中退場ってのもあれだしな。この話は無かったことにしてくれ!」
「え……えぇーー!?」
「んじゃ、また明日学校でなー!」
そう言うと、爽太は手を振りながら走り去っていった。
対する鈴音はというと、一仕事終えたかのようにその場へへたり込む。
と同時に『空蝉』の効果が解けて、いつものグラマーな姿がそこにあった。
「あー、やっぱりそう簡単には行かなかったかー」
「もう!晃儀様ったら無茶にも程がございます!
私が応対したらああなると、絶対分かっていた筈でしょう!?」
「いやぁ、ごめんごめん」(棒読み)
「心が籠もっていない謝罪など受け付けません!」
そう言いながら、ぷいっと膨れっ面で顔を背ける鈴音。
お、結構可愛い所もあるんだな、と思いつつ、今度は謝罪の気持ちを籠めて
「ごめんなさい」と言った。
「そうそう、それで宜しいのですよ、それで♪」
ちょっと偉そうに胸を張っている姿が、益々微笑ましく見えてくる。
これが「アホかわいい」ってやつなんだろうか?
そう思いながら、俺は謝罪の気持ちを表す為にコーヒーを淹れようと
リビングへ戻った。
「はい、どうぞ」
「頂きます。……うわぁ美味しい!何ですかこの飲み物は?」
「コーヒーって言うんだよ。鈴音は飲んだことないの?」
「はい!このほろ苦さと芳ばしい匂いが癖になりそうです!」
「あはは……気に入って頂けたなら本望です」
鈴音がコーヒーの美味しさを力説している最中、俺は話を本題に移した。
「あのさ、それで鈴音や頭領さん――天狗のひと達って、どんな生活してるんだ?」
「え?そ、それは……」
「まさか、教えられないとか?」
「はい……端的に言えばそうなります」
戸惑い気味に顔を伏せる鈴音。けれど、何をしているかだけでも訊いておきたい。
「じゃあ、いつも何食べてるの?」
「え?食べ物……ですか?」
「うん、コーヒーは初めてって言ってたろ?普段は何食べてるのかなあ、ってさ」
「ええと、それならお答え出来ます。
私達天狗は、その殆どが昔ながらの日本食を好んで食べております。
これには、先に見せた『神通力』を海外の文化に染まらせないようにとする
修験者としての心構えが形になっていまして……」
「え?天狗って元は人だったの?」
「厳密に言うと、人の道を外れた者のことを称して【天狗】と呼びます。
まあ、悪い言い方をしてしまうと「修行僧の成れの果て」なのですが」
「そんな言い方するなよ。鈴音みたいな可愛い子が成れの果てだなんて
冗談じゃない……」
俺は正直な意見を述べたまでだったが、彼女ははっとしたような表情を
してから、気づいた時には双眸に涙を浮かべていた。
どうやら、俺の発言に胸を打たれたようだ。なんて涙脆い天狗だよ。
「晃儀……様、私……人間の、方に、そう言われるのは……初めて、です。
なんと……言葉を返したら、良いか……」
「そ、そんな大袈裟な……それに、君が泣いてると俺が泣かせたみたいに
なっちまうだろ?ほら、これで涙拭いて」
丁度ソファに掛けてあったタオルを鈴音に渡して、俺はコーヒーを一口啜った。
涙を拭くと、鈴音はぱあっと明るい表情になり、こちらを見つめてくる。
まったく、喜怒哀楽が忙しいな、この子は。
(な、なんかこっ恥ずかしい……早く戻って来てくれないかな?)
俺がそう思った瞬間、玄関のドアが開いた。
あれ、もう夕方になってたのか?気づかなかったな。
「ただいまー晃儀、鈴音ちゃん!」
「おっ、お帰りおふくろ!」
「おばさま、お帰りなさいませ♪」
「ふふーん♪今日はいいもの買って来たから、お父さんに
内緒で食べちゃいましょ!」
「その顔……まさか「寅や」の大判焼き?食べる食べる!」
「晃儀様、おおばん焼きとはどんなものなんでしょうか?」
「食べてみれば分かるって!すっごく美味いんだぞ?」
こうして、俺と鈴音の二人きりの日曜は、何のハプニングも無く過ぎて行った。
まあ、天狗の事についてちょっとは聞けたことだし、良しとしよう。
「わぁ……!このおおばん焼き、とても美味しいですおばさま!」
「あら、それは良かった!鈴音ちゃんの口に合うか気になってたんだけど
取り越し苦労だったみたいね」
「な、鈴音、美味いだろ?」
「はい!美味しくてほっぺたが落ちそうです!」
(神通力か何かで、本当に落ちはしないだろうな?)
と不安になりながらも、俺は大判焼きを頬張る彼女の笑顔を、半ばにやけながら
見ていたと、母が言っていた。
【本日の教訓:帯に短し襷に長し】
今回はお色気シーンなしで、しかも字数が多すぎ;
もうラブコメのお約束すら放棄しつつあるこの作品、明日はどっちだ?