どうしてこうなった!?
あのお年寄りを助けた日から、はや一週間が経つ。
いや、別にあの人からの『お礼』を期待している訳ではないんだけど。
どうも引っかかる。俺の事「晃儀殿」って呼んでたし。
もしや、やんごとなき身分の家系なのか?
……ま、悩んでいても仕方ないか。今日も学校だし。
支度を整え、いざ階段を降りようとした時、俺の右足が「嫌な感触」を
覚えた。
(げぇっ!洗濯物のかご引っ掛けちまった!)
バランスを崩し、あわや俺は真っ逆さまに転げ落ちる……かと思われた。
しかし、目を開けた瞬間、俺は階段の一番下にいた。
暫し呆然とする俺。そこへ丁度通りすがった母が、棒立ちの俺を見やり
「何してるの晃儀?早くご飯食べて学校行きなさい」
と言い、何食わぬ顔でリビングへと歩いてゆく。
……一体今、何が起こったんだ?
登校中にも、その違和感は起こった。
俺の前には女子生徒の一団がいて、全員スカートを詰めて丈を短くしていた。
まるで見て下さいと言わんばかりじゃないか。
こんな時、健全な男子が考える事といえば一つしかない。
(あー、丁度良く風が吹いて、スカートの中見えないかなあ……)
と、その時だ。
突然、春一番と言わんばかりの突風が吹き抜けたかと思うと
前方の女子たちのスカートが捲れ上がったではないか!
押さえたスカートからは、色とりどりの下着が顔を覗かせている。
(うほぉ、これは眼福……!)
そうじゃないだろ俺!何だかおかしくないか?
俺があんな碌でもない事を考えたら風が吹いて、都合良くスカートが
捲れるなんて……誰かが仕組んでいるとしか考えようがない!
先の階段の件といい、明らかに不可解な点が多い。
(でも、それじゃあ誰がこんな手の込んだ仕掛けを?)
俺の貧相な脳味噌では、こんな芸当が可能なのは『神様』以外の何者でもない。
そうか!つまり、神様が俺の日頃の行いを見ていてくれたってことか?
ありがとう神様、本当にありがとう!……おい、それで本当にいいのか?
その後も、違和感を覚える事態が何度か起こった。
俺の苦手な数学の授業で、よりにもよって指名を受け黒板に解答を
書かなければならなくなった時。信じ難いが、チョークを持った手が
すらすらと解法を書き出していくではないか!
これには流石に仰天し、クラスメイトからも
「あれ?晃儀って数学出来なかったよな?」
「どうしちゃったの?すごいね晃儀君!」
なんて言われて、まんざらでもなかったのだが……。
(これ、絶対俺が答え書いたわけじゃないよな!?)
という不安もあった。流石に神様といえども、ここまで親切にして
くれる事なんかないだろう?と。
それから、体育の授業で妙に体が軽く感じたり、午後の授業が
先生の急な体調不良で自習になったり。付け加えると、購買の人気
メニューであるハムカツサンドを、運良く手に入れることが出来た事も。
何故だか今日はおかしな事だらけだ。
ホームルームが終わり、俺は真っ先に学校を飛び出した。
(あの公園近くの道路……もう一度行ってみよう!)
何故かそう思い立ち、一目散にお年寄りを助けた場所へ向かう。
もしかしたら、仕掛け人がそこにいるかもしれない――と、淡い期待を胸に。
「はぁ……はぁ……どうだ?」
が、案の定そのような事は一切なく、いつも通りの閑散とした道路だった。
息を切らして項垂れる俺。もう帰ろうと踵を返した、その瞬間。
俺の目の前に、今度は老人ではなく、一人の美少女が立っていた。
太く短い眉に、吸い込まれそうなくりっとした丸い瞳。額を露わにしたポニーテール。
そして何より、その……発育の良さが目に見えて際立っている。
巫女装束に似た服を身に着けているが、明らかにボディラインが隠しきれていない。
「っ!?」
「ふふ……本日の「おもてなし」、喜んで頂けましたか?『晃儀様』」
彼女はにこやかな微笑みを浮かべつつ、話しかけてきた。
俺の聞き間違いでなければ、彼女は今、たしかに『晃儀様』と言った。
加えて、俺の見間違いでなければ、彼女の背中には黒い翼がはためいている。
なんだ?この子は一体何者なんだ!?
「おい!今日あったおかしな出来事は、みんな君がやったのか?」
「あら、そのご様子だとお気に召さなかったようで?残念です……」
「え?」
「私、精一杯ご奉仕してこいと頭領様に命じられたものですから、晃儀様が
満足して頂かれないと……困ってしまいます」
ご奉仕?頭領様?どこから出てきたんだそのワードは?
益々正体が分からなくなってきたぞ。
「……と、取りあえず、君が一体何者で、何の為に俺に付き纏ったのか
話してもらえるかな?」
「晃儀様がそれを望むのなら、仕方がありません……。
私は「鈴音」、古来よりこの地に住まう『天狗』の末裔です」
「……え?天狗?天狗って、あの鼻が長い妖怪?」
「はい。ご想像の通り、私はその天狗の血を引いています。
此度は我らが頭領様直々の命により、晃儀様を手厚く
おもてなしせよ、と……」
おもてなしだって?あれのどこが……ん?何だか嫌な予感がしてきた。
「ね、ねえ、その「頭領様」って、もしかして……」
「はい!先週この辺りで腰を痛めて動けなくなっている所を、晃儀様が
介抱して下さった、あの御方です!」
……えええええぇぇえ!?
どうしてだ、どうしてこうなった!?
俺は只の親切心で助けてあげただけだったのに、話が
こじれていらっしゃる!?
「頭領様はいたく感謝されておられまして、今後も末永くお付き合いしたいと……」
「いやいや!もういいよ!十分伝わったから!
頭領さんに伝えてきてよ、俺はそういう意味で助けたんじゃないって!」
「いえ、それは困ります。頭領様の命は絶対、もし全う出来なかった場合には
私にも相応の罰が下ってしまいますから……」
え?何それ?俺に拒否権なし?
あ、でもこんなに可愛い子がいてくれるならいっそ……って、何
いかがわしい事考えてんだ!
早くお引き取り願おう!そうしよう!
「なので……今後暫くの間、晃儀様と寝食を共にしなければなりませんが
それでも、宜しいですか?」
「…………はい?」
「ですから、寝食を共に……晃儀様?」
あまりに理不尽な要求に、俺はその場で気を失ってしまった。
いきなり現れて「同居します」なんて言うか普通?親にどう
申し開きすれば良いと思ってるんだ!?アグレッシブ過ぎるだろ!
ほんと、これからどうなっちまうんだ?俺の生活――
【本日の教訓:後悔先に立たず】