織姫と彦星、自分らを利用した男に小さな“あれ”をかけてみた
数ある中から作品を探していただきありがとうございます。一日遅れの七夕です。
彦星は軽やかなステップで近づいてくる。
「織姫ちゃ〜ん」
今日は七月七日。
星の世界では、いつも晴れている。
天の川に架かる橋は、いつものデートスポット。
その真ん中には織姫の姿。
変わらない髪型を努力すること、一時間もかけていた織姫がにこやかに振り返る。
「彦星さま〜」
今日ものどかな一日。
あっ、一句詠もうかと考えていた彦星は織姫に近づくと、微笑み返した。
「今日は七夕。織姫様と彦星様が会えたら、結婚を認めよう」
下界から濁った声が聞こえる。
しかし雨雲が厚く、下界は見えない。
おそらく雨が降っているのだろう。
この天気で雨を止めて、晴れ間を見せるなんて約束事、詐欺師でもさすがにやらない。
「なんだか、わたくしたちのお話をしてらっしゃいますね」
「出来もしない約束事に使われるのはいい気分がしないな」
彦星が両手で水晶玉を持つと、中年の男性と若い男女の姿が見えた。
話を聞いていると、織乃と彦斗、それから織乃の父・徹郎であることが分かった。
名前が近いこともあり、織姫と彦星は二人に親近感を持った。
父は二人の結婚を許していないらしい。
それは父なりに理由があるようだ。
星の二人には徹郎の理由がなんとなく分かっていた。
「わたくしは“あれ”をかけるのがいいと思いますわ」
「よし、“あれ”をかけてやろう」
織姫と彦星は織乃の父に小さな“あれ”をかけることにした。
徹郎は二人と話し終えると、廊下を歩く。
キュッキュッ。
『今日はやけに床が鳴るなぁ』と星の二人に徹郎の心の声が聞こえてくる。
徹郎は何度も振り返り、その度にため息をついた。
下女が徹郎を見ると、いつもはお辞儀をするのに、今日は頭の方を見ていた。
口を尖らせて、下女に聞く。
「はて、何かあったのかい?」
「えぇ、旦那様の髪型が少し傾いております」
「えっ?」
徹郎は結ってある髪を触ろうと、頭に手を添える。
すると三本の髪の毛が顔にかかった。
徹郎が慌てて髪をかき上げる。
だが、すぐに落ちてくる。
何度やっても髪の毛は目の前から鼻の横を通って邪魔をしている。
『まだ上手く結えないのか? 一年も経ったんだからそんなことはないだろう』
そうやっているうちに鼻息を荒くして部屋へと帰っていった。
部屋の引き戸に手を添えると顔を大きく歪め、手を引っ込める徹郎。
「痛っ!」
指の腹に木のささくれが入り込んだ。
『そういえば天音が亡くなってから家の手入れをしていなかったな』
そう小さく言うと、下女を呼びつけ、引き戸のささくれを直すように言いつける。
それでも気分が収まらない。
それに木のささくれが指に刺さったままだった。
「そうだ、天音と出会ったときも竹で怪我したな」
徹郎は自分の指を虚しく見つめていた。
「今頃、天音が生きていたら⋯⋯」
徹郎は天音との思い出で頭をいっぱいにした。
おっとりしていてどこか抜けている彼女。
時々大胆なことをする。
初めて会った時も、足元の割れた竹を踏んづけてしまい、怪我をした。
その徹郎を背負って山から出てきたのが天音だった。
それでいて暗闇が怖いという。
裁縫は大胆だが、料理はきっちりしている。
部屋の掃除は丸くするが、食器は綺麗に片付ける。
調味料の管理がやけに好きなようで、料理をしていないのに台所にいることが多かった。
織乃が生まれてからは徹郎は天にも昇る気持ちだった。
大変だったが徹郎も泣き止まない織乃を抱いた。
将来の話を天音とたくさんしていた。
織乃が嫁いで、二人になっても天音となら苦労話も楽しいはずだ。
そう、疑わなかった。
一年前に天音が急死した。
倒れてから一日後、息を引き取った。
『それから自分は⋯⋯』
引き戸のところで物音がすると、徹郎は顔を上げた。
「天音! 会いたかった。織乃はもう大丈夫だよ。さぁ、私も連れて行ってくれ」
「それはなりません。生きる者は真っ当に生きる必要があります。貴方はまだこちらには来てはいけません」
「そんな事を言わないでくれ。私はもう生きる意味がないのだ」
「そんなことはありませんよ⋯⋯」
「あっ」
天音がすうっと消えた。
* * *
徹郎は暗い空を見て目を覚ました。
顔と髪の毛がぐっしょりと濡れている気がした。服もなんだか重く冷たい。
それよりも先程、悪態をついたはずの彦斗は必死な顔をしている。
何が起きたのか分からず目配せをする。
肩で息をする彦斗はずぶ濡れで髪から水が滴っている。
織乃は今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「何が⋯⋯起きた?」
「お父様! 良かった、目を覚ましたのね」
「川で溺れたのですよ。覚えていませんか?」
徹郎はここが一年前だと確信した。
「あぁ、私が入水して⋯⋯」
天音が息を引き取った、次の日のことだった。
『あの時、私は確信したんだ。初めて会う彦斗に助けられた。ぎこちないながらもお互い気にかける二人を見て、織乃が家を離れることを直感したから⋯⋯』
背幅がしっかりとした彦斗の瞳は澄んでいた。
『この若者となら織乃は楽しくやれるかもしれない。そう思ったら織乃を行かせたくない。余計な意地を張ってしまったな』
徹郎の目からは涙が流れたが、薄暗がりに濡れた顔で気が付かれなかったことに心から感謝した。
それを見た織姫と彦星は微笑んだ。
* * *
今日は七月七日。
どんよりと暗雲が垂れ込める空だが、楽しい笑い声が跳ねた。
織姫はいつもの通り天の川に架かる橋の真ん中で彦星を待つ。
「織姫ちゃ〜ん」
「彦星さま」
二人は水晶玉で織乃と彦斗、それから徹郎が笑う姿を見た。
織乃と彦斗は婚儀の正装だった。
「皆、笑顔で良かったですわね」
「あぁ、一年後には徹郎はもっと喜ぶと思うな。いや、号泣するかも」
「ふふ、一年後には、織乃さんと彦斗さん⋯⋯それから、ふふっ。里帰りで徹郎さんの家もにぎやかになりますから、ね?」
振り返った織姫は髪の長いおっとりとした女性に笑顔で話しかけた。その女性も柔らかく微笑んだ。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
終りの部分に少し追記しました。




