第一章 再始動の時
体育館の片隅に、一人の少年がたたずんでいた。
季節はまだ四月である。冬の気配が残る広い空間で、少年は大きく伸びをした。入念に体をほぐし、筋肉を温める。
ずば抜けて背が高い。一九〇センチ近くあるだろう。白い無地のTシャツに黒いスパッツをはいている。髪は短く刈ってあり、目つきは温和だが、どこか近寄りがたい凄味があった。
少年はバスケットボールをかごから取り出すと、フリースローラインに立ち、シュートの構えをした。放たれたボールは美しい弧を描き、ネットに吸い込まれた。
「感触は悪くないな」
つぶやくと、少年は転がっていたボールを拾い、再びフリースローを決めた。その次も、その次も成功した。一二回目にしてやっとボールはゴールにはじかれた。少年は苦笑いを浮かべた。
「試合でもこのくらい決められればいいんだが」
体育館の入り口方面に転がって行ったボールを追うと、少年はある人物に出くわした。
「朝から熱心ですね。幻舟」
穏やかな笑顔で声をかけたもう一人の少年は、フリースローを決め続けた幻舟という人物より、さらに大柄だった。違うのは、服装が黒い詰襟であること、幻舟がたくましい体つきなのに対して、こちらはかなり細身であることだ。
「お前もな、さつき」
幻舟は屈託のない笑顔で二メートル近くあろうさつきに声をかけた。
と、そこへまた一人の少年が現れた。身の丈は幻舟とさつきの中間といったところだろうか。黒い上下のジャージを着ている。
「わりい、わりい。また目覚ましが壊れちまってよ」
息を切らせながら頭を下げる少年を、幻舟は白い目でにらんだ。
「鬼神、お前の部屋にはいくつ目覚ましがあるんだ?」
幻舟に指摘されて鬼神は困惑した。
「いや、まあ、その……俺が悪い。勘弁してくれ」
「その辺にしてください、幻舟。彼だって好きで遅刻しているわけじゃないし……」
「まあ、三人集まったところでろくな練習もできないしな」
幻舟がつぶやくと、しんみりとした空気が漂った。
三人が通う神奈川県立青雲高校は、バスケの名門として何度もインターハイに出場している。
ところが、部員の何人かが暴力事件を起こし、バスケ部は無期限の活動停止処分を受けた。
昨年、ようやく処分が解けたがほとんどの部員は退部し、残ったのはわずか三名。
幻舟たちは全中で日本一に輝き、当然のように高校ナンバーワンを目指すつもりだったが運命は残酷だった。
大杉幻舟。一八八センチ、八五キロ。屈強な体躯にスピードのあるドリブル、正確無比なパスを操る司令塔で、チームの大黒柱だ。
天野さつき。一九七センチ、八二キロ。その細身から想像もつかないアグレッシブなプレーでゴール下を支配する。一撃必殺のスカイフックはわかっていても止められない。
岩倉鬼神、一九二センチ、八四キロ。一〇〇メートルを一〇秒六、垂直跳びで一一五センチをマークする超人的な身体能力の持ち主。利き腕の左手で豪快なダンクシュートを決め、ミドルシュートの精度も高い。弱点はディフェンスで、攻撃的な性格が出てしまい、ボールでなく相手の腕を叩いてしまう癖がなおらない。
三人が途方に暮れた様子でたたずんでいると、一人のうら若い女性が優雅な足取りで少年たちに歩み寄ってきた。
「あらあら、若い男がそろって元気なさそうね」
「真琴さん……」
幻舟たちは異口同音に女性の名を呼んだ。
長谷川真琴は三人の幼馴染で、いわば姉のような存在だ。高校時代は日本屈指のガードとして大活躍したが、試合中のけがで引退し、現在は実家の八百屋を手伝っている。
「おはよう」
「お、おはようございます」
三人は背筋を伸ばした。真琴は春物の白いブラウスに青いジャケット、紺色のパンツをはいている。一六五センチと特に大柄ではないが、姿勢が良く、おのずと他人を圧倒する威厳があった。
つややかな黒い髪を長く伸ばし、中世ヨーロッパの貴族を思わせるような、有無を言わさぬ存在感があり、とても幻舟たちとは二つ違いの二十歳には見えない。洗練された美貌はモデルにしてもおかしくないほどだ。
「あの、どうして真琴さんがうちの学校に来ているんですか?」
ごく当然の疑問を口に出したのは鬼神だった。真琴は穏やかな微笑を浮かべた。
「今日付けで、あたしが男子バスケ部の顧問に就任したの。よろしくね」
真琴の発言に、三人は顔を見合わせた。
「ちょっと待ってください。僕らは三人しかいないんですよ。試合どころか、練習にもならない。どういうつもりです?」
幻舟がやんわりと抗議すると、真琴はこともなげに言い放った。
「それなら心配無用よ。新入部員が二人入ったからね。あと、練習試合も組んであるから。まあ、大船に乗ったつもりでいなさいよ。じゃあ、あたしは校長に話があるから」
言いたいだけ言うと、真琴は手を振って体育館を去って行った。
放課後、幻舟たち三人が体育館に集まると、真琴のほかに二人の少年と、一人の少女がいた。真新しいセーラー服を着た少女は幻舟の顔を見つけると、両目を輝かせた。
「幻ちゃん!」
「由奈ちゃん、どうして君がここに?」
喜多村由奈は幻舟の二年後輩で、いわば妹分だ。小学校を共に過ごしたが、由奈の父の転勤で離ればなれになっていた。
「お父さんが仕事で神奈川に戻ってきたの。また一緒だね。よろしく、先輩」
幻舟は唖然とした。十分に面影は残っているが、由奈はすっかり大人になった。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、肌の白さがまぶしい。
「いやー、青春だね。見せつけてくれちゃって」
「ほんと、僕らもあやかりたいものです」
鬼神とさつきがにやにやしている。
「ゴホン、そこの二人、オヤジ的発想は慎むように。それから、こちらの二人が例の新入部員よ。自己紹介してくれる?」
真琴に促されて、少なからず緊張しながら、小柄な少年がぎこちなくあいさつした。
「はじめまして。厚木南中学出身、岸川小太郎です。一六〇センチ、四九キロ。ポジションはシューティングガードです。よろしくお願いします」
続いて、大柄な坊主頭が太い声を出す。
「広島県立五日市中学出身、西園寺雅和です。一八八センチ、八〇キロ。パワーフォワードです。関東は初めてじゃけえ、右も左もわからんですが、よろしくお願いします」
「さてと、これで最低限の人数はそろったわね。目指すは全国制覇よ。覚悟はいい?」
「ぜ、全国……」
「制覇、ですか?」
真琴の不敵な笑みに、冷静な幻舟とさつきが目を丸くした。
「あら、自信がないの?あなたたち三人は中学で日本一に輝いているのよ」
「それはそうですが……」
鬼神もうろたえた。真琴の言うことは間違ってはいないが、控えもいない五人だけでいささか無茶な目標ではないか。一年生二人も言葉を失っている。
「じゃあ、これから一〇キロのロードワークよ。それが終わったらシュート練習と二対二。時間は限られているわ。準備ができたらすぐに出発するわよ」
真琴にはっぱをかけられる形で、五人は最低限のストレッチで体をほぐし、すぐにシューズをはきかえ、校門をくぐりぬけた。真琴が自転車に乗り、メガホンで大声を出す。
「さあ、声を出して!青雲ファイト!」
「ファイト!」
走り出すうちに、幻舟たち三人の腹から闘志がみなぎってきた。高校最後のチャンス。諦めかけていた夢が、よみがえろうとしている。ちらっと一年生二人を振り返ると、何とかついてきていた。まだ基礎体力ができていないだろうに、その形相は必至だ。幻舟の心に希望の灯がともった。
(ひょっとしたら……いけるかも……!)
走り込みが終わり、体育館に戻った。それぞれボールを手にし、感触を確かめながらシュートを放つ。センターのさつきはゴール付近から、鬼神はミドルレンジから、幻舟はドリブルで切り込んでレイアップを決めた。
小太郎は3Pラインから難なくシュートを決める。それもかなりのクイックモーションだ。幻舟たちが中学の頃は一学年下の北条亮一がその役割をこなしてくれた。もちろん、タイプが違うから比較はできないが、外から決められる存在は貴重だ。もう一人の一年生、雅和はゴール下付近で黙々とシュート練習をしている。見たところ、小太郎と対照的にパワープレーを得意とするようだ。
幻舟の頭の中で、およそのゲームプランが出来上がった。
まず、司令塔の幻舟がドリブル、パスで敵を攪乱する。ノーマークを作ると、さつき、鬼神のダブルエースが確実に点を稼ぐ。必然的に相手はゴール下を固めるだろう。そこを小太郎が外から射抜く。リバウンドは雅和、さつき、鬼神の三人で支配する。
実際にここまでうまくはいかないだろう。だが、大会まで時間はある。連携を深め、一年生二人が成長すればいけるのではないか。なにより、真琴の采配が気になった。幻舟の知る限り、根拠のない大口をたたく女性ではない。彼女が五人の能力を最大限に引き出せれば、あるいは……
「さて、今日はこの辺にしましょうか。由奈ちゃん、タオルを配ってあげて」
ジャージに着替えた由奈が五人にタオルを渡す。
「ありがとう、喜多村さん」
小太郎は生真面目に礼を言った。
「もう、同じ一年生じゃない。由奈と呼んで」
「じゃあ、僕のことも小太郎でいいよ」
「はあい」
仲睦まじく話す二人に、大男二人がいやらしい視線を向けた。
「いやー、お似合いの二人だね」
「幻舟、ぼやぼやしてると由奈ちゃんを小太郎君に取られちゃいますよ?」
「お前らなあ……」
二人がキャプテンをいじり倒すと、メガホンで真琴がさつきと鬼神の頭をたたいた。
「あなたたち、高校生らしくできないの?いたずらが過ぎるとお姉さんが鞭で殴るわよ?」
真琴の発言もジョークが混じっている。七人はどっと笑うと、そこに一体感が生まれた。
こうして、初日の練習が終わった。長い道のりだが、不思議と全員の心は軽い。一つの目標に向かうことが、疲れを感じさせなかった。
一週間が過ぎたころ、真琴から五人に発表があった。
「今日はマスコミの取材があるの。と言っても、簡単なものだから緊張しないで」
幻舟たち三人は中学時代に慣れっこだが、小太郎と雅和は身を固くしている。
ほどなくして、小太りの中年男と小柄な女性が体育館に表れた。
「なんだ、遠藤さんじゃないですか」
さつきが拍子抜けした声を出した。遠藤信司は月間バスケットボールダイジェストの編集委員で、幻舟たちは中学時代、何度も取材を受けている。相変わらず黒い帽子をかぶり、お腹まわりはたっぷり脂肪が付いていた。しかし、その見識、観察眼は定評があり、彼が目をつけた少年が大物になることも珍しくない。
「やあ、久し振りだね。君たちが再始動すると聞きつけて、すぐに東京から飛んできたよ。一年生も期待できると長谷川君からうかがっているし、よろしく頼む」
「よう、遠藤のおっさん。よくもこんな寒い時代にお互い生きてこられたもんだ。どっちが先にくたばるか、全財産かけてもいいぜ」
「……ははは、岩倉君、相変わらず冗談がきついな。まあ、お手柔らかに頼むよ」
「ところで、そちらの女性はどなたですか?」
さつきは遠藤の隣でもじもじしている少女が気になっているようだ。いまどき長い黒髪を三つ編みにして、着ている服も安物のセーター。およそファッショナブルとは言い難い。
「は、はじめまして。こ、この春から入社した永岡久美子です。よ、よろしくお願いします」
「永岡君、緊張しすぎだぞ。ああ、彼女は大学を卒業したばかりの新人なんだ。僕からもよろしくお願いするよ」
「え……」
「大学を卒業、ですか?」
さつきと幻舟は呆然とした。見たところ、久美子の容貌は十代の半ばといったところか。身長も一五〇センチそこそこで、とても大卒に見えない。なにより、大男に囲まれておびえている様子はまるで小動物のようだ。
「永岡君は少し対人恐怖症の気があるんだよ。それを克服するために、僕が強引に連れてきたわけさ。まあ、習うより慣れろだ。永岡君、どんどん自己主張していかないとこの世界では生き残れないぞ」
「は、はい」
本当に大丈夫か?幻舟たちは疑問の視線を投げかけている。
「とにかく、わたしたちは今のところ練習あるのみよ。幻舟、あなたがキャプテンなんだからもっとチームを引っ張って」
真琴に肩をたたかれて、幻舟は我に返った。取材があろうとなかろうと、目標は定まっている。躊躇している暇はない。幻舟は腹から響く声を出した。
「よし、今日は二対二を徹底的にやるぞ!俺が真琴さんと見ているから、さつきは小太郎と、鬼神は雅和と組んで、お互いの連携を深めろ!」
鬼神は後輩の肩を軽く叩いた。
「雅和、遠慮するなよ!」
「はい!」
一方のさつきは慎重に小太郎に声をかけた。
「小太郎君、君の持ち味は3Pだけじゃない。ドリブルで攪乱して、僕にジャストのタイミングでボールをください」
「了解です」
鬼神側のボールで二対二が始まった。ドリブルで鬼神がゴール下に切れ込むが、ぴったりとさつきがマークする。ちらっと雅和を見た。小太郎が離れている。鋭いパスを、鬼神は放った。
「よし、今だ、雅和!」
鬼神の掛け声で、雅和はゴール付近からシュートを放った。しかし、一瞬で鬼神から離れたさつきがあっさりブロックした。
「は、速い……」
久美子は唾を呑んだ。遠藤から事前に聞かされていたが、その長身から想像もできないさつきの素早い動きに、久美子は圧倒された。
今度はさつきと小太郎のオフェンスになる。小太郎がドリブルをしながらさつきへパスを出したいところだが、鬼神がパスコースを切る形でディフェンスをし、簡単にはいかない。
「小太郎君、さっき言ったようにドリブル!君にはたくさんの武器があるんだから、もっと自信を持って!」
さつきにはっぱをかけられて、小太郎はうなずいた。ドリブルでゴール下に切れ込むが、雅和が立ちふさがる。すると、小太郎は雅和の股間を抜くパスを出した。
「なに!」
雅和は完全に意表を突かれた。ワンバウンドしたボールがさつきにわたる。しかし、鬼神がぴたりとマークし、シュートまで持っていけない。
だが、小太郎は雅和から離れていた。さつきはためらいなく小太郎にボールを戻す。完全にノーマークになった小太郎は素早いモーションでミドルシュートを放った。ボールは放物線を描いてゴールに吸い込まれた。
「おーっ、見事だ」
幻舟が感嘆の声を出した。真琴が満足そうに笑う。
「ふふ、やってくれるじゃない。幻舟、あなたなら同じパス、出せる?」
「出来なくはないですが、あそこまで鮮やかにはいかないでしょうね。そして、すぐに雅和から離れてパスをもらい、シュートを決める。とても一年生とは思えない」
「そうね。でも、これで鬼神、雅和にエンジンがかかったかも」
真琴の言うとおり、二人の目つきが変わった。
「雅和、気にしなくていいぞ。小太郎がテクニックで決めたなら、俺たちはパワーでいく。いいな!」
「わかりました!」
鬼神はドリブルでゴール下に迫るが、さつきが長い両手をのばし、シュートを打つのは難しい。だが、鬼神はさつきとの勝負にこだわらず、雅和にパスを出した。
「打て!リバウンドは俺が取る!」
小太郎が雅和の前に立つが、これだけの身長差はうめられない。雅和はらくらくシュートをうつ。しかし、もともと雅和はゴールから離れた位置からシュートを打つのは得意ではない。ボールはリングにはじかれた。
だが、それが鬼神の狙いだった。事前にスクリーンアウトをかけ、さつきよりゴールに近い場所からダッシュすると左手でボールをつかんだ。
「もらった!」
叫びながら鬼神はワンハンドダンクを決める。
「あの鬼神が自分でシュートをうたずに雅和に任せた。雅和は中距離からのシュートは得意じゃない。ただ、いくら小太郎のスピード、テクニックが優れていても、あんな高いところからうたれたらブロックは不可能。派手さはないけど堅実なプレーね」
「ええ、雅和もせっかく鬼神がお膳立てしてくれて、外すわけにはいかない。気持ちで決めたゴールです」
久美子は口を開いて言葉を失っている。
「どうだね、永岡君?」
遠藤に聞かれても、しばらく気付かない。数秒たって、久美子は口をパクパクさせた。
「遠藤さんから話は伺っていましたが……」
「生で見ると迫力が違うだろう?」
「はい。これが高校生のレベル、ですか……」
「まあ、三年生三人は別格だよ。中学時代全国を制覇したメンバーだからね。むしろ、それについていける一年生に、僕は驚いているがね。たが、彼らの実力はこんなもんじゃない。三年生が本気モードになったら、僕でさえ何も言えないくらい、すごいプレーを見せてくれるよ」
遠藤はまだ茫然自失している久美子の背中をたたいた。
「さあ、これからだ。彼らにとっても、君にとっても、今日がスタートの日だよ。プロのジャーナリストとして、しっかりと目に焼き付けておくんだ。いいね?」
「は、はい」
その後もハードな練習が続いた。時には幻舟がメンバーに入り、さつきが真琴と並ぶ。何と言っても、今は二人の一年生の力を見極めることが最優先事項だ。一通りメニューをこなすと、五人を座らせ、真琴は腕組みしながら労をねぎらった。
「お疲れ様。今日の練習で大まかな特徴をつかめたわ」
真琴にすべてを見透かされているようで、幻舟たちは身を固くした。
「まずは幻舟。このチームを生かすも殺すも、あなたのゲームメイク次第よ。わかるわね?」
「はい」
「あなたは司令塔としてほぼすべての能力を兼ね備えているわ。弱点は一つだけ。味方が失敗すると、全責任を背負い込んでしまう。要するに、責任感が強すぎるということ」
指摘されて、幻舟はうつむいた。反論の余地がない。メンタルが弱いとは思わないが、ミスを引きずるようではキャプテン失格だ。
「続いてさつき。あなたのプレースタイルはきれいすぎるのよ。もっとファウルをもらったり、泥臭い仕事を心掛けなさい」
「わかりました」
「お次は鬼神。はっきり言って、ムラが大きいわね。好調時は誰もあなたを止められないけど、いったん調子を崩すとシュート精度が落ちる。ディフェンスも大雑把過ぎるわ。うちが全国を狙うには、あなたが守備で手を抜かないことが条件。いい?」
「了解です」
「さて、一年生二人だけど……」
小太郎と雅和は唾を呑んだ。これだけのプレーを見せた幻舟たちでさえ、手厳しいことを言われている。自分たちがどんなおしかりを受けるか、内心落ち着かない。
「小太郎。あなたのシュートセンスは天性のものね。ひじや手首が柔らかく、変な癖がない。だからあれだけ速いモーションで正確な3Pを決められると思うわ」
あれ、と小太郎は首をかしげた。ガツンとかまされるかと思いきや、真琴の口調は穏やかだ。
「ただ、残酷なようだけどその身長だけはわたしにはどうすることもできない。相手は確実にあなたとのミスマッチを狙ってくるでしょうから、ほかのメンバーを信頼して、隙あらばスティール。わかる?」
「は、はい」
「最後に雅和。小太郎とは逆で、あなたに器用なプレーは求めないわ。ひたすら走りまわって、リバウンドを確保する。無理に遠目からのシュートを狙わず、ゴール下の力強さ、期待してるわよ」
「わかりました」
「わたしからは以上よ。今日の練習はおしまい。ただ、この後のほうが大変かもね」
真琴の言葉に、待ってましたとばかりに遠藤がメモ帳を片手に幻舟たちに質問を浴びせかける。三年生三人はなれた態度で応じるが、小太郎と雅和は少なからず言葉に詰まった。
「ほら、永岡君。ぼやっとしていないで、君もどんどんわからないことは聞かないと。まだ素人なんだから」
「は、はい……」
遠藤に促されても、久美子はおろおろするばかりだ。なにしろ小太郎を除くメンバーの平均身長は一九〇センチを超える。もともと人見知りを治そうとこの仕事を選んだのだが、持って生まれた性格は簡単には変わらない。その心情を察して、さつきが微笑しながら久美子に歩み寄った。
「いかがですか、僕でよろしければインタビューに応じましょうか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「立ったままでは永岡さんがやりづらいでしょう。椅子に座りましょう」
さつきはパイプ椅子を二つ開いて、久美子にすすめた
「では、ご質問を遠慮なくどうぞ」
「じゃ、じゃあ始めに、天野さんはどういうきっかけでバスケを始めたんですか?」
かしこまった久美子の口調に、さつきは苦笑した。
「永岡さん、あなたのほうが年上なんだから、さんづけは無用ですよ。と言って、天野君とも言いにくいでしょうから、天野選手はいかがですか?」
「は、はい。ではあらためて。天野選手がバスケを始めたきっかけを教えてください」
「ええと、ご覧の通り、僕はやせているでしょう?小学校のころはもっとやせていたんです。で、中学に上がったら幻舟と鬼神に誘われてバスケ部に入ったんですよ。体力をつけなきゃだめだと言われて」
「ミニバスの経験は?」
「ないですね。幻舟と鬼神はすでに経験者で上手だったから、ついて行くのに大変でした。身長もあの二人より小さかったし」
「そうなんですか?どのくらいでした?」
「中学に入った時点で一六五センチくらいかな。二人は一七〇以上ありましたから、ポジションも最初はガードでしたね」
「それが今はこんなに大きくなって、背を伸ばす秘訣のようなものはあるんですか?」
「うーん、とにかくよく寝ていましたね。あと、小さいころは偏食がひどかったので、努力して好き嫌いをなくしました。そうしたら、ぐんぐん背が伸びて、高校入学のときには一九〇センチを超えていましたね」
「天野選手はダンクシュートがあまり好きでないと聞いています。理由を教えてもらえますか?」
「中学時代、ダンクを決めた後に着地に失敗して足を怪我したんです。幸い軽いものだったんですが、もともと派手好きじゃないのと、これ以上怪我したらチームに迷惑がかかると思ってそれ以来、ダンクはほとんどしてませんね」
久美子は熱心にメモを取りながらさつきの話を聞いている。その様子を見ながら、遠藤は頬を緩ませた。
(永岡君、頑張れよ。誰だって最初は素人なんだ。失敗を恐れずに挑戦すれば、結果は付いてくるんだよ)
こうして約三〇分のインタビューが終わった。
「お疲れのところをありがとう。永岡君、いい刺激になっただろう」
「はい、天野選手が優しく応対してくれたおかげで聞きたいことは全部確認できました。本当にありがとうございます」
「まあ、俺たちが全国制覇したらたっぷり御馳走してもらうから、覚悟しておくんだね。さつきと小太郎はともかく、ほかのメンツは相当食い意地が張っているからな」
鬼神がジョークをかますと、幻舟は苦笑した。
七人が校門まで二人を見送ると、とっぷり日が暮れている。
「一日が早いね、幻ちゃん」
「ああ、それだけ充実している証拠だよ。地区予選まであと少しだ。よろしく頼むよ、マネージャーさん」
「うん」
幻舟に抱きつきたい衝動をこらえながら、由奈は星空を仰ぎ見た。黒い空の中で瞬いている星たちが、そっと二人を見守ってくれているように、由奈は感じていた。
いつもの練習が終わると、真琴は五人を座らせ、いつになく緊迫した口調で言った。
「幻舟、覚えている?わたしが監督に就任するとき、練習試合を組んだこと」
「はい、それが何か?」
「今週の日曜日、わたしたちの初試合がおこなわれるの」
真琴の表情には戦場に赴く兵士のような決意があふれていた。五人は唾を呑む。
「相手はどこですか?」
さつきの質問に、一呼吸置いてから真琴は答えた。
「静岡県立葵高校」
五人はしばし、言葉を失った。たがいに顔を見合わせる。冷静沈着な幻舟が真琴に問いただした。
「どうしてもっと早く言ってくれなかったんです?」
「幻舟の言うとおりですよ。葵と言ったら確か昨年全国ベスト8の強豪……」
幻舟は真琴に疑いの目を向け、さつきは露骨に指揮官をなじった。
「ごめんなさい。あなたたちのやる気に水を差したくなかったの。信用していなかったわけじゃないわ。勘弁して」
真琴が頭を下げると、珍しく鬼神が擁護した。
「まあ、いいじゃないか。幻舟とさつきの気持ちもわかるが、真琴さんは俺たちに勝算ありとみて葵を選んだんだろう。そうですよね?」
「ありがとう。正直、再始動したてのわたしたちと練習試合を組んでくれる学校は多くないわ。県内の有力校に当たったけど、どれもお断り。幸い、葵の監督、宇田川さんはわたしの高校時代の恩師、三船監督の友人なの」
「なら、腹をくくるしかないな。みんな、真琴さんに恥をかかせないためにも気合入れていけよ」
「言われなくても」
幻舟の言葉に、ほかの四人の表情は早くも戦闘モードだ。
「良かったですね、みんな、なんだかんだ言って、真琴さんを頼りにしているんですよ」
「ありがとう、由奈ちゃん」
コートに散らばってボールを追いかける五人を、真琴と由奈は見守っていた。




