純一とその侍女のメロン
「ほぅ、ルチア、珍しいな。君が来るとは。」
純一と名乗った魔王は砕けた口調でもう一人の魔王に話しかけた。
「ああ、紹介したい奴がいてな。同じ地球の同胞の義平だ。」
ルチアは言葉少なげに僕を紹介すると、純一の目がこちらを向いた。
その目と僕の目が合った瞬間、僕は背筋がぞくりと冷たくなるのを感じた。
死んだ目だ……。
生気も感じさせず、生きる事に絶望した目である。だが、懸命に何かを追い求めているような光がチラチラと見えた。
「―――いい目をしているじゃないか。座れ、義平。」
しかしその一方、純一は微笑みを浮かべて言うと、指を振り下ろした。
その途端、対面にソファーが現れた。
「失礼します。」
僕はそう言うとそのソファーに腰を下ろす。
「おい、メロン、酒を出せ。一流の酒をだ。丁度、ボルトーのがあっただろう。」
「はい、畏まりました。」
純一がそう言うと、どこからか女性がスッと現れて頭を下げた。
どこか、カイに似たような女性だ。確実に夢魔ではない。
僕はそう思いながら、視界から消える女性から純一に視線を戻した。
「義平と言ったな。ふむ、さすがルチアが連れてきただけはある肉体も精神もかなり良いものだ。地球ではどこに住んでいた?」
「日本の、東京ですが。」
「東京か、なるほど、東京は良いよな……。うん。俺は一応、ヨーロッパにいたな。」
「ヨーロッパのどこですか?」
「ああ……そこまでははっきり言えないな。俺は人間の区分には収まらん存在だから……。」
ふっと自嘲するように笑う純一。
と、それと同時にメロンがワインボトルとグラスを持ってきた。
「お持ちしました。」
メロンはそう言いながらテーブルの上にワイングラスを四人分並べると、手慣れた手つきでワインボトルのコルクを抜いた。
そして、静かにグラスへワインを注いでいく。
注ぎ終えるのを見届けると、純一は低い声で呟いた。
「[浮遊術行使、手動操作]」
絶対の言葉?僕が小首を傾げていると、グラスが三つふわりと浮かんで僕やルチア、カイの手元に飛んでいった。
なるほど、絶対の言葉というのは魔法に反映出来るようだ。
日本で言うアニメの『う○ねこ』のようなルールがあると思えば、正しい用途はこちらで使うようだな。ふむふむ。
僕は飛んできたグラスを掴むと口にそれを運んだ。
芳醇な味わいが口に広がる。
「これはこれは。良い品をお持ちでございますな、純一様。」
カイは一口飲んで感嘆の声を上げた。
「それで、これは何年物かなー?」
ルチアが小首を傾げて訊ねると、純一は視線を彷徨わせた。
「あー、えっと確かだなー……。」
「1942年物でございます。かなり高価で貴重な物であります。というのも、当時、雹の被害が大きく良い素材が少なかった故でございます。」
純一に代わってメロンが進み出て言うと、純一は眉を吊り上げた。
「貴様、誰が出しゃばって良いと言った!」
彼は立ち上がって怒鳴ると、持っていたワイングラスを投げつけた。
「きゃっ!」
メロンはそれをまともに受け、服がワインで濡れてしまった。
「相変わらずね。純一。」
嘲るようにルチアが言うと、純一はますます不機嫌になった。
「おい、早く摘みでも持ってこい。そして持て成していろ。俺は寝る。」
「は、はい……。」
メロンは怯えた様子で立ち去る純一を見送った。
僕は純一がいなくなるのを見ると、僕は立ち上がってメロンに手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「は、はい……すみません、心配をかけてしまいまして……。」
「大丈夫よ、いつものことだから。全く、あんなのを補佐する貴女も大変ね。まぁ、安っぽいワインで良いから、何か出してくれる?」
ルチアはため息をつきながら言うと、メロンはコクコクと頷いた。
「は、はい、ただいま……。」
「義平様、メロン様と一緒に酒蔵に行ってはいかがでしょうか?こちらは私が片づけます故。」
すると、カイが僕に目配せしながら言った。
なるほど、視察もしておけ、ということか?
「確かにそうだな。お手伝いしよう。」
「い、いえっ!客人の手を煩わせずとも―――。」
「まぁ、そう堅い事言わずにさ。」
ルチアはそう言いながら指を一本立てた。
それでもメロンは躊躇しているので、ニコリと微笑みを向けてやった。
すると、彼女はわずかに頬を赤くして俯いた。
「わ、分かりました……。お願い致します。」
「じゃあ、行こうか。」
僕はそう言うと彼女の背中にさり気なく手を添えて外へとエスコートした。
外に出る直前、カイと目が合った。
すると、彼は苦笑しながら目線でこう言った。
『うまくやって下さいよ?』
―――ああ、やってやるよ。こっちに来て早々、一世一代の大博打をな。