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第6話 荻篠空那の実力

 なにはともあれ、リュートのおかげで空那の暴走も収まった。「気をつけないと……」と小声で呟く空那に、あきれ顔のリュートが言葉を続ける。


「たっくよぉ……すこ~しなんてレベルじゃなかっただろうが」

「うっさいバカ兄! 私にとってはすこ~しなの! そ、それよりもムカイ。準備はもう出来てるんでしょ? なら早くやってみよーよ!」

「分かった……ちょっとカメラの方に立ってみて」


 念のためもう一度センサーをチェックして(なるべく胸やお尻の部分は見ないようにしながら)から、空那を撮影スペースの方へ誘導する。

 空那がモーションキャプチャの範囲内に入ると同時に空那のセンサーとイデアのモデルを同期させた。


「うん、オッケー。そっちのディスプレイ見てみて」

「ディスプレイ……? ああっ!」


 空那が大きく目を見開いた。


「イデアが動いてる!?」


 壁に設置した確認用のディスプレイを見る空那。

 その画面の向こうには殺風景な白い3D空間が広がっていて、空那が『入った』イデアが、モーションキャプチャで読み取った空那の動きをトレースして自ら動いていた。


「空那。今、キミに着けてもらったセンサーから動きを読み取って、それをイデアに反映させてるんだ。試しにカメラの前で手を振って――」

「すごッ! イデアが私に手を振ってる! ヤバッ!?」

「――聞いちゃいないね」


 子供のようなリアクションで色々と身体を動かす空那。それに従って画面の向こうにいるイデアも同じ動きをして、空那がさらに歓声を挙げる。


「あと衣装もすごくない? もしかして触れたりするの?」

「残念だけどできないよ」

「えーなんでー? スカートのヒラヒラとかすごいカワイイのに……あ、そーだ。せっかくならスカートをたくし上げてちょっとエッチなカンジに」

「イデアはそんなことしない。というかまず配信サイトからBANされちゃう」

「……確かに」

「あと、動きすぎるとキミの方のスカートがめくれるよ」


 わちゃわちゃと動きまわったせいで空那のスカートがベルトでずり上がって、こちらから少しパンツが見えてしまっていた。慌てて空那がスカートを直していると、リュートがやれやれといった様子で肩をすくめてから僕の方を見てきた。


「ムカイ、そろそろいいんじゃねーか?」

「うん。動作も問題なさそうだし。やってみようか」

「あれ、まだ何かするの?」

「オメー今日ここへ何しにきたか忘れてやがるな」


 呆れるリュートの隣で僕は録画の準備をしながら続けた。


「実際にイデアに『成って』もらうっていっただろう? 動作確認も済んだことだし、これから空那には実際にイデアとして自己紹介用の動画を撮影してもらう」

「……うん。私が、イデアに」

「そう。設定と一緒に自己紹介の台本はあったでしょ? すぐにぶっつけ本番で撮ってもいいけど、どうだろ。先に軽くリハーサルとかしてみる?」

「……ううん。大丈夫」


 一度、ゆっくりと深呼吸をしてから空那が答えた。


 ついさっきイデアのモデルが動いたことに喜んでいた彼女とは打って変わり、その双眸に落ち着いた光が宿った。

 まるで、スイッチを切り替えるように。

 空那の纏う空気すらも切り替わってしまったかのような感覚に、思わず僕は目を見開く。


 ――流石、って言ったところかな。


 けれど、それを告げるのは今じゃない。僕がのど元まで出かかった言葉を飲み下していると、空那の方から言葉を続けてきた。


「ムカイ、私はいつでもいけるよ」

「……そっか。なら、始めようか」


 なら、とうとう準備は完了だ。頷いた僕の隣では、本番さながらの雰囲気で挑ませるつもりなのだろう。リュートが指でカウントダウンを始めていた。


 3、2、1――スタート。


 僕は録画を開始し、空那が『イデア』として動き出す。


『皆さん、はじめまして』


 瞬間、僕の目は大きく見開かれた。


 意識をまっすぐに向けた先。その目に映るのは、画面の中にいるイデアの姿。


 アクションとしては何の変哲もない、ただの平凡で普通の仕草。


 しかしながら、緊張に身体をこわばらせながらも懸命に言葉を紡ぐイデアの姿は、まさしくその画面の向こう側で生きているかのようで――


 だからこそ、僕はそれで直感した。


 これだ。

 これだ!

 これしかないッ! 


 これこそが、僕の『イデア』だッッ!


 空那の動きを読み取って、画面の向こうにある空間の中央に立ったイデア。


 たったそれだけのアクションだと言うのに、その時点でもう僕の時とは比べるまでもない。


 まるで、イデアに足りていなかったピースがピタリとはまったような……僕がずっと思い描いていた通りの『最強の美少女』が、そこにいた。


「……ふう。こんなカン――」

「すごい、すごいよ空那ッ!」


 通しでの撮影が終わると共に、僕はたまらず立ち上がって賞賛の声を上げる。


「想像通り、いやそれ以上だ! 本当にすごかったよ! 完璧だ!」

「……えっと、ムカイ……?」

「僕が自分でやってた時とは比べ物にならないくらい良かった! まるでイデアが本当に生きているようだったよ! 細かい仕草や立ち振る舞いまで僕がイメージしていた以上だ! 初めてイデアに成ったとは思えないくらいさ! あれこそ僕の――」

「それくらいにしておけよ悪友」


 前のめりになっていた身体が、不意に椅子へ引き戻された。


「目の色が変わってんぜ」

「――――はッ」


 リュートに言われてようやく我に返る。

 どうやら、あまりにも期待以上だったので少し見境がなくなっていたらしい。いつの間にか僕は空那へ飛びつかんばかりの姿勢になっていたようだ。


「ごめん、あんまりにもすごすぎて焦っちゃった」

「う、ううん大丈夫。……ちょっと驚いちゃったけど」


 若干引き気味になりながらも空那は頷いてから、思い出したように首をかしげた。


「そこまで言ってくれるってことは……合格ってことで、いいの?」

「もちろん! 僕の方からお願いしたいくらいだ!」


 なにせ、ここまで完璧に『イデア』を演じてくれたのだ。

 今更になって、また別の誰かを探すなんてこと考えらられない。


「細かい契約の話は後にして、お願いだ空那。僕に――ううん、僕のイデアを『最強の美少女』にするために、キミのチカラを貸してほしい」


 もう一度、僕は立ち上がってから空那に頭を下げる。

 答えは、一瞬の間が空いてから返ってきた。


「……うん。私なんかでよかったら」

「交渉成立、だな」


 コクリと頷いてくれた空那を見てリュートが一件落着とばかりに手を叩く。

 よかった……一瞬だけ黙っちゃったから、断られたらどうしようかとドキドキしたよ。


「ありがとう空那。それじゃあ、またこれからよろしくね」

「うん! よろしくムカイ!」


 からりとした笑顔で頷く空那。続けてリュートが僕の方を見た。


「んじゃ、今日はこの辺でお開きか?」

「そうだね。片付けをしてから……せっかくだし何かご馳走するよ」

「ウソ、ムカイって料理できるの!?」

「今は1人暮らしだからね。最低限はできるけど、流石に今日は時間がないよ」

「なら出前か。いいじゃねーか。ご相伴にあずからせてもらうぜ」

「えぇ~、兄さんも一緒なの?」

「いいだろうが。晩メシを用意する手間が省けるしな」


 なんて話しながら、僕らは機材の片づけに入った。


 やいのやいのと言い合いながら片付けを始める荻篠兄妹を尻目に、僕はPCをシャットダウンするためにディスプレイを覗き込む。ディスプレイの中には初期設定のポーズをしたイデアがいて、図らずとも先ほどのことを思い出してしまう。


 ……やっぱり、空那はすごいや。


 ギャルになったインパクトが強すぎたせいで吹き飛んでいたが、冷静になって思えばむしろ僕の出来と比べ物にならないのが『当然』なのである。


 どうしてリュートがいきなり空那を連れてきたのか。


 今になってようやくその理由に思い至った。


 ……Vドルは畑違いかとも思ったけど、よくよく考えれば魂をやってる人の中には声優とかやってる人だってたくさんいるんだし、むしろ得意分野だったってことかな。


 空那の方を見ると、彼女も何か思う所があったのか。演者用のディスプレイを通して僕と同じようにイデアをじっと見つめていた。


「皆の夢を、明るく照らす……ね」

「空那?」

「え? うん、どうかしたのムカイ?」

「いや、ボーっとしてたから」


 言いながら、僕も彼女にならってイデアを見る。


「ホント、まさかここまでイメージ通りのイデアが見られるとは思わなかったよ。流石は役者志望……って、この調子だとひょっとしてもうどこかに所属してたり――」


「ううん」


 僕の声を遮った、空那の声。


 それはどこか、さっぱりと乾いた声色をしていて。気まずそうにぽりぽりと指で頬をかきながら、しかし、伏せた瞳には静かな諦観の眼差しがあって、


「ムカイには黙ってたんだけど、実は……役者の道は諦めたんだよね」


 僕のことを、明確に突き離していた。

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