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第二章 強豪の実力

 運命の日曜がやってきた。七人は青雲の最寄り駅、大船に集合したのが午前八時半。試合開始が一〇時だから、約一時間半の長旅である。

「ドキドキしますね……」

 小太郎は頬を紅潮させ、胸に手を当てている。雅和にいたっては、緊張のあまり集合時にあいさつしたきり、一言もしゃべっていない。少しでも体力を消耗させないよう、全員が座席に座っている。

「なんだあ、お前ら、葬式に行くんじゃあるまいし。この試合に勝って、俺たちの栄光の歴史が始まるんだよ。気楽に行け、気楽に」

 鬼神がすでに勝利は確定したかのような表情で語っている。さつきが苦笑した。

「ふふ、頼もしいですね。幻舟はどう思います?」

 青雲のキャプテンはすぐには答えなかった。手元に何やらメモ帳を用意し、ボールペンで書いては消し、白い紙はぐちゃぐちゃだ。

「何を書いてるの、幻ちゃん?」

 由奈がのぞきこむ。ようやく周りの視線が集まっていることに気付き、幻舟は頭をかいた。

「ごめん。今日の試合で、それぞれがどのくらいの数字を残したら勝てるか、おおよその目安を考えていたんだ」

「それで、僕たちのノルマは?」

 さつきが真剣な表情で問う。幻舟は書き直されたメモを見ながら、厳かに読み上げた。

「まず、うちの誇るダブルエース、さつきと鬼神にはそれぞれ二五得点、合計五〇点取ってもらう。自信はあるな?」

「おうよ」

「もちろんです。でも、得点だけじゃないですよね?」

「ああ、二人にはゴール下での働きが不可欠だ。ただ、リバウンドとブロックについて俺は言及しない。それぞれが臨機応変にやってくれ。自分で考えないと進歩がないからな」

 さつきと鬼神の表情が戦闘モードに入ったのを、由奈は感じた。特に鬼神の突き刺さるような目つきは、野獣のようで迫力満点だ。

「次に雅和だが、お前の持ち味は何といってもリバウンドだ。いかに味方の攻撃回数を増やし、相手を減らすか。最低、二桁は頼んだぞ」

「了解です」

 雅和は身の引き締まる思いだった。過度に緊張している一年生を思いやって、真琴はそっと雅和の肩をつかんだ。

「大丈夫よ。練習を見る限り、あなたのセンスは通用すると信じてるわ。そんなに気負わないで」

「は、はい」

 すかさず能天気な点取り屋が軽口をたたいた。先程までとはまるで別人。

「いいねー、雅和、綺麗なお姉さんに励ましてもらっちゃって」

 イラっと来た真琴が思い切り睨みつける。

「鬼神、あなたは一言多いのよ!せっかくわたしが気を利かせたんだから、水を差さないで」

 若き指揮官は唇を尖らせた。由奈が苦笑している。幻舟が続けた。

「小太郎、お前の役割は明確だ。外から決められるのはお前しかいない。厳しいようだが、3P七本、二一得点狙ってくれ」

「そこまで僕に期待してくれているんですか?」

「ああ、さつきと鬼神がフィールドゴールを決めるのと、お前が3点取るのでは意味合いも与えるダメージも違う。わかるな?」

 小太郎は無言で力強くうなずいた。

「最後に、俺自身の目標だが、一〇アシスト、一〇得点、五スティール。これが司令塔としての仕事だ。おそらく、今日の試合は五点差以内の激戦になるだろう。みんな、最後まで集中力を切らさないでくれ。お互いが孤立しないよう、声を掛け合おう。聞きたいことはあるか?」

 指揮官が絶大の信頼を置く幻舟の言葉に、四人を代表してさつきが言った。

「なにもありません。幻舟こそ、責任を一人で背負わずに、みんなを信頼してください」

「その通りよ。三銃士の言葉だったかしら?一人はみんなのために、みんなは一人のために。その精神で行きましょう」

 真琴が締めくくると、電車は目的地に到着した。

「よし、いくぞ!」

 幻舟を先頭に、七人はホームに降り立った。


 葵の体育館は駅から一〇分足らずのところにある。静岡らしく、緑がまぶしい。校門を抜け、真琴が守衛に名乗ると、初老の守衛が体育館へ案内してくれた。

 体育館の扉は開け放たれており、すでに葵の部員が汗を流している。

 黒髪を少し伸ばした少年が幻舟たちに歩み寄ってきた。身長は幻舟よりやや小さいが、むき出しになった腕と脚はたくましい。少年は真琴の姿を認めると、礼儀正しく頭を下げた。

「葵高校のキャプテン、倉橋です。よろしくお願いします」

「青雲の監督、長谷川です。お忙しいところ、試合に応じてくれてありがとう」

「いえ、全中を制した三人とお手合わせできるのは光栄です」

 倉橋は幻舟に向き直った。

「大杉君、あんたたちと戦えるのは幸運だ。うちは昨年ベスト八だが、それは過去のこと。今日は手加減なしで頼むぞ」

「ああ、こっちこそ名門の葵と対戦出来てありがたい。うちは一年生が二人いるが、負けるつもりはない。全力で勝ちにいくよ」

「それはこちらも同じだ。うちが負けるということは、静岡が恥をかくと言うこと。プライドにかけて、あんたたちを粉砕してみせる」

 倉橋の口調は静かだが、有無を言わさぬ迫力があった。

「ところで、そちらの宇田川監督にあいさつしたいんだが」

 幻舟が言うと、倉橋は肩をすくめた。

「うちの監督は困ったちゃんでな。時間にはルーズだし、作戦は俺に丸投げだ。しかし、ここぞというときは頼りになる。気にしないでくれ。こっちは準備できているから、そちらのアップが終わり次第、試合を始めたい」

「わかった。みんな、急いで着替え、アップを済ませるぞ」

 五人は倉橋に案内されて、更衣室に向かった。

「立派な体育館ですね」

 由奈がつぶやく。青雲の体育館も粗末ではないが、葵のそれは観客席にアリーナまで付いており、迫力が違う。練習試合にもかかわらず、すでにたくさんの客が集まり、その熱気は幻舟たちにも伝わってきた。

「ふふ、お客さんのほとんどが葵を応援しているでしょう。うちの五人が燃えてくれることに期待するわ」

 真琴は不敵な笑みを浮かべた。五人がユニフォームに着替えてコートに表れた。全員、早くもエンジン全開といったところか。

「よし、作戦は電車内で幻舟が言った通りよ。どちらが勝者にふさわしいか、己の力を見せつけて来い!」

「はい!」

 一方、葵はいまだ監督が来ないので倉橋がリーダーシップをとる。

「相手のうち、怖いのは全中を制した三年トリオだけだ。一年に俺たちが負けるわけがない。派手な個人技に頼らず、組織で攻め、守るぞ。いいな」

「おう」

いよいよ、練習試合が始まった。幻舟たちにとって、最初の超えるべきハードルである。

「さて、主導権を握るのはどちらかな……」

 アリーナ席から、遠藤が双眼鏡をのぞきながらつぶやく。隣で、久美子が食い入るようにコートを見つめていた。二人がこっそり後をつけてきたことを、青雲のメンバーは知らない。

 主審がボールを高々と上げる。

「どっちだ!」

 観客が身を乗り出す。わずかの差で、さつきの指先が葵のセンター、渡会の高さをしのいだ。

 さつきはボールをはじき、キャプテンの幻舟に渡した。

「ナイス、さつき!幻舟、一気にたたみかけよう!」

 ベンチから真琴が大声を出す。

「やはり、ジャンプボールで天野に勝つのは難しいな」

 遠藤の言葉に、久美子が反応した。

「勝負事は先手を取るのが重要ですが、青雲の攻撃に葵はどう対応するでしょうか?」

「まずは司令塔の大杉を抑えることだね。もっとも、それが一番難しいんだが」

 葵はオーソドックスな二-三ゾーンディフェンスを敷いた。下手にマンツーで幻舟にかき回されるのを避けたのである。

(幻舟、あなたのゲームメイク次第でチーム力は大きく変わってくるわ。自信を持ちなさい、そして仲間を信じて)

 真琴は腕組みして、立ったまま両軍の攻防を凝視している。

 幻舟はドリブルをしながら相手のすきを窺った。葵の持ち味は鉄壁のディフェンス。崩すのは容易でない。ちらっと小太郎を見ると、相手のマークがやや甘くなっている。

(ここだ!)

 ドリブル突破を見せかけて、幻舟はマークをひきつける。相手が二人がかりで阻止する、その裏をかくように小太郎へパスを出した。

「打て、リバウンドは俺たちがとる!」

 鬼神が叫んだ。小太郎は眼にも止まらぬクイックモーションで3Pシュートを放つ。ボールは弧を描いてリングに吸い込まれた。

「よおし!まずは先制だ!」

 青雲のメンバーが異口同音に声を上げる。葵のキャプテン、倉橋はやられた、という表情を浮かべた。

「今のシュートはまぐれじゃないぜ」

「ああ、あの小さいの、少しでも油断したらあっさり決めてくるな」

「ゾーンは変えなくていい。ただ、あいつの3Pは警戒しよう」

「了解」

 葵のメンバーは確認すると、攻撃に移った。

 PGの加藤がドリブルする。青雲は1-3-1ゾーンだ。

(この小さいのがトップか。なら)

 加藤は鋭いパスを出した。ボールは小太郎の頭上を経過し、真鍋の手に渡った。

「いけ、一年に負けるな!」

 倉橋に一喝され、真鍋はシュートを放った。ただのシュートではない。斜めに跳びながら打つ、フェイドアウェイ・ジャンプショットだ。雅和がブロックに飛ぶが、ボールは無情にも雅和の指先を超え、ネットをくぐった。これでスコアは二対三。

「そういうことか……」

 遠藤が意味深につぶやく。久美子は師匠の言葉を理解できず、戸惑った。

「どういうことですか?」

「今の攻撃で、青雲の弱点が二つ分かった。一つは岸川の高さ不足。あっさりパスを通されるようだと、つけいられるぞ」

「もうひとつは?」

「同じ一年生、西園寺のディフェンスはまだ甘いということだ。そこを見越してくるあたり、さすが全国クラス。青雲はこのままだとやられる可能性が高い」

 試合は、遠藤の予想通りに展開していった。

 青雲は小太郎の3Pがすべて封じられ、攻撃はインサイドに限定。その一角、雅和はシュート力の低さを露呈し、さつき、鬼神の両エース頼みとなった。

 対する葵はアウトサイドから確実に得点を重ねる。リバウンドも青雲をしのぎ、第一クオーターは二二対一五。葵の七点リードで終わった。

「由奈ちゃん、タオルとドリンクをお願い」

「はい」

 真琴の指示で、由奈はきびきびと動いた。まだ試合の四分の一が経過したばかりだというのに、全員が汗だくだ。特に雅和、小太郎は高校生としての初戦とあって、精神的消耗は避けられない。真琴はキャプテンに問いただした。

「どう、幻舟。さすがは全国ベスト八というところかしら?」

 幻舟はスポーツドリンクを飲みほして、慎重に言葉を選んだ。

「そうですね。全員の意思が統一されて、個人技に頼らず、チームとしてよくまとまっている。飛び抜けた天才はいないけど、それを必要としないくらい、総合力は高いですよ」

「でも、いきなり七点のビハインドはないんじゃない?ましてうちには超高校級の三人がいるのよ?」

 真琴の唇は笑っているが、目つきはそうではない。五人は若き指揮官を仰ぎ見た。

「幻舟、あなたのドリブルとパス、ゲームメーカーとしてのセンスは高校界ナンバーワンよ。これはお世辞でも欲目でもない。あなたを単独で止められる選手はただ一人、かつての後輩、北条亮一だけ」

 幻舟ははっとした。亮一と組んだ時の映像が蘇る。全中を制したあの頃、幻舟は自信に充ち溢れていた。それが今は……

「さらにさつき、鬼神。二人も気負っているようね。相手のセンターは悪くないけどさつきの敵じゃない。鬼神のダンクもまだ炸裂していないわよ」

 真琴の言い方はきつくはないが、さつきと鬼神は頭を殴られたような衝撃を受けた。

「そして、雅和、あなたがリバウンドを取らなくて誰が取るの?言うまでもないわよね、リバウンドの重要性は」

 雅和は唇を噛んで下を向いた。

「最後に、小太郎。ここでつまずいているようでは全国制覇など夢のまた夢よ。スピードを生かしてノーマークを作りなさい。質問はある?」

 5人は黙ったままだが、全身から闘志が燃え上がっているように、由奈には見えた。

「よし!記念すべき青雲ファイブの初戦を勝利で飾りましょう!残り三〇分、悔いの残らないように全力で戦いなさい!」

「おお!」

 青雲の五人が吠えるのを見て、観客はびくっとした。

「な、なんだ?」

「さっきまでと雰囲気が違うような……」

 コートに一〇名の選手が散らばる。第一クオーターは青雲の攻撃で始まったので、今度は葵の番だ。

 審判の笛が鳴り、試合が再開された。加藤がボールを入れ、西木が受け取る。それに、小太郎がプレスをかけた。

「こ、こいつ……」

 西木はドリブル突破を図るが、小太郎がさせない。苦し紛れに西木が前線へパスを出すと、あっさり鬼神がカットした。幻舟が指示を出す。

「鬼神、派手にかましてやれ!」

「おうよ!」

 鬼神は立ちふさがる西木をドリブルでかわすと、トップスピードのまま、フリースローラインの手前でジャンプした。

「つああっ!」

 利き腕の左手でボールをつかんだまま、宙を飛ぶ。遠藤が、久美子が、ベンチの真琴、由奈が見守る中、鬼神は豪快なダンクシュートを決めた。リングを破壊しかねない、ハンマーダンク。身体能力では鬼神は北条亮一をもしのぐ。

(これだ……この一撃で流れが変わる!)

 真琴は背筋にぞくぞくと興奮が走るのを感じた。

 着地した鬼神はふーっと息を突くと、満面の笑みでベンチへVサインを示した。

「よくやった、鬼神!」

 幻舟が殊勲のエースとハイタッチする。さつき、雅和、小太郎も笑顔だ。

「なんなんだ、今の……」

「NBAじゃあるまいし、あんなジャンプ、初めて見たぜ」

「あれが江南中学の岩倉か……」

 観客がどよめいた。まだリングが揺れている。葵のメンバーもさすがに度肝を抜かれた。

「くそ、なんてジャンプ力だ」

「ビビってる場合じゃない。ここで流れを持って行かれないよう、一本決めるぞ」

「おう」

 さすがに経験豊富なチームだけあって、気持ちの切り替えは早い。しかし、青雲は戦術を変えてきた。4人がゾーンを敷き、幻舟がシューターの西木にぴたりとマークする。

「ボックス・ワンか」

「え?」

 遠藤のつぶやきに、久美子は自作のノートをめくった。

「ええと、ボックス・ワンは特定の選手一人にマークをつけ、後はゾーンを作るディフェンスですね」

「その通り。青雲も葵も外から確実に決められる選手は一人ずつしかいない。そこをつぶし、後は消耗の少ないゾーンで乗り切る作戦だ」

「この青雲の対策、遠藤さんはどう思います?」

「うん、妥当な作戦だね。大杉は守備に関しても一流だし、高さもある。葵はやりづらいだろうな」

 加藤はパスを回すが、青雲のゾーンは圧力がある。特にゴール下のさつきは長い両腕を上げて隙あらばボールを奪う意欲が満々だ。

 時間ぎりぎりで倉橋がシュートを放つ。が、リングにはじかれ、両軍がリバウンドを争った。

「ふんっ」

 一九七センチのさつき、一九三センチの渡会の腕をかいくぐり、ボールを奪ったのは雅和だった。

「おおー!」

「すげえぞ、あの坊主頭!」

 観客が歓声を上げる。すでに敵陣に走りこんでいた小太郎に雅和はパスを出した。難なくレイアップシュートが決まる。

「ふふ、やっと五人ともエンジンがかかってきたようね」

「はい」

 真琴と由奈が笑顔を見せあった。その後も青雲はゴールを重ね、第二クオーター終了時点で四一対三八。実績十分の葵からリードを奪った。ハーフタイムにはいり、両軍のメンバーはロッカールームで休憩しつつ、後半の戦い方について話し合う。

「やっと試合の半分が過ぎたけど、どう?感触は」

 真琴の質問に、幻舟が生真面目な表情で答えた。

「手ごたえはあります。この試合のためにトレーニングを積んできたわけですし、負けることは考えていません。ただ……」

「ただ?」

「相手がこのまま黙ってくるとは思えませんね。こっちと違って控えも層が厚いし、何より久々の実戦で体力を最後までもたせないと」

「僕もそう思います。考えられるのは、わざと悪質なファウルをして、強引にゲームの流れを変えてくること。相手だってプライドがあるんだから、勝つためにはそのくらいやってきますよ」

 さつきは冷静にコメントした。とかく長身とゴール下の華麗なプレーが目立つ彼だが、幻舟を陰で支える参謀役と言えばこの人しかいない。

「作戦に変更はないわ。幻舟は西木のマークについて、ほかの四人はゾーンを固める。奪ったら速攻よ。いいわね?」

「了解です」

 試合が再開された。

 そこから三分後、中年の男が息を切らせて体育館に現れた。葵の監督、宇田川である。

「ん?うちが負けとるじゃないか。お前ら、なにをきれいなバスケをやっとるか!この試合、負けたら全員腹を切るくらいの気持ちでやれ!勝つためには手段を選ぶな!」

 遅まきながら指揮官の指示がメンバーに届く。五人は目配せして、なにやら合図を送った。

 鬼神がマークを外し、ミドルシュートを放つ。そこへ、真鍋が激しく体をぶつけてきた。

「ぐっ!」

 一九二センチの鬼神があっさり倒れた。すかさず笛が鳴る。

「ディフェンス、プッシング!ツースロー」

 起き上った鬼神は、真鍋に怒鳴りつけた。

「てめえ、勝つためとはいえ露骨だぞ!」

「落ち着け、鬼神」

 幻舟がなだめる。その様子を、ベンチの二人はハラハラしながら見守っていた。

「いやな予感が的中しましたね」

「ええ。でも、このくらいの挑発で自滅する子たちじゃないわ、うちの五人は」

 鬼神は深呼吸すると、慎重に二本のフリースローを決めた。

 葵の攻撃。加藤がシュートを放つ。リバウンドを制したのはまたも雅和だった。そこへ、倉橋が肩をぶつけた。当然、ファウルである。雅和は顔を真っ赤にしてどなった。

「こらあ!お前らそれでもスポーツマンか!いい加減にせんと、わしも黙っちゃおらんぞ!」

 会場が不穏な空気に包まれた。鬼神と雅和はもともと気性が荒い。幻舟のリーダーシップを持ってしても、ここまでやられると抑えを利かせるのが大変だ。

 審判は両軍のキャプテンを呼び、注意を与えた。

「君たち、熱くなるのはわかるが高校生らしくスポーツマンシップを守るように。いいね?」

「はい」

 試合は再開されたが、これで青雲の歯車は狂った。怒り心頭の鬼神はシュートが入らず、雅和もリバウンドを支配できない。必然的に、ゴール下のさつきに幻舟はボールを入れるが、今度は二人がかりで葵はさつきをつぶしにかかる。

 さつきの技術をもってしても、ゴール下をがっちりと固められると打つ手がない。

 さらに、幻舟のパスまで乱れ始めた。なまじ責任感が強いだけに、すべてを背負い込む癖がある。大黒柱の異変に気付いた真琴は作戦の変更を考えた。

「小太郎、幻舟をヘルプして!あなたなら、いえ、あなたしかこの役割はこなせないわ!言ったわよね、自分でマークを振り切ってって!」

指揮官の叱咤に、幻舟ははっとした。自分一人がボールを持ちすぎていることにやっと気付く。小太郎が眼で合図した。自分を信じてほしいと。

「いいぞ、その調子だ。このクオーターで勝負をつけてやれ!」

 葵の監督、宇田川が叫んだ。だが、その一言が青雲の狂った歯車を逆に修正してしまう。

 幻舟はドリブルをしながら、パスコースを探した。どこにも隙がない。ならば自分で切り開くだけだ。わざとドリブルのスピードを弱め、相手が油断するや否や、一気にトップスピードでゴール下に切り込んだ。

「しまった!」

 加藤と西木が一瞬で置き去りにされる。渡会がジャンプし、幻舟のシュートコースをふさいだ。幻舟はシュートモーションに見せかけて、まったく無警戒だった小太郎にパスを出した。

「え?」

 誰もが目を疑った。完全なノールックパス。小太郎はノーマークの状態でためらいなくシュートを放った。ボールはリングのど真ん中を打ち抜いた。

「よおおし!」

 青雲のメンバーが息を吹き返した。わずか一六〇センチの一年生が、たった一本のシュートで流れを変える。しかし、何より驚異的なのは単独で葵のディフェンスを切り裂き、正確無比のパスを出した幻舟だ。まだコンビを組んで日が浅いというのに、二人のプレーは阿吽の呼吸である。

「くそ、せっかくいい流れで来たのに」

「落ち着け!まだうちがリードしてるんだ。じっくり攻めるぞ」

 葵のメンバーが声を掛け合う。しかし、幻舟と小太郎の鮮やかなプレーで鬼神、雅和の二人が気を取り直した。倉橋がシュートを打つが、外れる。強烈なリバウンド争い。鬼神が左手一本でボールをもぎ取り、主導権を葵に渡さない。

「いいぞ、鬼神!幻舟に戻して、確実に決めよう!」

 真琴が手をたたいてメンバーを鼓舞する。幻舟のドライブを警戒して葵はディフェンスを引き気味にした。さつきが珍しく大声を上げる。

「幻舟、こっちがあいてる!ボールを回して!」

 ゴール下の支配者にこたえて、幻舟は鋭いパスを出した。一人では対処できないと考え、葵は真鍋と渡会が二人がかりでさつきを封じにかかる。だが、それが狙いだった。

 さつきはボールを片手で持つと、体を反転させた。右手を高く掲げたまま、ジャンプする。二メートル近い長身が宙を飛んだ。真鍋、渡会がブロックに飛ぶが到底届かない。さつきは手首をスナップさせてシュートを打つ。ボールはゆっくりとネットに吸い込まれた。

「おい、見たか!」

「あれが天野のスカイフック……」

「二人がかりでも防ぎようがないな、こいつは」

 観客は唾を呑んだ。鬼神の豪快なダンクとは対照的な、さつきの華麗というしかないフックシュート。青雲の誇るダブルエースの一撃で、ゲームの流れは完全に葵から奪われてしまった。

「ここまでか……」

 宇田川は観念した。百戦錬磨の監督からみて、彼我の差は明らかだ。葵は決して弱くない。ベンチには控えの選手がおり、スタメンの能力も十分全国で上位を狙えるレベルだ。

 しかし、青雲の五人はその上をいく。司令塔の幻舟は効果的なドリブルとパスでゲームを作り、守りでは西木を完全に封じている。鬼神は超人的な身体能力とバスケセンスでゴールを量産した。さつきは冷静にゲームの流れを読みつつ、攻守両面でゴール下を支配する。

 加えて、一年生の二人が予想以上の働きを見せた。雅和は粗削りながら豊富な運動量とリバウンドでチームに貢献。小太郎は俊敏な動きと正確なシュートで葵にダメージを与えた。

「長谷川君か。まだ若いのによくチームをまとめたな」

 宇田川はベンチで声を上げる真琴の姿を見て、感嘆した。二十歳の真琴が自分よりずっと大きく見える。しかし、懸命にボールを追いかける自分の選手に、宇田川も望みを捨てなかった。

「走りまわってスクリーンをかけろ!フリーでシュートを打たなければ意味がないぞ!ディフェンスはもっと厳しく!」

 両軍、全力を尽くしたが、勝負は残酷だ。試合終了のブザーが鳴る。スコアは九五対八二。たった五人の青雲が名門、葵を打ち負かしてしまった。

「終わったか……」

 葵のキャプテン、倉橋は息をついた。負けはしたが、すっきりとした表情だ。両軍が整列し、たがいに礼をする。

「やれやれ、最後まで気の抜けない試合だったな」

 遠藤は双眼鏡をしまい、久美子を振り返った。

「どうかね、初観戦の実戦は?」

「何というか……圧倒されました。もっともっとバスケの勉強をして、理解を深めたいです」

「そう、その意欲があれば大丈夫だ。君は若く、ひたむきだよ。これからどんどん成長していける。僕が保証するよ」

「あ、ありがとうございます」

 久美子は褒められて赤面した。

 アリーナ席では、二人の若者がじっとコートを見下ろしていた。神奈川の名門、横浜西高校の槙原と桑谷である。

「どうよ、槙原?さすが全中を制した大杉たちは俺たちにとっても楽な相手じゃないぜ」

 桑谷の口調はどこか軽薄だ。対照的に、槙原は無表情で答えた。

「くだらん。葵の敗因は監督の采配ミスだ」

「というと?」

「少し考えればわかることだ。青雲は五人しかいない。あんなラフプレーをしなくとも、スタメンが相手を疲れさせ、メンバーチェンジをしてとどめを刺せばいいだけだ。まあ、いずれにせよ青雲のポテンシャルはわかった。葵の教訓を生かせば俺たちに負けはない」

 自信たっぷりに言い切る槙原に、桑谷は苦笑した。

「お前らしいよ。しかし、忘れてないか?青雲のうち、二人は一年だ。夏の大会まで急成長すると俺は思うぜ」

「だからどうした。俺たちは神奈川ナンバーワンとして負けることなど許されない。仮に青雲が勝ちあがっても全力でたたきつぶすだけだ」

 槙原は言い捨てると、足早にアリーナを立ち去った。

「まったく、自説を譲らない男だ」

 桑谷はコートをちらっと見ただけで、すぐに槙原を追いかけた。


「あー、さすがに疲れたな」

 青雲の七人は電車に揺られている。スタミナには自信のある鬼神だが、精神的に消耗しきった様子だった。

「でも、最高の滑り出しじゃない?練習試合とはいえ、葵は間違いなく本気だった。その強豪に勝てたんだから、もっと喜びなさいよ」

 真琴は頬を緩ませていた。雅和は感極まった表情でつぶやく。

「わしみたいな体力バカが勝利に貢献できて、感無量です。これからも精進します」

 小太郎も髪をかきまわしながら、雅和に同調した。

「僕も、シュートだけじゃなくてドリブル、パスを磨きますよ。そうすればもっとうちは強くなれる。そうですよね、大杉さん?」

「ああ、頼りにしてるよ。俺たちもぼやっとしてると二人のお荷物になっちまうぜ?なあ、さつきよ」

「ははは、幻舟にしてはきついジョークですね。なんにせよ、今日はゆっくり休みましょう。夏の予選にはまだ時間があるし、準備は万端にしておかないとね」

 すっかりリラックスした五人に、由奈はボトルを配った。

「はい、わたしからのお祝い。お手製のドリンクよ。レモンとはちみつが入っているから、疲労が早く抜けるわ」

「ありがとう、由奈ちゃん」

 幻舟が代表して礼を言った。鬼神はボトルをくるくる弄びながら、不満そうにつぶやいた。

「どうせなら強壮剤が良かったな。あそこがギンギンになるような……」

「鬼神!あなたはどうしてそういうことばかり考えるの!いい加減にしないと顔面に蹴りをかますわよ!」

 さすがの真琴も烈火のごとく怒った。乗客の視線が集まる。はっとして、真琴は咳払いをした。

「と、とにかくレディの前で下品なジョークはおやめなさい。いいわね」

「わかってますよ、いいじゃないですか、そんなにむきにならなくても……」

 鬼神は辟易した。幻舟とさつきが苦笑している。座席にもたれながら、七人はこれからの道のりに思いをはせていた。


 横浜西の体育館ではバスケ部員が練習を積んでいた。長年にわたって神奈川の頂点に君臨する王者。五〇名を超える部員は汗を流しながら、シュートやパスの練習に余念がない。

「お、桑谷からメールだ」

 携帯を取り出し、画面を確認したのは堀川。パソコンや携帯を駆使した情報力には定評があり、チームメイトからはうちの情報部長などと呼ばれている。

「なんだ、今日の練習試合、青雲が勝ったらしいぜ」

「スコアは?」

 長身の堀川に、さらに大柄な金田が体を寄せた。二人ともほかの部員が大声を出して走っているのに、悠長にだべっている。

「九五対八二。まあ、全中の三人がいるんだから当然だよな」

 監督の斎藤がいないのをいいことに、二人は桑谷からの報告メールを読みふけった。

「堀川さん、金田さん。いい加減にしてくださいよ。槙原さんがいないんだから二人がチームをまとめてくれないと」

 冷たい口調で苦言を呈したのは司令塔の浅野だ。二年生ながら抜群のセンスを買われ、レギュラーの座を確保。平然と三年生に突っかかる気の強さも、斎藤は高く評価している。

「だいたい、青雲が強いと言ったって、そのうち二人は一年でしょ?俺たちの敵じゃないですよ」

「だがな、練習試合とはいえ、去年の全国ベスト八の葵が一〇点以上差をつけられたんだ。甘く見るわけにはいかん」

 金田は重苦しい口調で戒めたが、浅野は一笑に付した。

「それも大杉のゲームメイクがうまくいったからです。俺ならあいつの好きにはさせません。勝つのはうちですよ。そんなことより、練習、練習」

 浅野は言い捨てるとボールを持ってコートの中央に戻った。

「相変わらず自信過剰というか、怖いもの知らずというか……」

 堀川は苦笑した。腕組みしながら金田がつぶやく。

「だが、うちで一番努力しているのもあいつだ。それに、大杉に対抗できるガードは浅野を置いていない。そう思わないか?」

「確かにな。具体的な対策を立てるのは監督の仕事として、俺たちは自分の役割をこなすか」

 堀川は一年生からボールを受け取ると、軽く助走して、ワンハンドダンクを決めた。

「すげえ、さすが堀川さん!」

 周囲から驚愕の声が上がる。

 金田も負けていない。こぼれたボールを拾うと、両手でつかみ、リングにたたきつけた。ミシミシとバックボードが音を立てる。圧倒的なパワーに一年生、二年生は度肝を抜かれた。

「さすがうちのレギュラー……」

「この人たち、本当に高校生か?」

控え組がが呆然とする中、堀川と金田は不敵な笑みを浮かべた。

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