実直だった叔父が豹変した理由
私の叔父は、絵に描いたような「善人」だった。
穏やかな語り口、控えめな笑顔。母と叔父が声を荒らげて言い争う姿など、私は一度も見たことがなかったし、親戚一同、彼を「怒らせる方が難しい男」だと思っていた。
あの日、叔父が豹変するまでは。
何がきっかけだったのかは分からない。ただ、電話越しに聞こえる叔父の声は、地を這うような怒気に満ちていたという。母に対して浴びせられた、脈絡のない文句と罵倒。
父も母も「一体どうしてしまったんだ」と困惑し、家の中には嫌な空気が漂った。
数日後、叔父は我が家を訪れた。
玄関先に立つ彼は、いつもの穏やかな叔父に戻っているように見えた。だが、どこか焦点の合わない、バツの悪そうな顔をしてこう切り出した。
「本当に、すまなかった。自分でもどうしてあんなことを言ったのか、よく分からないんだ。……誰かに、ずっと何かを耳元で文句言われているような気がして」
母が心配して「一度、お医者さんに診てもらったほうがいいのでは」と勧めると、叔父は力なく首を振った。
「もう行ったよ。家内に、お姉さんにそんなこと言うなんて頭がおかしくなったとしか思えないって泣かれて……。でも、検査をしてもどこも悪くないんだ」
叔父はしばらく黙り込み、茶菓子に手を伸ばすこともなく、ポツリと呟いた。
「……お地蔵さんを持ってきたからかな、って思ってるんだ」
その場にいた全員の動きが止まった。
叔父の話によれば、どこかからお地蔵様を預かるか、あるいは拾うかして、自宅へ持ち帰ってしまったのだという。
「元の場所に戻してからは、なんともないんだ。あんなに騒がしかった頭の中が、今は嘘みたいに静かでね」
父と母は、「なんてバチ当たりなことを!」と、呆れ果てて叔父を説教した。叔父はただ小さくなって、その叱責を聞いていた。
結局、叔父が本当にお地蔵様を連れてきたのか、その証拠はどこにもない。
大喧嘩のバツが悪くて、怪異のせいにしただけかもしれない。
けれど、あの実直で、嘘をつくのが下手な叔父が、言い訳のために「神仏を盗んだ」などという、もっともバチ当たりな嘘をつくだろうか?
叔父が亡くなった今となっては、真相は闇の中だ。
ただ、私は今でも道端に並ぶお地蔵様を見るたびに、あの日の叔父の、疲れ果てたどこか遠くを見ていた目を思い出すのである。
亡くなった叔父の事をおもいだしたので。




