異聞・人魚姫

作者：那智

コンセプトは『人魚姫を幸せにしてみた』

深い深い海の底に珊瑚の壁と琥珀の窓のお城があります。そのお城は人魚の王様のお城です。

王様には六人の姫がいて、その中でもとりわけ一番末の姫はきれいでした。その肌はバラの花びらのようにすきとおり、目は深い海のように青く澄んでいます。

末っ子の姫はお姉さん達が見てきた人間の世界の様子を、いつも聞いて胸をときめかせては、友達の魔女のところに行ってこう話すのです。

「ああ、早く十五歳になって、人間の世界の様子を見てみたいわ」

「そんなこと私に言われても困る」

魔女は人間の世界のドロドロした部分もよく知っていましたが人魚姫のがっかりさせる必要はないとその辺は黙ってました。

さて、何故末っ子の人魚姫と魔女は仲がいいのか。それは王国の辺境に魔女が来たという話を聞いた人魚姫が興味本意で見に行ったのがきっかけでした。

「魔女になって初めての勤務先が海の底とか何これいじめ？労働環境がハードってレベルじゃない。主に水圧的な意味で。ハッ！まさかこれが噂の新人イビり!? というか深海でも平気とか魔女すごい。マジすごい」

そんな感じでぶつぶつ言っている魔女を心配した人魚姫が声をかけてからの付き合いです。

そんな風に過ごしているうちに人魚姫もついに十五歳をむかえ、はれて海の上に出る日がきました。

喜んだ姫は魔女を誘って海面に出ました。そこで最初に目に入ったのは大きな船でした。

「わあー、すごい。人間ってこんな大きな物を作るんだ」

人魚姫は船を追いかけると甲板の隙間からそっと中を覗いてみました。

船の中ではパーティーをしていて賑やかな音楽が流れる中、美しく着飾った人達がダンスをしています。

その中にひときわ目を引く美しい少年がいました。パーティーの主役の王子です。

そのパーティーは王子の十六歳の誕生日を祝う誕生パーティーだったのです。

「素敵な王子様……」

「あらホント。私の義弟にも劣ってないわ」

人魚姫は夜になっても王子の様子をうっとりと見つめていました。魔女は途中で飽きたのでその辺でぷかぷか浮いてました。

その時突然海の様子が変わりました。稲光が走ると風が吹き、波がうねり始めたのです。

「嵐だわ！」

水夫たちは慌てて帆を畳みますが、嵐がますます激しくなると、船は見る間に横倒しになってしまいました。

船に乗っていた人々が荒れ狂う海に投げ出されます。

「大変！王子様ー！」

「んー、見捨てるのもアレだし……えいっ！」

人魚姫が王子を助けに行く傍ら魔女は海に落ちた人達が助かるようにと魔法をかけました。これで王子以外は助からなかったなんていう鬱要素の可能性は消えました。

それから王子を人魚姫と魔女は岸まで運びました。

「王子様！しっかりして王子様！」

「落ち着きなさい。ほら薬渡すから看病してやりなさい」

人魚姫は王子を必死で看病しました。とりあえず付いてきた魔女は王子の服を乾かすと人魚姫に傷薬やらを渡し周りを警戒することにしました。

人魚の王様によって海の民が陸の人間と交流することは固く禁じられている上、陸の人間に海の民が見つかればめんどくさいことになるのはわかりきっているので気を付けないといけないのです。

ぶっちゃけると魔女が魔法を使えば王子の怪我ぐらいあっという間に直せるのですが空気読んで人魚姫に看病させて大人しくしてることにしました。

「うう……」

その時王子が息をふきかえしうめき声をあげました。

「！いけないっ！」

王子が目を覚ましそうなのを見て人魚姫は慌てて海に飛び込みました。あまりの即断即決に魔女もびっくりです。

「ちょ、おま！待て！逃げるなヘタレ！」

このままでは魔女が王子を助けたことになってしまいます。そんな面倒事を背負いたくない魔女は慌てて魔法の杖を振って人魚姫を捕まえました。

その時王子が目を覚ましました。

「あ、ありがとう。あなたが私を助けてくれたのですね」

「え、違うけど」

「ではいったい誰が？」

「んー、向こうにいる子なんだけどね。如何せん恥ずかしがりやなのよ」

魔女は情けで人魚姫の姿が岩影に隠れるようにしていました。王子は岩影に向かって語りかけます。

「ありがとう。きちんとお礼がしたいので姿を見せてくれませんか」

「ごめんなさい。私の姿は王子様と大きく違います。私の姿を見たら王子様は驚いてしまうかも」

「貴女は私の恩人です。例えあなたがどんな姿をしていようと受け入れます」

その熱意に押され人魚姫はおそるおそる王子に姿を見せました。

「おお、なんと美しい娘だ」

王子は人魚姫をひと目見て気に入りました。下半身が魚なのも関係ないようです。

王子と人魚姫は時が経つのも忘れて語り合いました。魔女は空気を読んで人が来ないか見張り続けました。

そうするうちに朝日が差してきました。もう帰らないといけません。

「いけない、もう帰らないと。王子様もう会うことはないでしょう。さようなら」

人魚姫は後ろ髪引かれるのを振り切り海深くへと潜っていきました。今度は魔女が止める間もありませんでした。

「あーあ、行っちゃった。もっと一緒に居たかっただろうに。素直じゃないわねあの子も」

王子はただじっと人魚姫がいた水面を見つめています。魔女は王子に問いかけました。

「貴方はどうしたいの？」

「彼女にもう一度会いたい。そしてこの想いを伝えたい」

魔女はさらに問いかけます。

「人魚と結婚するなんて誰も認めてくれないわよ？」

「それでも私は……」

王子の決意は固いようです。そんな王子の様子に魔女は呆れました。ですが同時に面白いとも思いました。

「んー、魔女って人を間違えさせるものだし……別にいいわよね」

そう呟くと魔女は王子に言いました。

「なら貴方の願いを叶えてあげる」

「本当か！」

「今日から毎日この海岸に来なさい。そしたらあの子を連れてきてあげるわ」

王子は魔女の言葉に頷きました。その日から王子は言われた通り毎日海岸で人魚姫を待つようになりました。

人魚姫は城に帰ってきていましたがどうしても王子のことが忘れられません。

「ああ、素敵な王子様……もし私が人間になれたら王子様にまた会えるかしら？」

人魚姫はもしかしたら、という期待を込めて

魔女の元へ出掛けると、人間の女にしてくれるように頼むことにしました。

魔女は人魚姫の願いを聞くとこう答えました。

「そう、王子に会うために人間の女にね。まあ、私の力をもってすれば人魚のしっぽを人間の足に変えることはできるよ。でもその代わり貴女は二度と戻れないわ。それでもいいの？」

「いいわ。それで王子様と一緒にいられるのなら」

それを聞いた魔女は瓶に入った薬を取り出しました。

「そう、それならこの薬をあげる。この薬を飲めば貴女は人間になれるわ」

ちなみにこの薬には足が生えるかわりに歩くたびにナイフを踏むように痛んだり、声を失ってしまったりという副作用はありません。そんな副作用がある薬はただの欠陥品なのです。

「それと、もしあなたが王子と結婚出来な

ければ」

魔女はカッ、と目を開きました。

「私が王子を殺す！」

「ええっ!?」

なんということでしょう。人魚姫が王子と結婚出来なければ王子は泡となって消えてしまうのです。(比喩表現)

実を言うとこれはちょっと弱気な人魚姫の後押しをするための魔女の嘘なのです。こうすれば人魚姫はやっぱり無理！なんて風にヘタれることはなく王子に告白するでしょう。

ですが万が一本当に人魚姫がフラれた場合どうなるかわかりません。嘘が真になる可能性が若干あります。

どちらにせよ魔女は中途半端を認める気はありませんでした。

人魚姫は魔女に連れられて王子を助けた海岸に来ました。そこで魔女は人魚姫に薬を飲ませます。

すると人魚姫のしっぽはみるみるうちに人間の足に変化しました。魔女は杖を振り人魚姫に服を着せると王子の姿を探しました。

少し探すと王子は見つかりました。王子は魔女に言われた通りあの日から毎日海岸に来ていたのです。王子はすぐに人魚姫に駆け寄り抱きしめました。

「王子様……」

「ああ、また会えてよかった」

そして王子は人魚姫をしっかりと見つめると言いました。

「あの日から私は貴女に会いたくて仕方がなかった。あの日から私の心は貴女に奪われてしまっていた。どうか私と結婚してくれませんか」

「！はい、喜んで！」

その後、人魚の王様は人魚姫の必死の説得に頭を縦に振り結婚を許しました。人魚姫の後ろで魔女が杖をチラチラ見せながら立っていたのは関係のないお話です。

そして人魚の王様の許しを得た人魚姫は王子と結婚し幸せに暮らしましたとさ。

鬱ブレイカー魔女。

相変わらず自己満足作品です。だが私は自重しない。

さーて、次は何を書こうかね？