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天狗の仕業じゃ!  作者: ねこぢた
第1章:天狗と学園生活!?
11/15

はじめてのお遣い

第一部最後のお話なので、つい根を詰めてしまったらこんな時期に……;

ほぼ無計画で執筆しているので、こういう事があるのが玉に瑕です。

 鈴音が俺の家に居候してから、はや一ヶ月が経った。

 相変わらず、鈴音はツッコミ甲斐のある事を度々やってしまうが

以前よりも頻度は二割増しで少なくなった……ように感じる。

それに、彼女がいることによってメリットになった部分もいくつかある。

今や鈴音は、我が家に受け入れられる存在となっていた。


 そんなある日のこと。今日は珍しく、親父が定時に帰ってきたので

鍋でも作ろうか、などと談笑している最中だった。

 突然、玄関のインターホンが鳴る。しかも一回ではない。

「ごめん下さい」も言わず、只々インターホンだけが鳴り響く

おかしな状況に、俺たち家族は何事かと首を傾げる。


「なあ、誰かは知らないけどおかしいと思わないか?」

「ええ。もしかして、ドアを開けたら押し入ってくる新手の強盗

だったりして……」

「その可能性は否定できないけど、おふくろの発想は飛躍してるんじゃ

ないの?」

「それなら、私が見て参ります!」


すっくと席を立った鈴音が、意気揚々と玄関の方へ向かう。

気をつけろよー、と一応声をかけておいたが、大丈夫だろうか?


「申し訳ございません、あなたは一体どちら様でしょうか?

挨拶も言わずに呼び鈴を押し続けられては、こちらも警戒してしまいます」

「鈴音ちゃん、やけに冷静だなあ……感心しちゃうよ」

「あなたも彼女のこと、見習ったらどうです?」

「なっ……!?」

「しっ、二人とも騒がないで!」


鈴音がドアの向こうにいる何者かに話しかけると、インターホンが止んだ。

続いて、ドアノブを捻るがちゃり、という音。どうやら相手も、彼女の

言い分を飲んだようだ。

 しかし、一拍間をおいた次の瞬間。感嘆の声なのか悲鳴なのか判別のつかない

叫び声が、玄関に響く。


「!?どうした鈴音ちゃん!」

「親父、焦らないで!慎重に!」


我先にと飛び出しそうになる親父を制しながら、俺と二人で玄関へゆっくりと

近寄っていく。すると――



「はぁーあんず!久方振りですね!大事なかったですか?」

「むぐ……鈴ねえさま、苦しいです」

「可愛いお耳も健在で、安心致しました!うーんふわふわー♪」

「や、やめてほしいです!そこは弱いと言ったはずですよ?」

「じゃあこっちの尻尾は?相変わらずふわふわですねー♪」

「わふうっ!?そっちもやめてですー!」


鈴音が嬉々として、目の前の少女?に抱きついてじゃれ合っている。

一体どういう経緯でこうなったのか、俺たち家族には理解できなかった。

 ひとしきりじゃれ合ったのち、ようやく俺たちの困惑に気づいた

鈴音が、こほんと一つ咳払いをして話し始める。


「も、申し訳ありません。久々の再会なもので、思わず舞い上がって

しまいました。ご紹介します、彼女は「白狼(はくろう)天狗」のあんず。私の部下に

あたります」

「みなさん初めまして、あんずといいますです。お見知り置きを、です!」

「「は、はぁ……」」

「鈴ねえさまが、大変お世話になっておりますです」


一見すると、その少女には頭に獣のそれに似たふさふさした耳が付いており

同様に腰のあたりに、これまた一房の尻尾を垂らしている。その様相は

さながらコスプレでもしているかのようだ。

 服装は、俺が最初に鈴音と出会った時のものに近いが、色が異なっている。

加えて背丈が低いせいか、まるでお遊戯会の配役の格好をしているものかと

思ってしまいそうになる。

 そんな文字通りの少女が、かしこまって挨拶する姿を見て呆気にとられる

俺たち。


(けど、あの見た目で何百歳とかいってるんだろうなあ……)


と、俺は内心呟いた。


「それで、こんな時間にどんなご用です?もしや、頭領様から

言伝(ことづて)(たまわ)ってきたのですか!?」

「当たらずとも遠からず、です。察しの良いねえさまには、単刀直入に

言ってしまった方が手っとり早いですね」


言うや否や、あんずと名乗った少女は鈴音を指差した。


「良いですか鈴ねえさま、今からあんずはあなたの「お目付け役」です!」

「え、えぇーー!?」

「ふっふっふー♪これで鈴ねえさまにべたべた触られることもないのです」

「そ、そんな……何故よりにもよってあんずが……」

「なあ、「お目付け役」って一体どんな事するの?」


誇らしげに胸を張る彼女に、素朴な質問を投げかけてみる。

なぜ上司である鈴音が吃驚しているのか、俺たちにはまったく理解出来ないからだ。


「むむ?秋葉どのはお分かりでない、です?」

「というか、俺たち一家が理解してない。だろ?親父、おふくろ?」


居間から玄関へと顔を出した母も、同時に頷く。それを見て

彼女はやれやれ、といった様子だ。


「まあ、なんだ。こんな所で話しているのも何だし、居間へ移らないか?」

「そうね、鈴音ちゃんの関係者ならなおさらでしょうし……」

「おじさま、おばさま……」

「ふふーん、それでは、お邪魔させてもらいます、です!」


(この子、鈴音の部下にしてはえらく態度でかいな……「お目付け役」って

時代劇では付き従ってる印象なんだけど)



 そんな訳で、場所を居間に移し状況説明を受けることになった。

鈴音は、なおも不安げな表情を保ち続けている。


(なんだ?「お目付け役」ってそんなにすごい立場なのか?)


「えー、それでは今から、頭りょ……おじいさまより命じられた

お役目をお話しするです」

「その前に質問していいかな?」

「はい、晃儀どの!」

「ええと……君が言ってる「お目付け役」っていうのは、具体的に何なの?」

「良い質問です、お先にお答えしてさし上げます、です!」


得意げに腕組みをしながら、彼女は片手の指を立てつつ俺たち家族に説明を始めた。


「えー、「お目付け役」というのは、鈴ねえさまのように山から降りてきた者を

監視する役割を担っており、その仕事は様々なのです。今回、あんずがおじいさまから

この任を仰せつかったのは、鈴ねえさまにはこちらでいう「上司」と言われる者がおらず

特に親交の深かったあんずに、白羽の矢が立ったからなのです!」

「ふむふむ、なるほど。つまり、あんずちゃんは上司代わりとして、うちにやって来たと

いう訳かな?」

「そうです旦那様!飲み込みが早くて大助かり、なのです!」


身振り手振りで喜びを表す彼女だったが、今回うちに訪れた目的をまだ明かしていない。

そこへ、おふくろが素早く切り込んだ。


「それで、あなたは何をしにこんなに暗くなってからやって来たの?それこそお爺様が

ご心配なさるでしょう?」

「その必要はございませんです!あんずはこれから、この場所で鈴ねえさまの動向を

見張っておくように、との命を受けているからなのです!」

「この家で……ってことは、やっぱり」

「はい。お察しのとおり秋葉どののお家に、一晩ご厄介になります、です!」

「あらあら、それはまた急な話ねぇ?あなた、晃儀の子どもの頃の服、まだあったかしら?」

「うーん、確か青空市に出して、もう無かったんじゃないかな?後で探してみるよ」


うわ、この両親、俺や鈴音の了承もなしに受け入れ準備始めちゃってるよ!

こういうお人好しすぎる所、どうにかならないもんかな……。


「で、具体的には?」


なんの気なしに放たれた俺の一言で、隣に座っている鈴音がびくっ、と肩を震わせ

顔色がより悪くなった。

え?俺、なんかまずい事言っちゃったか!?


「――こほん、では、分かりやすく申し上げるのです。

晃儀どの、あんずがここに来た目的は一つ!「鈴ねえさまがどれだけ晃儀どのを喜ばせているか」

を確認する為です!」

「え……?」


瞬間、俺の周りの空気が一変した。なにせこの事は、俺と鈴音が暗黙の了解で秘密にしていた事で

あって、両親はまったく我関せずだったからだ。案の定、二人は顔を見合わせて困惑した表情を

浮かべている。


「晃儀を、喜ばせる……?どういうことかしら?」

「さあ……鈴音ちゃんはいつも家事を手伝ってくれて、助かってはいるけどなぁ」

「ちーがーうーのーでーすー!もっと濃密に、もっと献身的にしているかを監視しに来たのですーー!」

「ん?それじゃあ例えば何を……」

「お、おおお親父!こっからは俺が質問するから!おふくろもちょっとだけ静かにしてて!」

「あら、どうしたの晃儀?」


俺の慌てふためく様子に、明らかに二人は疑惑の念を向けている。しかし、ここであの事を

大っぴらにされれば、俺も鈴音も立つ瀬がない。


「そ、そうだ!まだ夕飯食べてなかっただろ?おふくろと鈴音は支度しておいてよ!」

「あ、晃儀……様?」

「あらいやだ!この子ったらお客様への礼儀もわきまえないで!」

「ふふふ~、あんずは一向に構わないですよー?お鍋もいただきたいですしー♪」

「ほら、あの子もああ言ってることだし!」

「どうした晃儀?なんだか様子がおかしいように見えるけど、気のせいか?」

「お、親父も飲み物用意してきてよ!後は俺に任せて!な?」


俺の必死の訴えに、ようやく両親は賛同してくれたらしく、渋々席を立って洗面台の方へ向かう。

その間に、俺はあんずちゃんを手招きして、近くへ引き寄せた。そして、小声で彼女と会話する。


「おい!どうしてその事を家族にも話さなきゃいけないんだ?頭領(あのひと)の嫌がらせか!?」

「お、落ち着いて下さい、です!あんずはてっきり、ご家族にもお話しした上で質問されたのかと

思ったのですが……その様子だと、秘密にしていたようなのです?」

「当たり前だろ!あんなことがばれたら、絶対鈴音は里へ戻される!」

「……ふふーん、なんとなく分かりました、ですよー?」

「なっ、何がさ」

「晃儀どの、もしや鈴ねえさまを(かくま)う為にそんな回りくどいやり方をしている、です?」


図星を突かれ、ぐうの音も出ない俺に対して、彼女はさらに驚きの発言を漏らした。


「実は晃儀どの、あんずが「お目付け役」としてここへやって来たのには、もう一つ重大な

理由があってですねー……」

「重大な、理由?」

「はい。それが、今回の監視では鈴ねえさまの日頃のご奉仕具合を、あんずが直々に評価

するのです、が……」

「何かまずいことでもあるの?」

「もしです、もし鈴ねえさまが評価に値しないご奉仕をされている場合、「お目付け役」の

権限として里へ強制送還させなくてはならないのです!」

「強制送か……ぇぇええええ!?」


突然響いた俺の叫び声に、他の三人の動きが止まる。


「どうしたの晃儀?そんな大声出して!お客様に失礼でしょ!」

「だ、大丈夫だったかい?あんずちゃん?」

「は、はいぃ……きんきんするですけど大丈夫です~」


両親は、すばやく彼女の方へ向かったが、鈴音はその場で立ち止まっていた。

 おそらく、俺の反応で悪い報せがあったのだと気づいてしまったんだろう。

俺は鈴音の方へ近寄り、不安を隠しきれない表情のまま立ち尽くす彼女へ、一言告げた。


「鈴音……俺、絶対守ってみせるから」

「晃儀、様……はいっ」


鈴音の暗い表情が、いつもの柔和な微笑みへと変わる。ほっと一息ついたのはいいが

問題はこれからだ。二人でなんとしてでも、この「監視」を乗り切らなければ!



 俺たちの座るテーブルの上に、ぐつぐつと音を立てて煮える鍋が置かれている。

仲むつまじい様子を見せるためにも、両親は右側、俺と鈴音は左側の席へ座った。

そして、遂に対決の火蓋が切って落とされた……。


「おっなべ、おっなべー♪さあー、たくさん食べるですよ~♪」

「じゃあ、いただきましょう」

「はい!私お鍋は初めてです。いただきます!」

「い、いただきまーす……」


こうしている間にも、俺の心臓はどくどくと脈打っていた。あんずちゃんの

価値観で、不十分なもてなしをしてしまえばそこで終わりだ。鈴音だって、内心

俺と同じ心境であることはなんとなく理解出来た。


(どうする……これからどうすればいい?)


色々な行動のシミュレーションが、頭の中を駆けめぐる。

 そして、丁度みんなが器に食材を盛り終えた時、俺は素早く鈴音に目配せをした。

彼女も、それに応じるかのように俺の目を見る。夫婦(めおと)漫才のごとく「つーと言えばかー」

とまではいかなくとも、こちとら一ヶ月寝食を共にした間柄。きっと俺が示す行動を

鈴音は取ってくれると信じる!


「はい晃儀様、あーん♪」

「い、いやぁ照れるなぁ。あーん」

「お?二人とも見せつけてくれるなぁ!ははは!」


(決まった!ナイスリアクションだ鈴音!俺棒読みだったけど!)


と、思ったその時。俺の視界に見覚えのある、不快感を抱くものが入ってきた。

え……嘘だろ?それシイタケじゃん!『俺の嫌いな食べ物ベスト3』に入ってるシイタケじゃん!


「お、おふくろ!?なんで今日の鍋、シイタケが……」

「じぃーーーー」

「っうぇ!?」

「じぃーーーーーー」


鋭く突き刺さるような視線を感じた俺は、その方向を向いてみた。すると

どうだろう、ジト目でこちらを凝視するあんずちゃんの姿が!?


(や、やばい……これは食べ切らないと、即退去だ!)


俺は、鼻をつく独特の香りに顔を歪ませながらも、息を止めつつシイタケを口の中へ

運び、噛みしめた……嗚呼、まるで罰ゲームのようだ。


「ふふっ♪美味しいですか?晃儀様」

「んぐっ、あ、ああー。おいしいよー」

「……ふむふむ」


その後も、痛い視線が突き刺さる中、鈴音に「あーん」されながら鍋を完食した。

正直、最初のシイタケには苦戦したが、その後はなんということもなく、すんなり食べられた。


(よし、第一関門突破だ)


「ふうー、美味しいお鍋でしたー♪ごちそう様でした、です!」

「良かった、お口に合ったようで安心したわ」

「それじゃ晃儀、八時くらいになったら風呂沸かしてきてくれ」

「わ、分かったー……」


あんずちゃんは、尻尾を振りつつ鍋の味にご満悦のようだ。これなら一晩くらい……と思って

いたが、その認識が甘かったことを、この後まざまざと思い知らされる。

 午後八時半。風呂が沸いて最初に俺が入ろうとした時だ。戸を開けると、そこには既に

バスタオルで体を覆った鈴音の姿が!?


「っ!?す、鈴音!?一体何して……」

「あ、あの、晃儀様……お背中をお流しいたします」

「なっ、なん……だと!?」


困惑している俺の側で、クククとほくそ笑む声がする。まさか――


「晃儀どのぉ?さすがにお風呂は、お一人で入っている訳じゃあないですよねぇ?」


目線を下に落とすと、にやにやしながらこちらをちらちらと見やるあんずちゃんの姿。


(こっ、この性悪天狗!こんなことしたら俺の理性がもたなくなる!)


「あ、晃儀様。早く、入りましょう……?」

「え?あ、ああうん!そうだな!」


鈴音に促されるまま、服を脱ぎタオルを巻いて風呂場へと足を運ぶ。

二人で入る風呂場は妙に小さく感じられて、ますます俺の理性を刺激する。


「き、君はそこで見てろよ!?三人なんて入れない広さなんだから!」

「ふふーん、言われずとも、中の様子が感じられれば天狗の感性で

補えますので。ごゆっくりーです♪」


くそっ、後で見てろよ!と悪態をつく俺だったが、そもそもこの作業を終えなければ

鈴音は即刻里へ戻ることになる。ここは我慢して、彼女のやることに身を任せるしか……。


「では、お背中洗いますね」


恥ずかしげな声を漏らす鈴音に、最初は戸惑っているのだと思ったのだが、様子がおかしい。

次の瞬間、俺の背中になんとも言えない感触の大きな物体が二つ、押し付けられる感覚がした。


(こ、これって、まさか……)


俺が思考を邪な方向へ変える間もなく、今度は細く白い両腕が、俺の上半身へ抱きつくように

たどたどしく動く。耳に時折かかる吐息が、より妄想をかき立ててしまう。


「はあっ、ん……気持ちいい、ですか?ふぅ、っ……」

「す、鈴音さん?鈴音さーん?何してるんですかぁ!?」


半狂乱になり、冷静さを欠いた俺の発言も、今の鈴音には届いていないらしい。

いよいよもって、理性と本能の我慢比べが始まった。


(お、おつちけ……こ、こういう時は、そう!タンスだ、タンスを数えるんだ!

ええーと、タンスが一竿(ひとさお)、タンスが二竿(ふたさお)、タンスが三竿(みさお)……み、操ー!?)


こうしている間にも、艶めかしい吐息と体全体を覆い尽くすようなえも言われぬ

感触が、理性を容赦なく引きはがそうとする!そして、遂に鈴音の手が俺の

太もも付近へ伸びた瞬間……


「あ゛ぁーー!も、もうダメ!それ以上はぁぁあー!!」

「あっ、い、いけません晃儀様!そんなに乱暴になさったら……」


俺の我慢が限界を越え、鈴音の方へ振り向き飛びかかる。

……気がついた時には、俺の両手が彼女のたわわな膨らみへ沈み込んでいた。


「え、あ、こっ、これは……その」

「構いませんよ、晃儀様」

「す、鈴音……!?」

「私の身体(からだ)に触れて、晃儀様がお喜びになられるのでしたら、いくらでも――」

「な、何言ってるんだよ!」


俺は、素早く彼女の膨らみから両手を放すと、シャワーを使って体の泡を落とし

いそいそと風呂へ入った。勿論、鈴音とは反対の方を向いて。


「俺、先あがるから、ゆっくり浸かってていいよ」

「晃儀様……」


こうして、危うく引き返せないところまで進みそうになった第二関門も

なんとか突破できた。風呂場から出た俺を待っていたのは、案の定、にやにやと

こちらを見やるあんずちゃんの視線。


「どうでしたかー晃儀どの~?鈴ねえさまのお体の触り心地は~?」

「う、うるせえ!俺は一人で入りたかったのに、とんだ災難だった!」

「ほほー、では鈴ねえさまのご奉仕はお気に召さなかったと~♪」

「ぐっ、ぐぬぬ……」


(この子、見かけによらずえげつねえ事考えやがって……!)



 そして時間は流れ、深夜に差しかかろうとしていた頃。

来るとは思っていたが、明らかにサイズの合っていないダボダボな上着の袖を振りつつ、あんずちゃんが俺を寝室へ呼び出した。


「さて、最後のご奉仕は、もちろんこれでございますですよ!」

「うわぁ……」

「あ、あんず!?この模様替えを、一人で?」


俺と鈴音の視界に広がるのは、ピンクの間接照明に彩られた一人用ベッド。

ご丁寧に枕は二人分、しかも両方「YES」の字がはっきりと見える。


「で、これで何をしろと?」

「いやん晃儀どの♪年端もいかないあんずになにを言わせる気です?」

「つまり……『同衾(どうきん)しろ』、と言うのですね。あんず」


え?な、なんだ「どうきん」って?鈴音は何をしようとしてるんだ!?


「むふふ~♪お分かりならば、手早く済ませてしまって下さいです。あんずは向こうを向いていますから、どうぞ気兼ねなくー」


俺は訳も分からず、鈴音に後を託すしかない。が、何をするかだけは聞いておきたい、切実に!


「な、なあ鈴音?これって何をやれば……」

「晃儀様、早く横になって下さいませ」

「え?ここに?」

「はい、ここに。そうでないと、私がご奉仕出来ませんので」


(え、まさか……それってつまり、いわゆる「添い寝」ってやつかー!?)


ようやく事態を飲みこんだ俺。けど、一度鈴音が寝ぼけて俺のベッドに侵入した事もあったし、これ、案外いけるんじゃないか?


「よ、よーし分かった!さあ、ど、どんとこーい!」


俺はベッドの奥の方に、ぎこちなく右向きになって寝そべった。それを追うかのように、鈴音が失礼致します、と手前側に入ってくる。

 と、その時。俺は重大なリスクを負ってしまった事に気づいた。今度は風呂の時のように、咄嗟に体を離れさせることが出来ない。そう考えると、途端に胸の鼓動が早く感じてくる。


(は、早く終わってくれー……!)


必死に祈る俺の背中に、またもや暖かく心地良い感触。すると耳元で、鈴音の(ささや)きが聞こえる。


「晃儀様……私」

「ど、どうかした?」

「私、先程から『心音』で晃儀様の心境を察しておりました。やはり、こういった強引なやり方は、晃儀様の望んでいる事ではないのでは、と……」

「鈴音?今更何言ってるんだ。これは、鈴音が里へ帰るか否かの問題なんだぞ」

「けれど、これ以上は心が痛みます。望まれない奉仕を受けて、晃儀様は満足なのですか?」

「そんな事さっきから気にしてたのか?それよりも、鈴音が今どうしたいか、そっちの方が重要だろ!」

「あ、晃儀、様……」


一拍間を置いて、鈴音が一言、こちらを向いて下さいませんか、と囁く。言われるがままに俺が振り向くと、そこには、潤んだ瞳で俺を見つめる鈴音の姿が。

 そして彼女は、俺を優しく抱き締めた。


「晃儀様……私、まだ貴方のお側に居たいです!」

「鈴音……」


その意思に応じるがごとく、俺も彼女の頭を撫でる。と、なぜか彼女の背後から禍々しいオーラが放たれていると感じた、次の瞬間。


「す~ず~ね~え~さ~ま~!なぜそのような青二才と一緒にいたいと思えるのです!?あんずは、あんずは心底鈴ねえさまを想っているのに~~!」

「え、あんず?」

「こ、今度は一体何だよー!」


なんと、あんずちゃんが涙目で鈴音にしがみついているではないか。俺達は、あんずちゃんをなだめ何故彼女が『お目付け役』を任されたのか、聞き出すことにした。


「なあ、あんずちゃん。君はどうして、そこまでして鈴音を里へ帰らせたがるんだ?」

「あんずは……ひぐっ、里でずーっと鈴ねえさまを待っていました。だけど、いつまで経ってもねえさまは、ぐすっ、戻ってきてはくれず……」

「それで、今回の『お目付け役』を仰せつかったのですね?」

「寂しかったのです……ううっ、あんずは、あんずは……!」


鈴音は、泣きじゃくる彼女を優しく包み込んだ。


「泣かないで、あんず。そしてごめんなさい。私がお役目を果たすには、まだ暫くの時間が必要なの。それまで、里でいい子にしていられますか?」

「ぐずっ、鈴ねえさま……」

「あーあ、これじゃなんか俺、悪者扱いだな」


二人の姿を見やり、俺は苦笑しながら呟いた。


「鈴音、今夜はあんずちゃんと一緒に寝なよ。明日には里に帰っちゃうんだろ?」

「そんな。宜しいのですか、晃儀様?」

「いいっていいって。ようやく息苦しさから解放されるんだ、お互いよく眠れるだろうし」

「ありがとうございます!ほら、あんず、晃儀様に仰ることがあるでしょう?」


鈴音に促されたあんずちゃんだったが、ちょっと膨れっ面のまま


「あ、ありがとうございます、です……」


と、最後の方は消え入るようなトーンでお礼を言ってくれた。

 こうして、『お目付け役』の監視を乗り越え、辛く厳しい一夜を免れた俺達は、それぞれの部屋で眠りについた。


(そういえば、この装飾そのまんまだった……どうしたもんかな)



 翌朝。あんずちゃんはしっかり朝食も食べたのち、里への帰路につくことに。


「それでは、あんずはこれにて失礼致しますです!ねえさま、お役目頑張って下さいませ!」

「ありがとう。短い間だったけれど、あんずに会えて私も嬉しかったですよ♪」

「もう帰っちゃうのかぁ、父さん寂しいなあ」

「そうねぇ、可愛い娘が増えたように思えたし、残念だわ」

「二人とも、あの子がなんの為にうちに来たか分かって言ってる?」


家族一同と鈴音で、あんずちゃんを見送ってあげた。彼女は、昨夜見せた泣きっ顔も綺麗さっぱり消え失せて、朗らかな表情を浮かべていた。

 彼女が手を振りながら去ってゆく中、急に声を大きくして


「晃儀どのー!鈴ねえさまを、もっともーっと幸せにして下さいですー!」


なんて言ったものだから、俺は思わず焦ってしまった。


(まったく、嵐みたいな子だったな……)


そんな俺の顔を横目に、鈴音も微笑ましそうな顔をしていた。



【本日の教訓:可愛い子には旅をさせよ】

ご一読ありがとうございました。次回から第二部がスタートします!

どんな展開になるか、過度な期待はせずお待ち下さい。

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