好きな人の言うことには
る教室で座ったまま、私は上目遣いで、その相手を見上げた。
まだ現実が把握できてないんだけど、つまりこれってフラれた.........んだよね?
「それじゃあ頑張ろうな。攻略対象との恋を!」
でも、ええと、まず、攻略って言うのはどういう意味でしょうか。
私の名前は如月蜜華。
元々は鈴木って名字だったんだけどね。パパがお金持ちな如月家の沙羅さんと逆玉って感じで婿入りして、私の名字も如月に変わった。
婿入りだから沙羅さんの実家で私も暮らすことになって、今まで通ってた高校から私立宮森学園高等部に編入したのが半年前。私は一人暮らしさせてもらえればよかったんだけど、危ないからってパパと沙羅さんに止められて結局、如月家でお世話になることになった。
ちっちゃい頃からいろんな人に可愛がられて、今に至るまでに結構な人数から告白されていれば、さすがに自分でもモテているって自覚する。痴漢とかストーカー被害にあったこともあるし、二人が一人暮らしを止めたのも、まああり得ない危険じゃないからね。
性格がどうかはわからないけど、少なくとも顔はそこらのアイドルより可愛いんじゃないかな。スタイルだって、自分で言うのもなんだけど、それなりに良い方だと思う。似合う似合わないはあるけど服で困ったことはないから。
欠点と言えば表情があんまり変わらないことと、性格が良くないことかなあ。
そんな私が宮森学園に編入してはじめてクラスで自己紹介したときのことは、今でもはっきり覚えてる。
あのとき、私は初めての転校だったし、初等部から通っている子が多いこの学校で、友達が出来るかほんとに不安だった。
先生の声で教室に入った私を、ほぼ全員が好奇の視線で見ている。凄く居心地悪い状態で、それでも自己紹介をして顔を上げたら、一人だけ不思議な子がいた。
一人だけ驚愕の顔をしてこっちを見ている男の子が居たんだ。
あんまり驚いた顔をしてたから私と知り合いなのかなって思ったけど、どれだけ記憶を辿っても思い出せなかった。
指示された通りに窓際の後ろの席に着いて、私のために皆が自己紹介をしてくれた。彼は池谷賢人っていう名前で、剣道部の人。考えてみれば、私が一番最初に覚えたのは、この人の名前だったな。
名前を聞いても何で彼が驚いていたのか分からなかった私は、池谷くんと話したいと思っていたんだけど、休み時間ごとにいろんな人に囲まれてしまってタイミングを失った。池谷くんは、私を囲む和に入ろうともせずに、私に話し掛けてはくれなかった。
それからもやっぱり話したくて、私は彼を良く見てた。うん、確かに目で追ってた。たまに目が合うと恥ずかしくってすぐそらしちゃうんだけどね。
「池谷くんが気になんの? 蜜華ちゃん」
「え? あ、香織ちゃん、なんで?」
隣の席の安西香織さんは、編入してすぐ仲良くなった新聞部の子だ。短いポニーテールが歩くたびピョコピョコして、可愛い。さすが新聞部なだけあって噂とかに詳しくて、話題も豊富で話も上手いから話していて飽きない。
確かこれを聞かれたときはお弁当を一緒に食べてて、びっくりした私はお茶を吹き出しかけたんだったなあ。
「もー、カオでいいっていってんでっしょ! そ・れ・に.........それだけ見てたら普通分かるよー。何、ラヴ?」
「へ? あ」
否定出来なくて、私は彼が好きなんだと気付いた。
一目惚れって言うのかなあ。最初は知り合いだと思ったけど、話しかけてくるわけでもないから気になっていったんだし、一目惚れは違う?
あんまり目立つ人じゃないけど、誰からも好かれているように見える。
ちゃんと男の子の外見なのにあんまり男っぽさがなくて、女っぽいわけでもないけど、中性的な雰囲気なんだよね。だから男女ともに友達が多い。
気遣いの上手いひとで、さりげなく親切で押し付けがましくないのも友達が多い理由なんだろうな。
それに、よく誰かから相談されてて、親身になって聞いてあげてるのをよく見る。その内容が解決したり上手くいった報告を受けとるとき、池谷くんは安心したように柔らかく笑うんだ。
その笑顔が見れる日は、そう言えば嬉しかったな。
かっこよくてかわいくて、安心する笑顔。
「.........そうかも」
「やっだ、蜜華ちゃん、顔真っ赤でかっわいい! 協力してあげるからね!」
両頬に手を当てて見たらほんとに熱くてびっくりした。
そのあとの香織ちゃんは凄かったなあ。
池谷賢人。16歳。誕生日は6月1日で双子座のB型。家族構成は父母姉兄で末っ子。だけど男女ともに悪い印象を持たれることが少なく、逆に兄っぽいと慕われやすいタイプ。好きな食べ物は意外にも甘いもので、辛いものとねばねばしたものは苦手。趣味は恋ばな。少女漫画も平気で読めちゃうくらい。それと、剣道は全国大会に出るほどの実力者みたい。ひけらかす訳じゃないし、正直あんまり強そうにも見えないからこれは意外だったなあ。
ここまでを報告してくれたかと思うと、クラス全員参加の企画を立ててくれたり、グループ学習とか何かにつけて池谷くんの近くにいられるように動いてくれた。
おかげで、ただの世間話だったり事務内容だけだったけど池谷くんとお喋り出来たんだ。
そんなことが続いて1ヶ月半。もうすぐ夏休みに入るって頃まで私は嬉しくって幸せだったけど、気付いた。これじゃ、意味無いじゃん、って。
私を池谷くんに売り込まなきゃいけないのに、今のところ私自身はちゃんとアプローチできてないし。今まで告白された経験しかないから知らなかったけど、皆がこうやってやきもきしてたんだね。
でもどうやったらアプローチになるんだろう。.........そう言えば気持ちを知っておいてほしかったって告白してくれた人いたなあ……。
そっか、とりあえず、告白してみるのもありかな。
香織ちゃんに相談したら、そういうのもありかもねって言ってくれたから、タイミングをみて告白してみることを決意した。
そして今日、一学期最終日の放課後。
なかなか二人になる機会がなくて、呼び出すにも池谷くん忙しそうだし、待ち伏せでもしようかなって思ってた矢先に、私と池谷くんは社会の先生から教室掃除を命令された。
たまたま捕まったのが私だったみたいで、連れてかれた先に池谷君がいたのにビックリした。正直心の準備が整わないけど、うだうだしてても仕方ないから掃除をはじめてみる。
特に会話もなくて、私たちは黙々と掃除した。
話題っていっても思い付くのは告白に関することばっかりで、ここで言うのはどうなんだろってもの。どうしようかと思ってたら、池谷君が私に話しかけてくれたんだ。
「ねえ。これ、適当でも大丈夫だよな?」
「え、あ、うん。ある程度ほこりがなくなってれば大丈夫だと思う.........」
「そか。じゃあ終わりにするか。ゴミ捨ててくるから、悪いけどほうきとか片付けといて」
言うだけ言ってゴミ箱を抱えて行ってしまった。
言われた通りほうきを片付けて教室に戻ったんだけど、池谷くんの荷物も置いてあった。ってことは、池谷くん、戻ってくるんだよね。待ってたらお話できるよね?
私は単純に、教室で池谷くんを待つことにした。
「あ? まだいたの?」
「うん。あの、池谷くんに話したいことがあって」
しばらくして戻ってきた彼は、私を見て驚いてた。
池谷くんに用があるんだと伝えてみたら、彼は少しだけ目を見開いて、何だか決意をした感じで頷いた。
「話? あー.........俺もある。如月さんに聞きたいこと」
「あ、なら池谷くんからどうぞ」
すぐに話し出せない緊張と、ちょっとした期待もあって先に促してみる。もしかしたら池谷くんも、なんてすごい身勝手で夢見勝ちな期待だ。
「いーの? じゃあ突拍子もないこと聞くけど.........如月さんて前世って信じる?」
ん? んー?
なんだろう。これって新手の冗談とか、かな。
「前世.........? ええー.........あるんじゃないかな? よくわかんないけど。池谷くんは信じてるの?」
「.........いまいち判断しずらい反応だな.........」
「え?」
今ので何か判断できるってことかな。さっぱり意味不明だけど、心理テストの類いとかはこういう設問が多いし、多分そういうことだよね。
池谷くんは私の席の前まで移動してきて、そこに勝手に腰かけた。どかって座り方はやっぱり男の子って感じで、こんな何気ない動きがかっこ良く見える。池谷くんが椅子に横向きで腰掛けているから、自分の席に座った私が見れるのは横顔だ。特別整ってるとかじゃないけど、やっぱりカッコいいなあ。
「ああ、いや。俺は信じてるっつーか、信じざるを得ないっつーか.........」
なんて返すのが正解なんだろう。今までこういう話してる場面見たことなかったし、冗談は結構いう人だったから、これも何かの冗談なのかな。
なんつったら良いのか、って目を泳がす池谷くんは迫真の演技で、これは乗っかるのが一番良いかな。
「そうなんだ? もしかして前世の記憶があるとか?」
「は?」
あ、ミスった!?
急に真顔でこっちを向くから、何か不味いことを言っちゃったのかとドキドキする。もちろん恋愛的な意味でのドキドキもあるけどね。さすがに半々くらいで、正直血の気が引いちゃった。
ああ、でも、とりあえず、冗談だって言わなきゃ。
「あ、冗だ」
「なんだ。如月さんも覚えてる口? あー.........緊張して損した。下手したら電波扱いだしな」
否定する間もなく、池谷くんは意味が分からないことを言いました。
えー、あー、うーんと、私"も"覚えてる口.........って、何をですかね? 電波なことを覚えてる覚えはないんだけども。
「え、あの、池谷く」
「つーか、如月さん前世覚えてんのに何で攻略とかしないん?」
え、前世? 攻略?
それは一体なんの話なの! どうしよう、人生で一番会話に困ってるよ、今! もともと顔に出にくい質だからこの混乱は池谷くんに伝わってないっぽいけど、今はそれは逆効果な気がする.........!
「えと、私、前世、記憶とか」
「あ! あれか。このゲームしたことないとか? そっか。だよな。だからここまでのイベント全然回収出来てないのか。ま、ああいう関わり方ってヤル気満々じゃないとなかなか.........」
「ゲー、ム?」
「そ。俺ってば前世女でさ。この乙女ゲームにすっげはまってたの。そいや、如月さんの前世って」
「.........女の子.........?」
ゲームってゲームだよね。いや、それよりも女ってことのが今は重要じゃない?
だって、池谷くんの中身が女の子で、恋愛対象が男の人なら、私はどう頑張っても池谷くんとの恋は実らないわけで。それって、遠回しにフラれたのかな。でもでも、私まだ告白した訳じゃないし、だけど、告白する前に、そういう性癖なのかはちゃんと確認しておけば、ひっそり諦めることも可能なわけで。
池谷くんは緩く笑いながら話しているけど、あんまり耳に入ってなかったなあ。
「そかー。ならよかったな。正直性別変わると結構違和感あるから。俺の場合思い出したの中学位だったからもう大変。思春期で荒れた荒れた」
「えと、池谷くんはその、男の子がすきとか」
「やめろよ! 思い出したの中学位だっつったろ。前世ではそういうのもたしなんでたみたいだけど、俺は無理。二次元ならギリギリ、だけど、ガチホモは無理だなー。偏見がある訳じゃないから話を聞いてやるくらいは出来るけど」
「そうなんだ.........」
あー。ほっとしたあ。
途中まで、なんか死刑台にのぼる心境っていうかなんていうか。
ほんとに男の子がすきだったら、告白しても誰も得しないし、頑張ってこの気持ちに蓋をしようって思ったから、妙に安心しちゃった。
まあ、意味分からないのは変わってないけど、私的に一番重要なハードルは越したよね。
「そー。俺は健全な男子高校生だから。男より女のが好きよ。んで、話戻すけど、俺ってば如月さんが来るのすっげー楽しみにしてたんだよ」
「私が来るのを?」
池谷くんの話を総合すると、ここは、池谷くんが前世でプレイして一番好きだった乙女ゲーム『恋の華~蜜~』っていうええと、一応18禁ゲームの世界らしい。主人公は如月蜜華。私ですかー。
ストーリーは、主人公は転校初日に、攻略対象の一人に一目惚れをする。モテるが故に恋愛ベタだった主人公は、たった一人を手に入れるために奮闘するって感じなのかな。
攻略対象は全部で4人。生徒会長に、剣道部主将、図書委員の同級生と下級生の不良。隠しルートとして美術部顧問の先生。何となく顔はしってるけど、名前とか全然分かんないや。
人数が少ない分、イベントが各々豊富にあって、主人公が3年になるまでに誰か一人の心を掴んでいく。18禁ゲームだから、最終的にはそういうことに至ってトゥルーエンドらしい。
池谷くんも私に会うまでは半信半疑だったらしいんだけど、もしこの記憶に間違いがなければ、あの好きだったゲームを間近で見ていたいって思ってたんだって。かといって、もし私が前世を知らなかったら下手に接触すると逆効果かもしれないし、恋愛相談するなら池谷くんだって言われるポジションに居れば私から相談してくれるかもしれないから前世の記憶を頼りに恋愛相談にのってたんだって。
覚えてないし、意味は分からないんだけど、なんで、覚えてることになってるんだろう。
「このゲームは逆ハールートは無いんだよ。純愛系ゲームでさ。如月さんの恋を応援したくて攻略対象と仲良くなったり、恋愛相談に乗って勉強したり」
「私の、恋の、応援?」
それを池谷くんがするの。
「そ。あ、でもちゃんと友達だから。それだけのために仲良くなったって訳じゃないけどな。ゲームでは主人公の相談に乗る情報役は安西香織だったけど、せっかくゲーム覚えてんなら俺だって上手く応援できるしな」
池谷くんが、私の恋を応援するってことは、つまり。
「あの、でも、私.........私の、好きな人」
「だいじょーぶ! 皆いい奴だし! 今は居なくても絶対誰か良いなって思える奴いるから!」
「ちがくて!」
どうしてここまで伝わらないの!
最後まで言わせてもらえなかった言葉に、返ってきたのは言ってもいない告白の答え。
現時点で、私は見事に玉砕した。当たる前に砕けるなんて、笑い事にもならない。
「ん? ちゃんと俺もサポートするし大丈夫だよ。ッつーことで、夏休みとか空いてる日ある? ゲームとはちょっとタイムラグがあるけど、まだなんとかなると思うし。スチル回収がてら作戦会議しよう」
そして私は諦めた。
夏休みに会えるっていうのに、そんなつもりで会えても嬉しくない。けど、今は何を言っても伝わらないような気がしたから。
「.........うん」
「おっけ。じゃあメアド交換しとこ。俺もバイトのスケジュール見て空いてる日連絡するからさ」
赤外線で届いた名前に、ちょっとだけ泣きそうになる。
メールを見るふりをして俯いていたら、池谷くんはさっさと鞄をもって立ち上がった。音につられて顔をあげると、心底楽しそうに笑う池谷くん。
「じゃ、またな。如月さん」
「あ、また、ね。池谷くん」
「賢人でいーよ。それじゃあ、これから頑張ろうな! 攻略対象との恋を!」
走り去った池谷くんが、教室から出ていくのを見送って、私は机に突っ伏した。
好きな人の言うことには、私は乙女ゲームの主人公で。
好きな人の言うことには、攻略対象との恋を応援してくれるらしくて。
好きな人の言うことには、つまり私は彼の恋愛対象じゃないーーー今はまだ。
正直な話いくら好きな人の言うことでも、前世とか乙女ゲームとかは信じたいけど信じられない。だって突拍子も無さすぎるしファンタジー過ぎて理解できない。全部、私の気持ちに気づいた上で遠回しにフッたとしか思えない。
だけど。
だったらわざわざ、私との接点を持つ必要なんてないんだ。
彼のいったことが本当かどうかは置いとくとして、彼に私と繋がりを持ちたい利点は絶対にある。
だったら、とりあえず彼の言うことを信じて行動を共にしてみよう。その上で、私が誰を好きなのか、じっくりわかってもらえばいい。
好きな人の言うことには、攻略対象との恋愛が見たいらしいけど。
ごめんね、池谷くん。ゲームの通り、私はもう恋をしてるんだよ。他でもない、貴方に。
絶対絶対、気持ちを伝えてやるんだから!