プロローグ
2015年、夏。
スマホの明かりが薄暗い部屋の中で青白く揺れている。
高校二年生の川原裕誠は、布団の上で親指を忙しなく動かしていた。
「うわー、すげえ叩かれてるじゃん」
画面に映るのは、政治家の発言が一部だけ切り抜かれて拡散されている動画だった。
コメント欄には当の政治家に対し「日本のことを分かっていない」「国の恥」などと批判する文面が並び、さらにその政治家の支持者までもが「非国民」と揶揄されていた。
裕誠は笑いながらその動画投稿にある拡散マークをタップすると、そのまま手慣れた様子で「叩かれて当然」とコメントを残した。
炎上した動画はそれだけにとどまらず、画面をスクロールするたびに似たような投稿がいくつも溢れ返っている。
「自業自得だよ。もっと晒されればいいんだよ」
独り言のように呟き、裕誠は次々と流れてくる"正義の言葉"を眺めながら親指を滑らせ続けた。
誰かが失言した投稿。
誰かが声を荒げている切り抜き動画。
誰かが誰かを批判する文章。
怒りと皮肉と罵倒が画面いっぱいに流れ込んでくる。
裕誠にとっては暇つぶしの感覚で、特別なこととは到底思わなかった。
拡散されていく勢いに合わせるように、自分の中に少しだけ自分が罰を下せた"正義感"と多数派の側に立てた"安心感"が浮かぶ。
だが——。
ほんの一瞬だけ、自分が分からなくなるような感覚が
夏夜の暗がりに微かに残った。
理由はまだ分からない。
それが何なのか深く考える必要も感じない。
裕誠がその感覚を振り払うように再び親指を滑らせ、
スマホの画面に縋った時だった。
「——それは、人間を攻撃する道具ですか?」
「えっ!?誰!?」
ぞくり、と裕誠の背筋が震えた。
振り返るとそこには、どこかで見たことのあるような
青年の面影を残した男が立っていた。
「失礼。私は川原清一と申します」
裕誠は息を呑んだ。
その名前は、戦争で亡くなったと聞かされていた曽祖父と同じであった。
そして、祖父母の家の仏壇に置かれている遺影と同じ顔をしていた。
「……俺、どこにいる?死んだの?」
状況が読み込めず、裕誠は自分を落ち着かせるように
そう呟いた。
夢だと決めつけるには、目の前の男はあまりにはっきりし過ぎている。
かといって現実だと認めるには頭が追いつかない。
エアコンと時計の秒針の音が不協和音のように重なり、
思考をかき乱す。
「死んではいませんよ。ちゃんと生きています。
ただ——今あなたが何処にいるのかは、私にも分かりませんね」
八月の夏休み。
お盆シーズンで裕誠は北陸にある祖父母の住む家に
帰省していた。
「どこって、今俺はじいちゃんばあちゃんの家にいるじゃないですか」
"何処にいるのか分からない"
その時の裕誠は、ただ単に場所の問題としか捉えられなかった。




