01-211 もう早く帰ろう
ベアトリクスは無事。
そうとなれば、こんなところに長居は無用。
バッグからフック付きロープを取り出すと、塔の外壁にフックを掛けて具合をろくに確認もせずに降下を始めた。
ものの数秒でアカリは地面に降り立つ。解除したフックが落ちてくるのをキャッチしてロープを綺麗に巻き取るまでの動きは間違いなく訓練されたものだ。
「アカリ君はいったい何者なの?」
「僕らは圧倒的に人員が不足していたからね。いろいろ仕込まれたよ。機動部隊の連中なら、ロープ無しで降りてくるよ」
一般的な技能ではないが、ロープありなら同期はみんなできるからねと、自慢なのか謙遜なのか分からない答えが返ってきた。
「ともかく、ベアトリクスさんが無事で良かった」
「ええ、ごめんなさい、先に塔を降りちゃって」
「いや、あんなところを探す羽目にならなくて良かった。ありがたい状況把握だよ。」
一応探す気ではあったのだ。遺跡を破壊してまで探そうとは思わなかっただけで。
「それじゃ、帰ろうか」
「……そうね」
「あれ?意外ですね。この塔の謎を調べたがると思ってました」
中途半端に終わったが、探検が楽しかったとか、謎が解明できず悔しかったとか、そういう感情がベアトリクスの表情からは見て取れない。タスクが一つ終わった、ただそれだけ。
理由を促すように、アカリが見つめ続けるとベアトリクスは正直に話し出した。
「冒険とか探検とか海賊狩りとかは大好きだけど、面倒事は嫌いなの!」
「面倒にした張本人がよく言えますね」
「仕方ないじゃない、遺跡が実はこんなに動き出すなんて思わないわよ。自慢じゃないけど、何処をどうやったかなんて憶えていないわ」
アカリから自分の荷物を受け取って、ベアトリクスバギーへ向かう。自分も似たような状況なのでアカリは黙って付いて行くことにした。神具が出現した条件?そのとき何をした?分かるわけがない。
しかしアカリには確認しておかなければならないことがある。
「ベアトリクスさん一つ言わせてほしい。僕に色々トラブルがついて回るとか言ってましたけど、今回に限っては全部ベアトリクスさんのせいだよね!」
「違うわ、アカリ隊長。この冒険は君がリーダーなんだよ。だから起きたことは全部君の手柄なの」
前を歩くベアトリクスは振り向くと優しい顔でアカリに教えるように言ってくる。
「って言って回るんですね」
「それも違うわ。私は真実しか話さない……ホントよ?ただ皆がどう取るか」
ベアトリクスはバギーの荷台にバッグを置き、乱れた髪を右手でかき上げて、不敵に微笑む。
「まあいいわ、今回ばかりは私にも少し原因があるかもしれない。だからあまり話を盛るのはやめておいてあげる」
「もうベアトリクスさんとは仕事しないよ」
「ウソ、ごめん!今のは調子に乗った!盛らずに正確に、聞かれたときだけ、私のやらかしをアカリ君がフォローしてくれたって、言います!」
ベアトリクスを軽くいじめてアカリは溜飲を下げた。
「それでも皆がどう取るか、は分からないか」
「うん、そればっかりはどうしようもない……」
「仕方ないね、別にどうしても隠したいとかじゃないし。変に目立ちたくないだけだから」
「それ、今更よ?」
「忘れ物はないね」
「遺伝子汚染を調べない限り、私たちがいた痕跡はないわ」
そこまで巻き込まれたくないのか。
アカリはバギーに接続キーを差し込む。盗まれることのない場所で使用することが前提の宇宙バギーだが、アカリはそれを街乗り可能に改造していた。
「いや、政府に届け出だしたし」
「どうして!?」
「え?当たり前でしょ?会社の仕事だし。盗掘ってわけにはいかないよ。動くよ」
昨日通った道ではあったが、遺跡の変化がどう影響しているか分からない。慎重に対応していくため来たときよりもスムーズに進むということはなかった。
一番困ったのは、クルーザーが着陸していた中庭が池になってしまっていたことだ。
「ハイペリオンが撮った写真を見たときからこうなっているんじゃないかとは思ってたけど」
「一晩でこんなに水が溜まるなんて、そんな水の音なんて聞こえなかったわ。それに水源は何処にあったのかしら」
気にはなるが、アカリ達は調査隊ではない。どうしても調べたいのなら、今後結成されるであろう遺跡調査隊に志願していれてもらえばいい。
「池が浅くて、綺麗な水で良かった。このままバギーで行っても荷物は濡れないと思うけど、どうします」
「私のは別に濡れてもかまわないわ。防水だし」
クルーザーまでバギーで近付き、ひとまず荷物は船内に入れた。水面がハッチギリギリの高さだったのは運が良かった。バギーは分解して収納したいところだったが、そのためには水に潜らなければならなかったので諦めて船倉に無理矢理詰め込んだ。一人乗りのシャトルで来なくて良かったと思ったが、そもそもアカリ一人なら無闇にトラップを発動させることもなかっただろう。
操縦室に戻ったら、ベアトリクスが何故かこのタイミングで着替えていて、まあ色々見えてしまったのだが。
「僕の起こすトラブルは、やっぱりこの程度だよね」
大層な眼福ではあったが、さっきまでの異常事態との落差もあり、達観したような感想を漏らしてしまったので、ベアトリクスにはひどく怒られてしまった。
「ハイペリオン、こちらクルーザーのアカリだ」
船を待機モードから復帰させ、はるか上空の母船と連絡を取る。
『こちらハイペリオン号だ。お帰りアカリ、ベアトリクス』
「ただいま、ハイペリオン。早速だけどそっちに戻る」
『わかった。管制への届けはこちらでしておこう』
「頼む。ベアトリクスさん、垂直で出るよ」
自動で宇宙船を起動させつつ、アカリも次々に項目をクリアしていく。
「えらく急ぐのね」
「余韻に浸る、事もないでしょ」
「そうだけど」
ともすればここから逃げ出したい自分より焦っているのでは?とベアトリクスは急ぐアカリをみて思った。
「ベアトリクスさんを宇宙港で降ろしたら、僕は依頼者のところに行ってくる」
「ああ、未達の報告ね。なんか、ゴメン」
目的のものは元からなかったのだし、探査の日数を設定したのもアカリだ。なんかグズグズになってしまったのも、ベアトリクスのせいというわけでもない。だから謝る必要はないのだが。
「おっと、言い忘れてたな」
アカリはタッチパネルを突つく手は止めず、実に軽くベアトリクスに告げた。
「神具は見つかったよ」
「え?いつ?」
「ベアトリクスさんが、助けてっていってた時」
「どうやって」
「わかんない」
『離脱許可がでたぞ』
ハイペリオンから通信が入る。
「了解。ベアトリクスさん、出ますよ」
「わかんないか~」
わかんないだらけで、先生は納得するのだろうか。怒りはしないが、ちょっとしつこい人だし。アカリはため息をついた。
後は特筆すべき事はない。
ベアトリクスを宇宙港へ送り届け、アカリとハイペリオン号は太陽の向こう側のいつもの場所へ向かう。




