主人公「僕に力をくれ!」 特級怪異「勿論だ!」(前編)
読者の皆さま、こんにちは! 作者の中田旬太です!
全三話構成の短編を書きましたので、よろしければどうぞ!
「よっと!」
集合団地の歩道で、学ランを着た男子高校生が並木から飛び降りる。その手にはふわふわと空に漂う風船の紐が握られていた。
高校生は着地すると、その風船を小さな女の子へと手渡した。
「はい、どうぞ。もう手放しちゃダメだよ」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
「ありがとうございます」
「いえいえ。大したことは」
屈託のない明るい笑顔を浮かべる女の子と礼儀正しく頭を下げるお母さん。頭を下げられたことに高校生は戸惑いつつも、どこか嬉しそうに頬を綻ばせる。
そして、その場を去っていく親子の背を穏やかな笑顔を見送っていた。
「さてと、今日はバイトも無いしどうしようかな………」
彼の名は狛上夏希。人助けが生きがいの高校一年生。
ぼさぼさとした黒髪に穏やかな顔つき。体の線が細いことからもおとなしそうに見えるも、無骨な手や長袖から垣間見える筋肉のついた腕は活発さを感じさせる。穏やかな笑顔を常に浮かべていることからも、人当たりが好さそうな印象を受ける見た目をしていた。
そんな彼は今日という日をどうしようかと頭を悩ませる。そんな中、夏希に背後から声を掛ける存在が居た。
「少しいいですか?」
「はい? 何ですか」
背後から聞こえて来た女子の声に夏希は後ろへと振り返る。最初は笑顔を保っていたものの、女子の姿を視界に入れるとその表情は僅かな驚きへと変わる。
「……………」
「………? どうかしましたか?」
固まってしまった夏希に女子は僅かに首を傾げる。
身に纏うセラー服の上からも分かる程の豊かな胸をしているにも関わらず、体の線は全体的に細い。無表情なせいかやや目つきが鋭いものの、整った顔立ちと相まってその鋭ささえ美しさへと変えてしまう。肩まで伸びた水色の髪も癖が無く、微かに吹いた風によって綺麗に靡いた。
間違いなく美少女。見る人皆がそう答える容姿。その容姿に夏希も思わず感心し、見惚れてしまっていた。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すみません、あまりにも美少女らしい美少女で見惚れちゃいました」
あはは、と夏希は気まずそうに乾いた笑い声を上げながら頭を掻く。女子はそんな夏希の言葉に無表情ながらも小さく目を見開いていた。
「………変わってるって、よく言われませんか?」
「………はい。よく言われます」
初対面の人にさえ言われるとは、と夏希は肩をガックリと落として落ち込む。女子も夏希の人柄に内心戸惑いつつも、受け答えしてくれたことで本題に移った。
「この辺りで廃れた神社はありませんか? 私そこに用があって………」
「じんじゃ………ジンジャ。………ぅん? 神社!!?」
「っ!?」
最初は肩を落としたまま、うわ言のように神社という言葉を繰り返す夏希。だったが、ようやく思考がまともになったのか、勢いよく顔を上げると神社という単語を大声で口にする。女子は夏希の声にびっくりしたのか、肩をビクッと浮き上がらせる。
まともに戻った夏希はというと、焦った様子で女子に顔を近づけた。
「駄目だよあんな所!」
「………どうしてですか?」
「どうしてって、それは………」
そこまで言うと先程の勢いは何処へやら、夏希は肩を落として目を伏せてしまう。その姿を女子は何も言わずしばらく見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「まあいいです。その反応だけで十分ですから」
「っ! 悪いけど、場所は言わないよ。ううん、言えない………!」
「大丈夫です。ただ、本当にあるか確認が取りたかっただけですので」
「………っ!」
女子はスマホを見せつけるように顔の傍でひらひらと左右に手首を小さく振る。それが、場所を言わなくても大丈夫な理由を告げていた。
夏希の表情により強い焦りが浮かび上がる。しかし、女子は夏希の表情を気に留めることはなく、礼儀正しく頭を下げて御礼を述べた。
「それでは、教えてくれてありがとうございます」
「………っ!」
ありがとう、その言葉が夏希の胸に深く突き刺さる。
危ない場所を教えたようなものなのに、『ありがとう』とは何とも後味が悪い。気が付けば、背を向けて去ろうとする彼女の右腕を慌てて掴んでいた。
「待って!!」
「っ!?」
女子も腕を掴まれるとは思っていなかったのか、慌てて顔を後ろへと向ける。その視界に映るのは必死の形相を浮かべる夏希の姿だった。
「あそこはヤバいんだ! あの神社には何かがある! 絶対に手を出しちゃいけない何かが!」
「………………ほう」
「めちゃくちゃなこと言ってるのは分かってる! 信じてもらえないかもしれないけど! それでも―――」
「いいえ。信じます」
「………へ?」
必死の形相から一転し、夏希は僅かに口を開いた状態で固まってしまう。説得を試みていたものの、信じてもらえるとは正直思っていなかった。気持ち悪いと拒絶され、一蹴されるとばかり考えていた。
その予想外の返答のせいで女子の腕を掴んでいた力が緩み、するりと簡単に腕を抜かれてしまった。
「あっ………」
しまったと思い、夏希の口から僅かに声が漏れる。しかし、女子は逃げ出そうとするどころか、真っ直ぐに夏希のことを見ていた。
「アナタは優しいのですね。さっき出会ったばかりの私を本気で助けようと思って止めてくれている。その優しさと直感は、ぜひ大事にしてください」
「………………」
先程までの無表情とは違い、優しく微笑む女子の姿と言葉に再び唖然としてしまう。目の前で優しく微笑む彼女に見惚れ、その姿を脳裏に焼き付けていた。
そうやって夏希が固まっていると、女子は夏希の首筋に右手を添える。突然のことに夏希は照れるよりも先に驚いた。
「え? いきなりなにを………」
「でも、これは私がやりたいことですので」
「………? それってどういう………っ」
突如として、頭が重くなったように体がふらつく。そして、立て続けに血の気が引いていくように視界が霞み始めていた。
「これ………は………」
めまいと頭痛に頭を押さえ、なんとか立っていようと何度もふらつく方向に足を持って行く。しかし、めまいと頭痛は収まることは無い。次第に立っていることさえ困難になり、前のめりに倒れ始めた。
「っ………。―――」
「ごめんなさい」
地面へと倒れそうになる夏希を女子は受け止める。そして、申し訳なさそうな謝罪を彼女の胸の中で聞いた夏希は眠るように意識を失った。
※
建物は崩れ、燃え盛る炎と噴き上がる黒煙が周囲を包む。
空気が汚れているのは勿論、熱も持っているせいで呼吸するだけで喉と肺が痛い。頭からも血を流し、全身が痛むせいでまともに動くことすらできない。視界がぼやけ、意識も朦朧とする中、女性のか細い声が炎の音を押し退けて耳に届いた。
『良かった。生きてる………』
そう言って、優しく微笑む水色の長い髪をした女性。全身から血を流し、腹部に関して出血が止まっていないのかポタポタと血が滴っている。倒れている自分よりも明らかに重傷で、今にも死でしまいそうなほど。それなのに、目の前の女性は心から嬉しそうに笑っている。
『せめて、この子だけでも………!』
視界が完全に暗転し、意識を失う中で聞こえてきたのは女性の切実な声。それが意識を失う前に最後に聞いた人の声だった。
※
「………っ!」
夏希は夢から覚めると慌てるように体を起こす。辛いことを思い出したからか、額に汗が滲んでいる。そして、状況を確認にしようと周囲を見回した。
「ここは………公園?」
自身が寝ていたのは公園のベンチであり、周囲の建物は先程までの集合団地のものであった。しかし、日が落ちかけているためオレンジ色に染まりつつある空のせいで景観はかなり変わっていた。
夏希はなぜ自分が寝ていたのかを疑問に思うがすぐに記憶を辿り、気を失ったことを思い出す。そして、気絶する前に何をしていたのかを。
「そうだ! あの人!」
廃れた神社に向かおうとする水色の髪の女子を思い出す。夏希は急いでベンチから立ち上がると空を見上げた。
「もう日が沈みかけてる………! くっ!」
夏希は枕代わりとして頭に敷かれていた自身の鞄を肩に掛けると、脇目も振らずに全速力で駆け出す。住宅街を抜け、近くの山に向かってひたすらに走った。
呼吸は荒く、トップスピードで走り続けているせいで何度か足がもつれそうになる。それでも速度を落とすことなく、必死に走り続けていた。
(あの階段だ!)
走る中で、山の神社へと続く階段を眼前に捉える。石段は所々が欠け、周りの木々は成長し過ぎたせいで枝や葉がかなり邪魔になっていた。
夏希はその石段の前で止まろうと両足に力を込め、急ブレーキをかける。ザザーッと大きな音を立てながらスニーカーでコンクリートの地面を滑る。そして、減速したタイミングで石段を駆け上がろうとするが、目の前の異様な光景に思わず足を止めた。
「な、なんだコレ………!」
以前から、この先にある神社からは行けば死んでしまうと感じるほどの凶悪な気配は感じていた。今はその気配がより凶悪になっており、恐怖に体が僅かに震えてしまう。
更に、以前は見えなかった黒い邪気のようなものが、石段の向こうから溢れ出ているのが見える。この先の神社で何かが起こっていると察するには十分過ぎる変化だった。
「ヤバすぎる………! 早く行かな―――」
石段に一歩、右脚を踏み出す。かつてない圧力が夏希に襲い掛かり、黒い邪気が体を撫でる。全身の毛が逆立つのを感じ、冷や汗が噴き出した。
「―――ッ」
体が硬直し、震えがより激しくなる。吐息すら喉の震えから小刻みに声が漏れ出した。そして、死を悟った本能がこの先に進もうとする夏希の心を恐怖でへし折った。
「―――ッ!!! ――――――ッ!!!!!!」
進もうとする。体が僅かにだが前へと揺れる。しかし、脚は一歩も前へと進もうとはしなかった。
あまりの悔しさに噛み締めた奥歯がギリッ、と不快な音を鳴らす。そのとき、夏希の脳裏を二人の人物が過った。
『良かった。生きてる………』
『その優しさと直感は、ぜひ大事にしてください』
自身が死にそうになりながらも、嬉しそうに笑いかけてくれた人。自分のことを気味悪がるどころか、肯定してくれた人。
その二人の優しい顔と声が、夏希の思考を真っ白に染め上げた。
「―――っあああああああ゛あ゛あ゛!!!」
まるで隙を突くように咆哮を上げ、自身を奮い立たせる。そして、そのまま勢いを利用して一気に石段を駆け上がっていく。
その目には迷いが無く、続く石段の先を真っ直ぐに見つめていた。
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