魅了されていた……だと?【side:フェミニスト聖騎士】《3分恋#8》
「やぁ、ディアナ! キミの闇色に染まった髪は今日も美しいね」
ギルドの掃除婦サキュバスたちに声をかけるのは、ただの演出だった。
なのに――。
「……聖騎士様。もう掲示板はチェックしたの?」
ディアナだけは、いつも塩対応。
サキュバスは食事の特性上、男性には愛想が良いものと思っていた。
俺なんかが目に入らないほど、良いパートナーがいるのか――?
いや、俺には関係ない。
ただ、このキャラを保つために声をかけるべき対象のひとり――そう思っていた、ある日。
「ケイドさん、今夜ひま?」
息が止まりかけた。
サキュバスたちから何度も誘いを受けたことはあるが、まさか、あのディアナが――。
「キミのためなら、S級会合なんて抜け出すよ!」
断るつもりだった。でも、これを逃せば二度と踏み込めない気がして――口が勝手に喋っていた。
彼女のスキル【魅了】でおかしくなっている時に、彼女へ触れるのは嫌だ。
事前に「魅了耐性の護符」を、状態異常解除持ちの聖女に作ってもらうことにした。
「よし、これで万全だ」
その夜、さっそく彼女の部屋へ向かった。
「ケイドさん、こっち見て」
間近に迫る金色の瞳から、つい視線を逸らした。
赤くきらめく粉が、彼女の口内から放たれる――たぶん魅了。でも。
「あれ……」
「今、何かしたかい?」
揺れる瞳を見ていると、思わず口角が上がる。
「もしかして、俺に魅了かけようとした?」
笑ったまま問うと、彼女は白状した。
魅了をかけようとしたのは、「食事のため」ではなく、興味本位。
女好きの聖騎士様に魅了をかけたらどうなるのか――そう呟き、視線を逸らした。
「でも、どうして効かなかったの……? 女性に興味があれば、だいたい効くんだけど」
「ああ、それは」
この「キャラ」は作り物。
女除けになるし、国のお偉い方に憎まれないためには、どこか抜けているところを演出しなければ――護符のことは黙って、代わりにそうこぼすと。ため息が返ってきた。
「どうして私の誘いに乗ったの?」
自分でも、正直分からなかった。
ただ、彼女だけは俺に冷たくて。いつもギルド内を、黙々と掃除していた。
誠実な仕事ぶり――目で追っていたことは確かだ。
「それに。サキュバスは、『特別な食事』が必要なんだろう?」
ディアナが俺を誘うなんて、よほど困っていると思った――それは本当だ。
「は……」
見開いた瞳には、暗い色が差していた。
胸の芯が、冷えていく。
「ケイドさん……やっぱり悪い男」
「えっ、なんでだい!?」
とっさに戯けたのに。
体の芯が、パキッと折れた気がした。
なんで俺はガッカリしてるんだ――?
しかも。
たとえ嫌われていようと、これで彼女と繋がりができた――なんてことを思い、口角が上がる。
「……バイバイ。ごめんなさいね」
見送りの彼女の肩へ伸ばした手を、そっと握りしめた。
「いつ魅了されたんだろうな……」
彼女に背を向けたあと。
どこにも行けないため息が、真夜中の空気に溶けていった。