第9話 初配信、開始!!
来る『希望イデア初配信』当日。
「リュート、そっちはどう?」
「ああ。こっちは万全だぜ、兄弟」
現在時刻は配信開始の30分前。
僕の家にある撮影スタジオでは僕とリュートで機材の最終チェックに追われていた。もちろん空那もすでに学校のジャージの上からモーションキャプチャのセンサーを装着し終えていて、撮影スペースで待機してもらっている。
「ねえムカイ。やっぱり私も何か手伝ったほうがいい?」
「ううん、空那はそのままスペースで立ってて。それと、センサー類は大丈夫? 言っておくけど、配信は一時間ほどの予定だ。その間よっぽどのことがない限りは画面の中にいてもらうことになるけど、その……」
「大丈夫! おトイレもさっき行ってるよ!」
……恥ずかしげもなく言うなぁ。
幼馴染ゆえの答えだろう、バッチリとピースして返してくる空那。僕が返事に困っていると、空那は不意に視線を画面確認用のディスプレイへと向けた。
「……自己紹介の動画を撮った時もそうだったけどさ、背景が変わるだけでかなり印象も違って見えるね。まるであっちにも別の世界があるみたい」
イデアのイメージモチーフである「夢と希望の一番星」を元にデザインした、彼女専用のステージ。満天の星空をイメージした煌びやかな舞台の中央にイデアが立ち、周囲の星々を明るく照らすような笑顔を浮かべている。
「視聴者からも別世界に見えるかどうかは、空那にかかってるけどね」
「えぇ~、ここにきてプレッシャーかけちゃう?」
「かけてるんじゃなくて、託してるのさ」
配信ソフトのチェックから視線を上げて、僕は空那を見る。
「空那。ひとたび配信が始まれば、キミはイデアに成ってステージに立ち続けなくちゃいけない。僕たちもインカム越しに指示は出せても、表立ったフォローはできなくなる」
「……責任重大、だね」
ごくりと生唾を呑む空那に僕は頷いた。
厳しい言い方になるけど、それは紛れもない事実だ。
これから空想の舞台に立つのはあくまでイデアに成った空那だけ。僕やリュートはただの裏方でしかなく、あのステージで輝くことこそがイデアの役目である。
だからこそ、僕にできることは『イデアを託す』ことだけ。
「お願いだ、空那。僕のイデアを、どうか」
「皆に見せつけてくれ、でしょ?」
僕のセリフを遮ったのは、気丈な空那の言葉。
しかし、それを告げる声は震えていた。
緊張しているのだろう。無理もない。いくら自己紹介動画の撮影ではすごい演技をしていても今の空那はすでに役者の道を諦めた身だ。そこから離れてどれくらいになるかは分からないけど、決して短くはないはずだ。
……今にも不安が喉元から飛び出してきそうって顔してるし。
「大丈夫だよ、ムカイ。ムカイのイデアはすごい」
だから、と空那は言葉を一度切って深呼吸をする。
決心を固めるかのような仕草だった。
それから、僕が見て分かるほど表側に出てきていた不安を呑み下すように力強い言葉で、空那は笑顔で告げた。
「私のこと、ちゃんと見ててね?」
「うん、もちろん」
空那が「大丈夫」だと言うのだ。
だったら、僕が選ぶのは空那を信じて託すだけである。
「オメーら。そろそろだぜ」
「はぁ~い」
「分かった」
話の区切りがつくのを待っていたリュートの一声で僕らは各々の作業へと戻った。
機材の最終チェックを終えて僕は配信ソフトを操作する。
配信予告の画面から用意していた待機画面へと変更。配信開始時刻ジャスト。舞台の幕が下りたような画面が映し出され、続々と視聴者たち――同接数が増えていく。
……2000人にいかないくらい。思ったよりは多いかな。
個人勢の初配信にしてみれば十分に多い数字だろう。自己紹介動画だけでこれだけの人が集まってくれるのなら、今後の展望にも希望が持てると言うものだ。
指示出し用のインカムを装着し、僕は空那に声をかける。
「準備はいい、空那?」
「――――うん。いつでも」
短く息を吸ってから応える空那。
それに合わせて、リュートが慣れた動作でカウントを始めた。
3、2、1――配信開始。
舞台の幕が上がるようにして画面が切り替わった。
待機画面から、イデアの立つステージの映像へ。真っ暗闇の画面に満天の星々が灯るかのように、ステージの中央に立つ彼女の姿を映し出した。
その姿はさながら闇夜の空に昇り、希望で地上を照らし出す一番星が如く。
無数のカメラを通して視聴者たちの前に現れたイデアはゆっくりと瞼を開け、悠然とした仕草で一礼。息を吸ってから第一声を――
『みなしゃっ……』
噛んだ。
「噛んだ」「噛んだな」「かみました」「唐突なドジっ子アピール」「俺じゃなけりゃ見逃しちゃってたね」「かわいい」「キライじゃないわ!」
途端にコメントの流れが勢いを増す。
僕は思わずひっくり返りそうになるがここは我慢だ。
まだ配信は始まったばかり、空那も緊張しているはずだ。
インカム越しに「続けて」と告げると、空那は気を取り直すようにして再び告げた。
『……皆さん、はじめまして』
今度は何とか言えた。
ホッとする僕をよそに、イデアが言葉を続ける。
『すでに自己紹介動画をご覧になってくださっているとは思いますが、改めて。私の名前は希望イデア。夢と希望で皆さんを明るく照らすため、願いのカケラが集まって生まれました! ……自分で言うのもなんですがちょっと恥ずかしいですね。ともかく、精一杯頑張っていきますので、ぇ~その、ふつつか者ですがよろしくお願いします!』
「草」「婚約じゃん」「俺、新人Vドルと婚約するんだ」「お前じゃねぇ座ってろ」
『え? あっ、そそういうつもりじゃなくてですね――』
少し取り乱しながらも、空那はイデアとして配信を進めていく。
……まずまずの滑り出し、といったところかな。
最初の挨拶を噛んだのを除けば、目立った滞りはない。話のペースの順調だし、話の転がし方も上手い。コメントも丁寧に拾ってやり取りにしている。
けど――
「……なあ兄弟。気付いてるか?」
「うん」
隣でスマホから配信を確認しているリュートに、僕は重々しく頷く。
「……同接数が、減ってる」