後少し…
それから数日後の夕方、朝からちらつく雪がうっすらと積もっている。今日はいつもより調子がよく、部屋で本を読んでいるとノックがされる。午後の検温の終わったし、今日は誰かが訪ねてくる予定もなかったはずだ。「はい、どうぞ」と答えるとおずおずと扉が開かれた。
「…きちゃった」
ちょこっと顔をのぞかせて柚衣が入ってくる。その姿は制服、腕には鞄とコートをかけている。
「ずいぶんと早い半年だな、中学生」
「…迷惑だった?」
「別に。ただ、来るなって言ったよな」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、柚衣はちょこんと椅子に座り俺をまじまじと見ている。
「なんだよ」
「…歩永実くん、痩せた?」
「ちょっとな」
柚衣が訪ねてきたのが体調のいい日でよかったと思う。メールには元気だと書いたが、実際は調子の悪い日はほとんど眠ってしまっているし、軽いものではあるが発作も起きる。
「外、寒いだろ。風邪ひかないようにちゃんと厚着して、あんまり出歩くなよ」
「だーいじょうぶ。…ねえ、メールとか、電話、迷惑だった?」
やけに真剣に柚衣が聞いてくる。
「別に?忙しいわけじゃないし」
「…返信、してくれないし。電話も出てくれないし…」
「悪かったよ、電話はちょうど出れなかったんだよ」
「メールは?」
「忘れてたり」
怒らせたかも、と思ったが柚衣は先ほどと変わらずに真剣そのものだ。…何考えてんだ?
「じゃあ、これからも連絡していい?」
「…たまに忘れてもいいなら」
不審に思いながら答えると、今度はふにゃっと顔をゆるめて笑う。
「よかったぁ。……歩永実くん」
「な…っ……!!」
なに、と答えようとした途端にドクンと心臓が跳ねた。胸を押さえつつ、ナースコールを押す。
「歩永実くん!!…歩永実くん!!、しっかりして、……みくん!!」
痛みに五感が支配されていき、柚衣の声も遠くなる。どうして、こんなタイミングで。
ばたばたと新島先生や有田さんが駆けつけ、何か言っている。わかったのはそこまで。俺は意識を手放した。
「…です、……も…予断は…」
新島先生の声で徐々に覚醒する。目を開けるとICU。酸素マスクに心電図、左腕に刺さるいくつもの針。
俺は右腕でマスクを外す。
「歩永実!!」
そこにいたのは両親と、先生。柚衣の姿はない。
「気がついたか。苦しかったりしないか?」
「はい、大丈夫です。心配をおかけしてすみません、母さん達も。…あの、今、何時ですか?柚衣は?」
その質問には有田さんが答えてくれた。
「今は深夜2時よ。市川さんは10時くらいまではいたけれど、喘息のこともあるし、親御さんが迎えにいらして帰ったわ」
「そうですか…」
「それで、今後のことだが…」
新島先生の話によるともう本当に俺の心臓はだめらしい。次に発作が起こったら終わりだと言われた。とりあえずはICUで絶対安静である。
両親はなかなか帰ろうとしなかったが、時間も時間なので説得して帰し、俺も眠りについた。




