謎のお年寄り
それは、ある春の日に起こった出来事。
いつものように学校から家路へ向かおうとしていた俺は、近くの公園に
差し掛かった頃、道路の真ん中で倒れ込んでいる人に遭遇した。
「あーいたたたた……くそっ、儂としたことが……」
見たところ、腰を痛めているようで必死に立ち上がろうとしている。
「あ、あのー……大丈夫ですか?」
更に近づくと、その人が立派な髭を蓄えている事に気づく。
そうか、見かけで判断するのもなんだけど、この人はお年寄りだな?
ご老体、無茶はいけませんよ無茶は。
「無理しないで下さい。肩貸しますよ」
「ふんっ!……ん?おお、どなたかは知らんが有り難い。
ここから動けなくて難儀しておったところじゃ」
「この辺り、人通りが少ないですからね。よっ……と」
俺は道すがら助けたお年寄りを、病院まで送っていくことにした。
『困っている人には優しくしてあげなさい』という両親の教えが、まさか
こんな所で役に立つとは思いもよらなかったが。
「いやぁ、今の時世にもそなたのような情に篤い若者がいるとはのう。
感謝してもし足りない位じゃよ」
「ははは……そんな大層なもんじゃありませんって」
お年寄りと他愛のない会話を暫く交わしていると、病院の看板が見えてきた。
「ここまで来ればもう大丈夫じゃ。済まないのう、見ず知らずの儂に
手を貸してくれて」
「あれ、もう腰の方はいいんですか?」
「うむ!ほれ、この通り歩ける位には……ふぐおっ!?」
「やっぱり、まだ痛むんでしょう?中までお連れしますよ」
「いやいや!ここでお主を頼っては儂も示しがつかんでな」
そして、最後にお年寄りは、別れ際にこんなことを言った。
「おおそうじゃ、お主、名はなんというのかね?」
「え?俺ですか?秋葉晃儀、ですけど……」
「ほほお、アキヨシ殿か。いつかこのお礼をさせてもらうでの。
楽しみにしといておくれ、吃驚する位のもてなしを用意するぞ!」
「いや、俺は当たり前のことをしただけで、お礼なんか……」
「ほっほっほ!なんとも慎ましい態度、益々気に入ったわい!
それではアキヨシ殿、息災での」
「えっ!?ちょ、ちょっと!」
俺は病院の入口へ駆け寄り目を凝らしたが、既にお年寄りの姿は無かった。
(……一体何者だったんだ?あの人)
仕方がなく、俺はその場を後にするのだが……まさか、この些細な出来事が
今後の日常へと深く関わっていくであろうことを、その時の俺はまだ知らない。
【今日の教訓:情けは人の為ならず】