気になる先輩(前篇)
ここから第二章の幕開けです。投稿に時間がかかってしまいましたが、興味のある方は是非お読み下さい。
突然だが、日本各地には数えきれないほどの「妖怪」にまつわる伝承が受け継がれている。
俺の住むここ香浦市にも、幾つかの伝承が今でも残っている。詳しく聞いたことはないが、その中には鈴音たちのような天狗を扱ったものも存在するようで、昔の人達もこんな風に妖怪と触れ合っていたのかもと思うと、なんだか興味が沸く。そんな五月初めのある日のこと。
俺がいつものように、爽太ととりとめのない話をしていると、突然クラスの女子からお呼びがかかった。
何事かと思い後をついてゆくと、廊下で俺を待っているらしき影が見える。
(まさか、俺が誰かから恨みを買われるってことは無いだろうし、あるとすれば……もしや、告白!?)
なんて半ば淡い期待を抱きつつ廊下へ出た途端、その影はいきなり声を上げた。
「きゃー!あなたが秋葉晃儀くん?想像してたよりいい顔してるわぁ!んふふ♪」
「か、会長!抑えて下さい!」
「我々がここに来た意味を今一度、思い出して下さい!」
そこにいたのは、印象的な淡い緑色の目をきらきらと輝かせた金髪の女子生徒と、それを制している眼鏡の男子とおさげ姿の女子。制服を見る限りでは、金髪の女子は三年生の制服を着ている。
「あ、あのー……俺になにかご用で?」
「そうなのそうなの!……っと、こほん」
改まった態度で、上級生の女子生徒は話を続ける。
「晃儀くん!君、不思議なことに興味はおありかしら?」
「え、特に興味ありませ」
「私達「オカルト研究会」では、この地域にまつわる不思議なことを調査し、研究・解明を行っているの!私は会長の指原くぐり、よろしくね!」
くぐりと名乗った上級生は、俺の手を握り顔を近づけウィンクする。
なるほど、何かと思ったら部活の勧誘か。俺の名前をどこで知ったのか気にはなるが、ここは適当にあしらっておこう。
「あの、俺そういうの不向きなんで、他をあたって下さい」
「えーっ?どうして?私達は晃儀くんに用があって来たっていうのに~!」
「いや、本当に間に合ってるというか、なんというか……とにかく、勧誘はお断りしてますんで」
そう言うと、三人組は一旦離れてぼそぼそと会話を始めた。
「どうします会長?この……彼が……」
「いや、絶対私が……任せてちょうだい」
「けれど、それはリスクが……慎重に……」
俺がその様子を静観していると、話を終えたのかくぐり先輩がまた近づいてきた。
「晃儀くーん!そんな意地張らないでさぁ、見学に来るだけでいいから!」
「丁重にお断りします」
「今ならー、この「UFOが呼べるペンライト」もあげちゃう!だ・か・ら、ね?」
「いや、それ絶対嘘でしょ?」
「う~~んつれないなぁ。じゃあ……」
瞬間、くぐり先輩の表情に変化が現れたかと思うと、彼女は俺の耳元で囁いた。
「晃儀くぅん、君と一緒にいる天狗のコの話なんだけどぉ」
「!?」
「バラされたくなかったら、言うコト聞いてくれるかなぁ?」
な、なんで鈴音のことを知っているんだ?この人、一体何者なんだよ!?
不安に襲われた俺は、ただ後ずさるしかなかった。
「んふふ、それじゃあ放課後、二階の研究会本部まで足を運んでねー♪待ってるからー!」
そう言うと、くぐり先輩達はその場を立ち去った。
その様子を、教室の中から見ていたであろう鈴音が、俺に近づいてくる。
「あの、晃儀様」
「な、なあ、鈴音……俺たちの事、誰にも話してないよな?」
「えっ、まさか今お話ししていた方が?」
「ああ。俺達の関係を知っている風な口振りだった。これは何かあるぞ」
俺は鈴音に、放課後の件を話して一人で行くと告げたが、彼女は猛反対した。
当たり前だ。自分達の素性を知っているかもしれない相手と、真人間の俺が対峙する事になるのだから。
「いけません晃儀様!せめて私と一緒に……」
「あの人達は、俺ひとりで来ることを望んでいるらしいんだ。それに、もしあの言葉が嘘でないとしたら、鈴音を連れて行くと余計に危険なんじゃないかって」
「そ、それならせめて、私の忠告だけでもお聞き下さい!」
「ああ、分かったよ」
「あの方達がいらっしゃった時、幽かに同類の気配を察しました。もしやとは思いますが、あの中に私とは別の妖怪がいたのやもしれません。くれぐれもご注意を」
俺は小さく頷いて、彼女の忠告を聞き入れた。
放課後、人気がまばらになった校舎に残った俺は、ゆっくりと二階への階段を上っていた。
念のために、鈴音を下駄箱のある場所で待機させておいた。準備は万全の筈だ。
二階へ来た俺を、嫌な予感がよぎる。この階全体が、しんと静まりかえっている。
廊下を歩いていくと、急に窓越しに雨が降り始めた。空は晴れているのに、天気雨か?
そのまま先へ進むと、突き当りの手前の教室に「オカルト研究会本部」と書かれた紙が貼ってあった。
(ここに、あの先輩が……)
俺は、意を決して扉を開ける。その向こうには、見覚えのある影が、椅子に腰かけて待っていた。
「うわぁ~、嬉しいなあ!ほんとに一人で来てくれるなんて♪」
やはり、そこにいたのはくぐり先輩その人のようだ。しかし、雰囲気が朝とはまるで違う。
加えて、薄暗くてはっきりとは見えないが、彼女の頭には見覚えのある「獣の耳」が二つ、ぴんと立っているではないか。
「先輩……あなた、どうして俺と鈴音のことを知っていたんです?」
「あーら、お言葉だけど『その界隈』ではもう噂になってるわよ?「鴉天狗を従えている人間がいる」って」
「じゃあ、やっぱり……!」
「んふふ、そういうこと♪私には「化け狐」の一族の血が流れているの。という訳でぇ、晃儀君には鈴音を連れ出す口実になってもらいたいんだよねぇ」
「ふ、ふざけるな!そうと言われて素直に従う奴がいるかよ!」
素早く踵を返すと、俺は扉を開けようとする。が、力一杯開けようとしてもびくともしない。
「んふふ♪ここは一時的に張り巡らせた「結界」の中、人間一人閉じ込めるのなんてわけ無いわぁ♪」
「くっ、くそっ……鈴音……!」
そうこうしている内に、くぐり先輩が俺の背後へゆっくりと近づいてくる。そして、何度目かに振り返った俺の額に指先を当てた。
「大丈夫、ちょっとだけ晃儀君を「私のモノにするだけ」だから♪」
次の瞬間、俺の意識が電源を落としたテレビのように、ぷつりと途切れた――。
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