番外編・天狗、四月一日(わたぬき)の理を知る
エイプリルフールなので、短編を一本挟んでおきます。
丁度鈴音が、俺に天狗の何たるかを打ち明けてくれた後のこと。
俺は彼女に、ふとあることをたずね損ねているのを忘れていた。
それは――『天狗は現代人間界の「祭日」を知っているか』という、ある意味
ありふれた質問だった。
「なあ鈴音」
「はい?何でしょう晃儀様?」
「えーと、君は「エイプリルフール」って知ってる?」
「え?えいぷりる……?すいません、もう一度仰って頂けますか?」
ああ、こりゃ駄目だ。四月一日……エイプリルフールも知らないなんて。
けれど、バレンタインデーは知ってる風な様子だったし、もしかすると
里の方で情報にばらつきがあったのかもしれない。
何より、当日になって慌てふためく彼女の姿を見たくないので、俺は
丁寧に教えてあげることにした。
「エイプリルフール。まあ、かいつまんで言うと『その日だけ自由に嘘がつける
日』なんだ」
「まあ!そんな日がおありで?」
「うん。だから君にも知っておいてほしいと思ってさ」
「わ、私が騙されないよう事前にお伝えして下さるなんて……やはり
晃儀様は、慈愛に満ちたお方です!」
と、言うが早いか俺に抱きついてくる鈴音を紙一重でかわしつつ、彼女が
騙されないようにテストしてみることにした。
「むーっ、何故です晃儀様!どうして私の抱擁を避けてしまわれたのです?」
「……鈴音、これには深い理由があるんだ」
「えっ?」
「実は、今日は『ノー抱きつきデー』と言われていて、この日だけは
愛し合う男女であっても、抱き合ってはならないという習わしなんだ」
「そ、そんな……どなたがそのようなものを作ったのです!?」
「話すと長くなるから簡単に説明するけど、ずっと前の総理大臣が、会談で
他国の駐日大使と抱き合った時、わき腹を刃物で刺される事件が起こったんだ。
それ以来、この国では今日一日を『ノー抱きつきデー』とし、二度と同じ
悲劇が起こらないようにしてる」
こんなでっち上げの三文芝居に引っかかるわけがない。俺は内心そう思い
膨れっ面でこちらを見つめる鈴音を思い浮かべていた。しかし……
「……そういう理由が、おありだったの、ですね……」
「!?」
なんと、鈴音は怒るどころか涙を浮かべて、悲しげな表情を向けているではないか!
どうしてこんな嘘に引っかかるんだこの子!?同居してから何度も
思ったけど、本当に天然じゃないだろうな?
「それでは、仕方……ありません。私、今日一日我慢いたします」
「ちょ、ちょっと!真に受けないでよ!今のは、鈴音が嘘を見分けられるか
判断しただけで……というか、本当に知らなかったの?」
瞬間、鈴音の頭に疑問符が浮かぶ。
「……え?一体どういう事なのでしょう?
私、まったく意味が飲み込めないのですが――」
「だから、君が簡単に騙されやしないかテストしてみただけなんだよ。
嘘ついたのは悪いと思うけど、本当に知らなかったなんて」
と、俺が言いきる前に、胸の辺りに柔らかく暖かい感触がした。
「良かったぁ……全部嘘だったのですね!」
「ちょ、ちょっ、鈴音!?」
「私、てっきりそういう風習があるものだと信じこんでしまって……
本当に良かったです!」
「わ、分かったからもう離れてよ!」
「ふふっ♪だーめーでーす!私を騙した罰として、晃儀様には『暫くの間
私に抱きつかれる刑』を執行いたします!」
「ええー!?そ、そんなのアリかよぉ!」
満面の笑みを浮かべて抱きつく彼女に、俺の理性は崩壊寸前だった。
だって、マシュマロみたいに触れば形が崩れてしまいそうな胸を押し付けられて
肉付きのいい太腿に足を絡められて……男なら辛抱たまらないだろ、これは!
「あ、晃儀様ったらどんどん顔が赤くなって……まるでリンゴのようですね♪」
「う、うるさい!からかってるなら離れてくれよ!」
「いいえ。これは、私の素直な気持ちです――なので、もう暫くこのままで
いて下さいませ」
「え?あ、うー……」
背中に腕を回されて、いよいよ抜け出すことが困難になってしまった。
嗚呼、早く時間よ過ぎてくれ!これじゃあ生殺しもいいとこだ!
嘘ついた挙句にこんなことになるなんて!もう限界だよ!
「あら、二人とも。私お邪魔だったかしら?」
「……へ?」
「お、おばさま……?」
俺が理性を抑えるのに必死になっていて気づかなかったが、おふくろが
買い物から戻ってきたようで、まじまじと俺たちを見つめていた。
俺たちは顔を真っ赤にして、即座に離れる。ここでおふくろが割って
入らなかったらと思うと、素直に感謝したい気分になってしまう。
「うふふ、最近の若い子達はお盛んなのねえ」
「そ、そんなんじゃねーって!鈴音が先に抱きついてきただけで――」
「でも、晃儀様もまんざらではない様子でした……よ?」
「よ、余計なこと言うなって!今見たものは誤解!誤解だから!」
「いいのよいいのよ。私達大人に構わず、好きにやっちゃってくれれば♪」
「もう、おふくろまで何が言いたいんだよー!」
こうして、鈴音はエイプリルフールという日を知った。
今後も、彼女が混乱して変な行動に走らないよう、色々と教えていく必要が
ありそうだとも思いながら、今日のような目には二度と遭いたくないという
気持ちで一杯だった。
相変わらずの残念クオリティですが、ご一読頂きありがとうございました。