第8話 デビュー前に身バレはマズい
学校の授業に遅れないくらいには勉強はしているし、学費についても……貯金はイデアの作成でもろもろ吹っ飛んではいるけど、それは挽回できる範囲だ。
僕は、やりたいことも、それに向けてやるべきことも決めている。
僕の野望を叶えるために、できることは全てやるつもりだ。
……そうだ、進路といえば。
空那は、進路のこと何か考えてたりするのかな?
彼女の夢、役者の道は諦めたと言っていたけど、その後はどうするのだろうか。
学校は学科を変えてそのまま通っているらしいし、大学進学?
あるいは、もう何か別の目標を見つけたりしているのかな?
空那と再会してからまだ数日。気心の知れた仲だった昔ならともかく、やはりこの1年ちょっとのブランクは僕らの間に距離を作っていて話題に挙げられていないのが現状だ。
……下手に怒らせて、今回の話が破断になるなんてことにはできないし。
僕にとっての優先事項はあくまでイデアである。
その成功のためにも下手なことを訊いて空那を怒らせてしまうわけにはいかない。……自分でも後回しにしている自覚はあるけど、今度長期的なスケジュールを組む時にでもそれとなく訊いてみようかな。
「どうかしたの、達間?」
「ううん何でも。それじゃあソレは委員長に任せるよ」
「だから委員長じゃなくて――もういいわ。次はちゃんと早く出しなさいよね」
じゃあ他の人の分もあるから、と告げて咲夏は僕の席から離れて行った。
「ほらそこ! 逃げる前にちゃんと出しなさい!」
そそくさと逃げ出そうとしていた別のクラスメイトの元へ向かう咲夏。
僕はそんな彼女を見送りながら紙パックのジュースを飲もうとして、
『皆さん、はじめまして』
「ブフォォッッ!?」
突然聞こえてきたイデアの台詞にジュースを盛大に噴き出した。
「ちょ、いきなりどうしたのよ達間!?」
「ゲホ、ゴホ……ご、ごめん。ちょっとむせちゃって」
……ま、まさか、こんな身近で聞くことになるとは……
驚いて戻ってきた咲夏に答えながら、僕は口元を手の甲で拭う。
聞こえてきたのは、僕が昨日投稿したばかりの「希望イデアの自己紹介動画」だ。もちろん再生したのは僕ではない。ちらりと動画が流れている方へ視線を向ける。
「にしても、まさか個人で最初から3Dモデルを出してくるとはなぁ」
「だな。ってか太刀ムカイって絵師だろ? 個人の趣味、っつか1人でこれ全部作ったって本人は言ってたけど、ありえんの?」
「魂は他の人に頼んだらしいけど、モデルはどーだろ。やっぱ誰かから教わってたりするんじゃねーの? 最近じゃ機材レンタルやノウハウ教えてくれるとこも増えてるって聞くし。ってか個人でやるならまず2Dでやるだろフツー。3Dの機材なんてそれこそウン百万とか使うだろうし、それ一人で揃えてんなら最早狂気の沙汰だわ」
「確かに。流石に独学ってことはねーか」
……一応、ほとんどのことは独学でやったんだけどね。
もちろんアイデア出しにはリュートに手伝ってもらったり、他の人にも助言してもらったりはしたけど、基本的には僕1人で仕上げたものだ。とはいえここでわざわざ正体を明かしてそれを説明する理由もないので、大人しくしておく。
「ねえ、達間。アンタ……アレ、大丈夫なの?」
咲夏が無遠慮に僕の口元をハンカチで拭きながら耳打ちしてくる。……あの、ちょっと咲夏さん? ありがたいんだけどさ、そこまでゴシゴシとかしなくてもいいんじゃない?
「アレって、いったい何さ?」
「アンタが作ってるVドルよ」
咲夏は僕が『太刀ムカイ』であることを知る数少ない友人だ。
もちろんイデアのことも知っているし、僕がそれで少し無理をしていたことも知っているので心配しているのだろう。「てかアンタまた隈できてない?」なんて言って僕の顔を覗き込んでくる彼女を引き剥がしながら僕は答える。
「大丈夫だよ。魂も元々僕が知ってる子だし、心配いらないよ」
「……ふ~ん、そう」
咲夏はまだ何か言いたげな様子だったが、僕が「大丈夫だから」と念を押すと彼女は観念したように嘆息してから腰に手を当てて続けた。
「なんか困ったことあったら言いなさい。手助けくらいはするから」
「困ったらって、委員長が手助けって何するの?」
「うーん、荷物運びとか?」
「スタジオは僕の家だから必要ないよ」
「そう言えばそうだったわね……」
ムムムと口元を尖らせて唸り声を上げる咲夏。どこかうらやましがるような反応であるが、すぐに彼女は口元を戻してから僕の肩を叩いた。
「初配信。魂の子に無理させるんじゃないわよ?」
「うん。もちろん」
自己紹介動画で告知した『希望イデア』の初配信まで、あと五日ほど。
せっかく空那が協力してくれたのに失敗だったなんて許されない。
空那のことは気になるけど、まずはイデアの初配信を成功させることが先決だ。
決意を新たに、僕はイデアの初配信に臨む。