対決 天狗VS鬼!
少々強引な運びになってしまいましたが、バトルパートを入れてみました。
楽しんで読んで下さると、幸いです。
その日の放課後、職員室へ向かった俺。ドアをノックし、失礼します、と言って入室する。どんな時でもマナーは大事だ。
しかし、タイミングが悪かったようで室内には先生の姿が無かった。性がないので、近くにいた葦原先生に話しかけてみる。
「あの、葦原先生」
「ん?おおー秋葉。なにか、用事か?」
「はい。鬼ヶ島先生に呼ばれてまして」
「ああー、あの、元気なー先生か。私が来た時には、いなかったぞー」
「そうですか……何やってるんだろ」
と、噂をすればなんとやら。ドアを勢いよく開いて、鬼ヶ島先生が入ってきた。
先生は俺を視界に捉えるなり、にやりと笑みを浮かべる。
「お、来たな秋葉……なんだっけ?」
「秋葉晃儀です。あ、葦原先生、ありがとうございました」
「んー」
「えー?お前名前が読みにくいんだよ。苗字で呼んでいいか?」
「構いませんけど」
「おーし!そんじゃ秋葉、こっちこい!」
俺は言われるがまま、先生の机まで歩いていった。
先生は椅子に腰掛けながら、またも腕組みをした。豊満な胸が更に強調される。
「秋葉、今日お前はオレの「力比べ」を拒否したよな?」
「ですから、大怪我したら大変でしょう。先生もこのご時世、暴力教師なんてレッテル貼られたくないでしょうし」
「んな気遣いはいいんだよ!で、それについて補習の時間を設けたんだが、土曜の放課後空いてるか?」
「えーと……たしか用事はありません」
「よーし!そんなら決まりだ!土曜の放課後、グラウンドまで来い!お前一人でな!」
「……なんだか嫌な予感しかしないんですけど」
「それでも来い!男は度胸だ!そんじゃまたなー!」
ぶんぶんと手を振る先生の勢いに、俺は「はい」としか言えなかった。とはいえ、この状況、どうしたものだろう。
「ただいまー」
「お帰りなさいませ、晃儀様!何かされておりませんか?」
「うおっ、鈴音!?」
帰宅し玄関に入るや否や、鈴音が顔を近づけて迫ってきたので、俺は意表をつかれた形になりやや戸惑ってしまった。
「いや、別に何もされなかったから心配しなくて大丈夫だよ」
「そういう訳には参りません!私は頭領様から、もしもの時は晃儀様の身を守るよう仰せつかっております。それも「おもてなし」の一環なのです!」
「えーと、それってさ、場合によっては鈴音が戦うかもしれないってこと?」
「はい。先の『妖孤』の件に然り、私は晃儀様を警護する役割も担っております。ですから……」
「分かったよ。先生にどんな無茶なこと言われても、絶対無理はしないからさ」
「本当、ですか?」
鈴音が急に上目遣いで、頬を赤く染めつつ俺を見つめてきた。その仕草にどきりとさせられながらも、俺はうん、と呟いて、軽く首を縦に振った。
(――土曜日、俺は言葉では言い表せない程の仕打ちを受けるかもしれない。けれど、だからといって鈴音を頼り過ぎる訳にはいかない。彼女だって、一応女性なんだ。鬼ヶ島先生も同様に……いや、それは違うかも)
そんな事を考えつつ、俺は眠りについた。
あっという間に時間は過ぎ、遂に土曜日の放課後へと差しかかる。俺は息を飲みながら、その時間を今か今かと、恐れにも似た感情を抱きながら待っていた。
ホームルームが終わり、下校の挨拶が終了した直後、待ち構えていたかのように教室の後ろの戸が、勢いよく開け放たれる。その先には、満面の笑みを浮かべた鬼ヶ島先生が……。
「秋葉ぁー!楽しい補習の時間だぞぉ!早く着替えて指定の場所までこーい!」
「うぇっ!?は、はい!」
クラス一同、一斉にそちらを振り向いたので、俺にとってはいい迷惑だった。戸が閉められた後、爽太が俺の肩を叩き、哀れむような顔をして言う。
「晃儀……これはお前に与えられた試練だと思え。死ぬなよ」
「補習程度で死んでたまるかっ!」
他の生徒が帰り支度をする中、俺は鞄からジャージを出し、素早く着替えてグラウンドへ向かった。
遠目から確認するとそこには、腕組みをし仁王立ちしつつ待ち受ける、先生の姿が。
(ああ、一体何やらされるんだろ……)
「おーっし!来たな秋葉!」
「あ、あのー、先生?補習って言ってましたけど、何するんですか?」
「ああ、それなんだけどさ。オレとちょっと立ち合いしてもらう事にした!」
「た、立ち合い……?」
「おう!ルールは簡単だから心配すんなよ!」
(ルールの事じゃなくて、俺がどうなるかの方が心配なんだけど)
そして、先生は俺との距離を一メートル程とって反対側に立った。
「そんじゃ説明するぞー!オレと秋葉で組手をやって、オレに砂を付けたら、つまりオレの体を地面に触れさせられたら補習終了だ!」
「え?それじゃあこんな場所でやらなくても……」
「つべこべ言うなって!早くしねえと日が暮れちまうぞ!」
「日が暮れるって、まだ昼過ぎなんですけど」
「ふーん、余裕だなぁ!ならじっくり相手させてもら……」
「その補習、お待ち下さい!」
突然発せられた声に、俺たちはその方向を反射的に向く。そこには、体操服にブルマ姿の鈴音が、腰に手を当てて立っているじゃないか。
「す、鈴音!?」
「あぁ?誰だお前?」
「先生、俺のクラスの鞍馬鈴音です!知らなかったんですか?」
「晃儀様ー!ご無事ですかー?」
「おーい鈴音、そこで何してるんだよー?しかも、そ、そんな格好して……」
「あら?「この格好が人の世の正しい服装だ」と、お爺様が……」
「いつの時代の話してるのさ!?今は男女短パンだよ!」
「……おい秋葉、ちょっと待て」
俺が鈴音といつものやり取りをしていると、急に先生の声のトーンが変わる。そちらを向くと、先程の朗らかな表情から一転、鈴音を睨みつけるように見つめている。
「なあお前、その気配……オレと同じか?」
「成程、装うのは不要のようですね。私は鴉天狗の鈴音、晃儀様は私がご奉公させて頂いていらっしゃる方です」
「へぇ、人間に仕える天狗、ねえ。っははは!こりゃあ面白れえ!」
先生は凶悪な笑みを浮かべ、鈴音を指差した。既に俺の事など眼中に無いようだ。
「オレは鬼ヶ島衣吹!『茨木童子』の子孫・鬼ヶ島衣吹だ!!っへへへ、天狗!お前ならいい「力比べ」の相手になりそうだなぁ!」
(い、『茨木童子』っていったら、あの有名な鬼の……!?鈴音、大丈夫なのか?)
(成程、斯様な理由あらば、あそこまで膨大な力を持っていてもおかしくはありません……)
「私で良ければ相手になりましょう!条件は先程のもので構わないですね?」
「いいやぁ!相手が同類とありゃあ、ルールなんざ不要だ!せいぜいオレを楽しませてくれよぉ!」
「晃儀様、ここは私にお任せ下さい!流れ弾を喰らわないように、十分離れて下さいませ!」
「え……えぇえ!?」
話で解決する、と言っていたのは何だったのか。鈴音と先生の力比べの火蓋が切って落とされる。
先ずは先生が地を蹴り、一気に鈴音との距離を詰める。それに対して、鈴音はその場で『神風』を用いた風の壁を張り応戦する。
「おぉぉおりゃああ!!」
「くっ、この力……!」
先生は力一杯、風の壁を殴りつける。その勢いに押されるかのように、鈴音が一歩、また一歩と後ずさってゆく。どうやら地上での戦いは不利と判断した鈴音は、翼を広げ上空へ離れようとしたが……
「おぉー!天狗の飛行術、数十年ぶりに拝見したぜ!けどなぁ……」
ぐっと屈んだかと思うと、先生は空高く跳び上がった。スーパーマンも吃驚するであろう行動に、鈴音が一瞬先生を見失う。
「な、なんという跳躍……これが『茨木童子』の血を受け継ぐ者の力――」
「鈴音、上だ!!」
「はっ……!」
俺の叫びが届いたのか、真上から急降下する先生を紙一重でかわす鈴音。着地した場所には、大きなクレーターを模したかのような窪みが出来上がっていた……。
(おいおい、こんな事になるなんて思ってもいなかったぞ!?)
「……っはっはっはぁ!いい動きするじゃあねえか!」
「お褒めに預かり光栄です。名高き鬼の子と相見えるなぞ、またとない機会ですからね」
「嬉しいねぇ!おっしゃあ、続きといこうじゃねえかぁ!」
先生は、真っ直ぐ鈴音に向かって突撃してくる。それに気づいた鈴音は、翼をはためかせてグラウンドの中心へ。きっと、俺に被害が及ばないようにしてくれたんだろう。
「あっ、おい!ちょこまかと動くんじゃねぇ!」
先生が急ブレーキをかけつつ、先程より力を抑えた跳躍で鈴音に肉迫しようとする。もし空中から引きずり下ろされたとすれば、圧倒的に鈴音が不利になる。それを知ってか、鈴音は『神風』による突風を発生させ、接近を阻む。
「なんだなんだぁ?そんなやわっちょろい風じゃあ、オレは止められ……」
「はっ!」
体を掴まれる直前、先生の真下から竜巻が吹き上げてきた。鈴音は最初から、これを狙って飛び回っていたのか!と、俺が感心させられた直後、竜巻の中から腕が伸び、鈴音の腕を掴む。
「面白い術の使い方をするじゃあねえか……だがなぁ!!」
そのまま、地面へと振り下ろされる腕。鈴音は強かに叩きつけられる。
「あぁっ!く、ぅ……」
「へっ!鴉天狗の力もこの程度ってことかあ?ちぃとばかり拍子抜けしたぜ」
「す、鈴音ーーっ!」
俺は思わず、鈴音の元へ駆け寄ろうとする。しかし、それを制するかのように彼女は言い放つ。
「晃儀様、こちらへ来てはいけません!」
「え……?」
「おぉー、なかなかに主人思いだなあ。その心意気は買ってやるぜ!」
まだまだ余裕、と言わんばかりに腕組みをして立ち止まる先生。鈴音は、少しよろめきつつも立ち上がり、先生の方を見据えた。
「……仕方がありません。私も“本気”を出させて頂きます」
「ほう?それじゃあ今までは手加減してた、ってことか?笑わせるねぇ!」
「たしかに、彼の『茨木童子』が血縁であらせられる貴女を無傷で押さえようなどと、こちらの考えの甘さを痛感させられました。今までの振る舞い、お許し下さいませ」
「いいぜいいぜぇ!オレぁ細かい事は気にしねえ性質だからなぁ!さあ、早く見せてくれよ、その本気ってやつを!」
(鈴音の本気?一体何をしようっていうんだ?)
俺が固唾を飲んで見守る中、鈴音がすっ、とひと息ついたかと思うと、目に見えない圧力が校庭に拡がる。それに連れて、彼女の髪がゆらりとなびき、身体中に白いオーラを纏ったように見えた。
「では……『神通力《破の型》』、参ります!」
「っへへ、どっからでも来ぉい!!」
先生が両腕を大きく広げ、迎え撃つ体勢に入ると、先程まで向かい側にいた鈴音の姿が消えた。と同時に、先生が後方へやや浮き上がるようにして下がってゆく。よく見ると、翼を広げ掌底の構えをとった鈴音が、そこに立っているではないか。
「ぐっ、ぬぅ!?」
「『神風・瞬撃』!」
再び鈴音の姿が消えたかと思うと、瞬く間に先生との距離を詰め、接近戦に持ち込んでいる。けれど、接近したら不利な筈じゃ……?
「っはははは!こりゃあ息つく暇がねえな!目で追うのがやっとだぜ!」
「言いましたよ、本気を出す、と」
「しかも、術で打撃を強化してやがるな?ますます面白れえ!」
二人の動きはもはや、俺の視覚で捉えられない程加速していた。さながら見えない何かと戦っているかのように。
動きが止まったのは、それから約一分程度経ってからだった。一定の距離を保ちつつ、睨み合う二人。ただ、鈴音の方がやや息が上がっているように見える。それもそうだ、今まで俺が見たことの無い『神通力』の使い方をしている。きっとその副作用かなにかで継続して使えないんだろう。
「はぁ、はぁ……っ」
「っへへ、息が上がってるぜぇ?そろそろ「参った」したらどうだ?」
「それだけは、絶対に、お断りします!」
鈴音が翼を広げ、飛行しつつ真正面から接近する。対する先生は、勿論真っ向勝負の構えだ。
丁度拳の届く範囲まで鈴音が近づいた刹那、先生のパンチが彼女を捉え……鈴音の姿が消えた!?と思うと、なんと先生の背後に回り込んでいるじゃないか。
「『神風・衝波』!」
「なっ!?」
背後から強烈な一撃をもらったらしく、バランスを崩して前方へ転がる先生。
「……っつー、すっげえな天狗の力!オレとしたことが見くびってたぜ」
「因みに、先程の術は『空蝉』併せ、『陰法師』です」
「っへへ、成程。オレが殴ったのは幻だったワケか!」
「それと、お気の毒ですが鬼の子、ここで立ち合いは終わらせて頂きます」
そう言うと、鈴音はまた空中へ上がり、両手を胸の前でかざすようにして止まる。
「へっ、そう上手くいくモンかねぇ!!」
間髪入れず、先生が跳び上がって彼女を引き摺り下ろそうとするが、今度はさっきより動きが早くなっているせいか、捉えるのに手間取っている。その間にも、鈴音の準備は整ったようだ。
「くっそ、こいつ……大人しく捕まりやがれ!」
先生が何度目かの跳躍をしようと姿勢を低くした時、鈴音が叫ぶ。
「『念動』併せ……『風陣縛鎖』!やぁっ!」
「っ!な、なんだこいつぁ!?」
掛け声と共に、先生の両手足首に輪っかのような透明な物体が現れ、身動きをとれなくしてしまった。
先生は、なおも力を込めて動こうとするが、輪っかの拘束力の方が上のようで、その場から一歩たりとも進めなくなってしまったようだ。
「~~っ!こんのっ……う、動けねぇ~!」
「はぁ、はぁ……さて、この場は、私の勝ちということで抑えて下さいませんか?」
「畜生!こうなっちまったらもうどうしようもねえか、性がねえ。分かったよ、オレの負けだ!」
先生が降参宣言をした瞬間、輪っかは無くなって、翼を消した鈴音がその場に座り込む。
「鈴音ーーっ!」
「あ、晃儀、様……」
俺が駆け寄った時には、酷く消耗しているようで、肩で息をしている状態だった。
原因となった俺がなんとかしなければ、と思い、鈴音に肩を貸し起き上がらせた。
先生はといえば、何故か満足そうな笑みを浮かべている。
「いやぁー、結構楽しませてもらったわ!今度やる時は絶対ぇ負けねえぞ!」
「せ、先生、それはちょっと無理な注文かと……平日は部活でグラウンド使ってますし」
「んだよ秋葉、じゃあお前がオレの相手してくれるってのか?」
「えっ!?そ、そっちの方が無理ですって!」
「っへへへ、冗談だよ、冗談!」
先生に一発背中を叩かれ、全身がしびれるような感覚に襲われる俺だったが、双方目立った怪我もなく和解してくれたのは、本当に幸運だった。
「あ、そーだ秋葉」
「何ですか?補習は出来ませんよ」
「いや、校庭がこのまんまじゃ怪しまれっかもしれねえから、天狗……じゃなかった、鈴音を保健室へ連れてったら後始末、よろしくな!」
「……え?」
先生の無茶振り(本人は絶対にそう思っていない)で、俺は鈴音を速やかに保健室へ連れて行ったのち、グラウンドの整地を一人で行う事になった。まあ、先生と立ち合いなんかするより余程ましなのだが、普通に考えて、辛い……。
俺が整地を終え、鈴音が回復するまでに、日は西へ傾いていた。先生の予言恐るべしである。
「うあー、体中がギシギシ言ってるよ~」
「良かったではありませんか、その程度で済んで♪」
「ま、まあね。何はともあれ、ありがとう、鈴音」
「そんな、礼には及びません!私は役目を果たしたまでのこと。晃儀様がご心配なさる事はありませんよ」
「そりゃ、あんな無茶されたら心配にもなるって。あれも『神通力』の一種なの?」
「はい。詳しい説明は、また時間ができたらで宜しいですか?」
「もちろん。今日はお互い疲れたからね」
帰り道、そんな話をしながら、俺達は家路についた。
そして、次の日――
「おっしゃー!俺、復活!」
「お早うございます、晃儀様!私も嬉しいです♪」
「ちょっ、さりげなく抱きついてこないで!」
日曜日なので、俺が遅めに起床すると、丁度朝食を食べている時に玄関のドアがドンドン、と叩かれる音が聞こえた。しかも、割と強めで。
「? こんな時間に誰だろう?」
「私、見て来ましょうか?」
「大丈夫、俺が行くよ」
昨日無理をさせた鈴音にはまだ安静にして欲しかったので、俺が応対する事にした。のだが……
「あのー、どちら様で……ふぎゃあ!!」
「あら?晃儀様ー?」
リビングを出た鈴音が目撃したのは、何故か俺の家を突き止めていた鬼ヶ島先生と、首根っこを掴まれて猫のようにぶら下がっている俺だった。
「おっ、よお鈴音!もう元気になったのかー?」
「貴女は……晃儀様をどうするつもりですか!」
「どうするもこうするも……昨日の足りない分を今日中に済ませちまおうと思ってな!」
「え!?あれで全部チャラじゃなかったんですか、先生!?」
「なーに言ってんだ。あれ位補習のうちに入らねえっての!そら、これから運動場行って体動かすぞー!」
「せ、せめてその前に、朝食だけでも……!」
「あぁ?まだ飯食ってたのか、早く言えよそういうことは!」
こうして、俺の身の回りにまた新たな妖怪の住人が増えることになった。けれど、毎度運動させられるのは勘弁して欲しい。
ご一読、ありがとうございました。