そんなの俺聞いてない!
鈴音がうちに居候することが決まってから、次の日。
俺はいつも通りに目覚め、寝ぼけ眼を擦りながらベッドから出る。
枕元の時計を見るとまだ6時半。学校が始まるまで余裕がある。
(ちなみに、俺の通っている学校は朝8時半が始業時間だ。)
寝間着姿で階段を下りていくと、リビングの明かりが着いていることに
気づいた。
(あれ?いつもはおふくろが洗濯物畳んでる時間なのに、なんで……)
いや、そんな筈は……と思いながらも、俺はリビングへ向かった。
するとそこには――
「あっ、晃儀様!お早うございます!」
……ああ神様、夢だと言ってくれ!寧ろ言い切ってくれ!!
そこには、エプロンを着けて上機嫌で料理をしている鈴音の姿が。
しかもタートルネックの縦セーターに、婦人用スカートを着ている。
どこから持ってきたんだその服!俺へのアピールのつもりなのか?
「もう少しで朝餉が出来上がりますので、そこでお待ち下さい♪」
「えーと……色々と聞きたいことがあるけど、その服はどこで……」
「これですか?奥様が昔お召しになっていたものをお借りしたんです!
似合っているでしょうか?」
「新婚気分かよ!」と突っこんでやりたかったが、俺は近くで彼女の姿を
見たいあまりに、体が勝手にテーブルの方へ向かってしまった。
健全な男子ならよくあることだよね、多分。
椅子に座り、まじまじと鈴音の体を見つめる。
昨日は気が動転していて確認する暇もなかったが、彼女は俺が思っていた
以上に発育が良かったようだ。
セーターに包まれた零れんばかりの膨らみ、細すぎず、かといって
太めでもない絶妙なウエスト、健康的な脚線と服なぞでは隠しきれない
腰から太腿にかけての肉感的なライン……この子幾つだよ!?
「……晃儀様、私の年齢、気になりますか?」
「はいっ!?」
「ですが、たとえ晃儀様といえどこれだけは教えられません!
女性の年齢をお尋ねになるのは、我々の里でも禁忌ですから♪」
と、言うや否や人差し指で俺の鼻をちょんっと突く鈴音。
俺の心を先読みされているような感覚に、思わず心臓が飛び出そうになる。
あ、でも体のことは訊かないのか。良かった……。
「はい、朝餉が出来ましたよ!冷めないうちにどうぞ」
ほほう、今朝は味噌汁に目玉焼き、それから鮭の塩焼きか。
出来栄えも文句のつけようがない。家政婦として雇いたいレベルだ。
(ん?なんで手近にパンがあるのに使わなかったんだ?)
「あ、ええと……私洋食というものを口にしたことがなくて
和食しか作れないんです。申し訳ございません」
「え?いやいや別に「食べたい」って言った訳じゃないし……」
鈴音はそう言うと、エプロンを外し俺の向かいの席へ座った。
おいおい、まさか本当に俺の心を読んでるんじゃないだろうな!?
これじゃあ迂闊に妄想すら出来ないぞ……。
そうこうしているうちに、父と母がリビングへ入って来た。
「おっ、晃儀、今日は早いな。おはよう!」
「あらぁ良い匂い!鈴音ちゃん、朝ご飯の支度ありがとうね」
「旦那様に奥様、お早うございます。
お先に私と晃儀様で頂いておりましたが、宜しいですか?」
「構いやしないわよ!私も手間が省けて丁度良かったわ」
そう言いつつ、両親も定位置に座り朝食タイムの始まり。
これはどういうことでしょう。あの子たった一晩で我が家の生活に
溶け込んでるんですが……。
まあ落ち着こう、余計に気にすると昨日の二の舞になる。
流石に鈴音も学校までは追って来ないだろうからな、それまで
降って沸いた非日常を楽しむのも、一興ってもんさ。
(やっぱり美味い……なんだろう、この複雑な心境)
朝食が終わると、俺は直ぐさま登校の準備をして……いる最中に
鈴音に呼び止められた。
「晃儀様、忘れ物ですよ♪」
「え?何かあったっけ?」
「お昼のお弁当です、私の自信作なので、是非お召し上がりになって下さい」
弁当箱は、綺麗に布で包まれていた。
まさか昼飯まで作ってくれていたなんて。素直に嬉しかったので、つい
お礼の言葉が口を突いて出てしまう。
「あ、うん……ありがと」
「それと……私も「後で参ります」ので」
「ん?何か言った?」
「い、いえ!何でもございません!
それでは、行ってらっしゃいませ♪」
彼女が何か言ったような気がするが、俺は気にせず家を出た。
学校へ着くと、何やら俺のクラスが騒がしい。
いつもなら平然としている俺だが、今日の騒ぎようは些か過剰に思えた。
教室へ入るや否や、噂好きの女子たちの話し声が聞こえる。
「ねえ聞いた?今日うちのクラスに転校生が来るんだって!」
「うそぉ!誰から聞いたのそれ?」
「数学の根本!さっき廊下ですれ違った時に言ってたの!」
「マジで!?それやばくない?」
「男子か女子かは聞かなかったの?」
「あっ、ごめーん!聞くの忘れてたぁ!」
(転校生?こんなタイミングで来るなんて、余程の事情でもあるんだろうな)
と、俺は他人事のように席についた。
鞄から教科書等を取り出そうとすると、近くの席の誰かが、俺を肘で
小突いてきた。
「おい、晃儀、あーきーよーし!」
「いって!……なんだ爽太か」
「なんだじゃねえだろ!こりゃあ一大事だぜ!
転校生イベントなんて、一生に一度あるかないかだろ?」
「ふうん……そんなもんかな?」
「んだよ、ノリ悪いなあ。いつもの事だけど。
なあ晃儀、もし可愛い女子だったらどうする?」
「別に。俺そういうのに興味ないし」
「何だよ非モテアピールかぁ?そんなだから高校になっても
彼女出来ないんだよ!」
「万年玉砕男に言われる台詞じゃないよな、それ」
などと他愛のない会話をしているうちに予鈴が鳴り、担任の葦原先生が
教室へのろのろと入って来た。
教壇に立つと、これまたスローペースに話し始める。
「えー……みんな、既に知っているかと思うが、本日我がクラスに
転校生がやって来る。くれぐれも、仲間外れなどせず積極的に
仲良くしてあげるように」
クラスの全員が、はーい!と元気よく返事をする中、俺は然程
興味なさげに窓の外を見ていた。
「それでは……転校生、入って来なさい」
「はいっ」
(あれ?この声、どこかで聞いたような……)
と、俺が教壇へ視線を向けるのと、転校生が入って来るのとがほぼ同時。
そこで再び、衝撃の展開が俺を襲った。
「初めまして。この度、こちらに転校して参りました、鞍馬鈴音と申します。
皆さん、ご指導ご鞭撻のほどを、宜しくお願い致します」
転校生――いや、鈴音が自己紹介をする最中、俺が言葉を失い硬直して
いたのは、言うまでもない。
俺は堪らず席を立ち、絶叫する。
「はぁぁぁぁぁぁああ!?」
「ん?どうかしたのかー秋葉?」
「あ、晃儀様!偶々同じクラスになってしまいましたね!
こちらでも、どうぞ宜しくお願い致します♪」
「ほお、転校生、秋葉のー知り合いだったのか。
なら、席は秋葉の近くにしよう。宜しく頼むぞー」
なんで学校まで来たんだよこの子は!理解に苦しむ!!
周りからは、「うわー、まじやばーい!」「スタイル良いなー」
「秋葉……許さん!!」等々、俺を恨めしがる声と鈴音を羨望の眼差しで
見つめる声とが入り混じっていた。
昼休み、俺は目立つのを覚悟で鈴音を屋上まで連れ出した。
その間、鈴音の授業態度は模範生徒そのものであり、非の打ちどころも無かった。
周りのクラスメイトから質問責めに遭っても、そつなく返答し対応する様は
当に八方美人そのもの。しかし、何故学校にまで来る必要があるんだ?
「……鈴音、なんで家で大人しくしててくれないんだよ?」
「え?晃儀様には、出かける際に申し上げていたつもりなのですが……」
「そんなの俺聞いてない!第一、学校に来てまでやる程の事なの?
俺を満足させるってのが!」
「い、いえ、これは……頭領様のご判断により、止む無く……」
「それなら断ればいい!俺も一緒に話してあげるから!」
「晃儀様……そのお言葉、大変嬉しく思います。ですが……」
「?何か問題でもあるのか?」
「私は天狗で言うところの『鴉天狗』。頭領様はそれを遥かに凌ぐ『大天狗』であり
頭領様の命に背けば、私の身にも危険が及んでしまいます故……」
「えっ!?天狗って階級制だったの?」
「はい……頭領様はこの周辺でも指折りの『神通力』の使い手。逆らう者など
名を知らぬ木っ端程度のものです」
成程、鈴音は自分の意志でここに来た訳ではなく、頭領さんに命令されて
渋々やって来てる、ってことか。
事情を知らなかったとはいえ、俺も酷い応対をしてしまったものだ。
「あの……ごめん鈴音。俺、てっきり君が進んでやってるものだとばかり……
断れない事情があったんだな」
「晃儀様が謝る必要などございません。分かって頂けて感激の至りです♪」
「じゃあさ、これからどうする?」
「どうするとは……どういう事でしょうか?」
「俺と鈴音の関係だよ!適当に従姉妹とか言って誤魔化しておこうか?」
俺の提案に、鈴音は首を横に振って答えた。
「え?それじゃあどうするつもりだよ?」
「私、こちらでも晃儀様と付かず離れずの関係でいたいです!
ですから、幼馴染、というのは如何かと……」
「駄目!絶対駄目!!いつかボロが出て取り返しのつかない事になる!
それに、同じクラスになったんだからいつでも会えるだろ?」
「そう、ですか……それもそうですね!」
鈴音が同意してくれたことで、ほっと胸を撫で下ろした俺。
だが、その背後に只ならぬ気配が漂っている事に気づいたのは、言うまでもない。
【今日の教訓:青天の霹靂】