第50話 夢と希望の『僕らの』Vドル
目まぐるしいほどの日々。
大きな騒動が終わればどうなる?
答えは簡単だ。
少しの後始末と、次のめまぐるしい日々への準備が始まるのだ。
イデアVSイデアル。
僕らがゲリラ的に仕掛けたお互いの生配信での直接対決は、Vドル界隈を飛び越えてネットニュースにまで取り上げられるほど大々的な反響があった。
Vドルという「自分」を賭けて「魂」同士が勝負をする。
――なんて、おそらく前代未聞の事態だ。
後にも先にもこれっきりだろう。
そんな訳で、それを引き起こした僕らは当然のように注目を集め、事後処理に奔走することとなった。
僕はまずそれ以前に無視していたイラストの仕事などの納品と謝罪行脚。
イデアの手続きや関係各所との打ち合わせどは全て空那の方に任せた形だったけど、そのあたりは衣越さんや木深さん、シャニプロ側に手伝ってもらった。
僕らは迷惑をかけた側にも関わらず「バックアップが我々の仕事ですから」と木深さんらが買って出てくれたのである。
彼らだけじゃない。リュートは言わずもがなだし、咲夏や鈴鉢さん、里原さんなどハコライブで面識のあるスタッフさん方にも色々と力を貸してもらった。
感謝してもしきれないほどに多くの人たちから助けてもらって、僕らは今日に辿り着く。
今日はサンステ――バーチャル・サンライト・ステージの当日だ。
リアルライブイベントといっても、別にVドルの魂とリスナーが直接対面するなんてことはない。
演者の立つステージには巨大なディスプレイが配置されていて、そこにVドルの映像を映して様々なパフォーマンスを披露するという形だ。
当然、Vドルたちの魂とリスナーが直接顔を合わせる機会はなく、魂たちは裏方に特設され専用のVRスタジオから会場にやってきたリスナーとやり取りをすることになる。
形式で言ってしまえば、いつものライブ配信とあまり変わらないだろう。
ざわざわ……がやがや……
けど、ここまで伝わってくるモノの大きさは、いつも以上だった。
聞こえてくるのは、VRスタジオの向こう側。様々な興奮が伴った喧騒だ。
今は前のライブが終わり、次のVドルがやってくるまでの待機時間。僕らは順番が近いので、見学代わりにスタジオ内で待機させてもらっているのだ。
ほどなくして次の出演者の準備が終わり、ライブが始まる。
すぐに、空気が変わったと分かった。
出演者のVドルが登場すると同時に歓声が轟く。
Vドルの子が挨拶をするよりも先に曲へ入ったのだ。アップテンポの曲に合わせて観客からコールが入ったりしている。
いつものライブ配信では決して味わうことのない感覚。普段はコメントでしか聞こえてこなかったリスナーの声が、リスナーの興奮が、ダイレクトに伝わってくる。
ビリビリと肌を刺激するような熱気は、出演しない僕でさえも当てられてしまいそうなほどだ。
「もうそろそろだね、ムカイ」
食い入るようにライブを見ていた最中、僕は名前を呼ばれて振り返る。
曲はまだ続いている。現在、待機中の僕らを除いてVRスタジオにいるのはイベント側のスタッフだけ。
マネージャーの衣越さんも現在は他の担当Vドルのフォローに行ってるので、僕を名前で呼ぶのは1人のみ。
「準備はいい、空那?」
うん。もちろん空那である。
僕が振り返った先には、出番が近いのでモーションキャプチャのスーツを着込んだ彼女が立っていた。
僕の問いに空那は自分の胸をトンと叩いて答えた。
「大丈夫だよ。おトイレはさっき行ってるし、段取りの確認もできてる。これで準備は万端――あ、やっぱりまた喉乾いちゃった」
「……直前になってまたトイレ行きたくなっても知らないよ」
「そんなにガブガブ飲まないってば~」
ぶーぶーと反論してから、空那は「それちょーだい」と僕の持ってたスポーツドリンクを奪ってぐびぐびと飲み干してしまった。ソレ僕の飲みかけなんだけど……
「あ、あのぉ~。ムカイ先生?」
僕が何とも言えない顔で空那を見つめていると、新たな声が僕の名前を呼んできた。
「どうかしたの、未沙季さん?」
声の主は、未沙季さん。
空那と同じくモーションキャプチャのスーツを着込んだ彼女が周囲をチラチラと見回しながら僕らに近づいてきていた。
流石の未沙季さんでも今回みたいな実際の舞台に上がるのは初めてだったらしく、呼びかけの声が若干上ずっている。
そんな彼女に対して、僕はとぼけるように首をかしげた。
「未沙季さんも飲み物欲しいなら僕が取ってくるよ?」
「い、いいえ! 先生のそこまでしていただく訳には……ではなくッ!」
ブンブンと頭を振って未沙季さんが言う。
「ほ、本当にわたしも出演していいんでしょうか……? 空那さんの復帰のため、彼女のレッスンに協力するのはわたしの申し出でしたが、まさかわたしも出演するなんて」
「もしかして、迷惑だった?」
「め、めっそうもありません! わたしは本来、空那さんの代役です。空那さんが復帰することになれば、わたしはフェードアウトするものだと思っていたので……それに、結果はどうあれわたしはお二人と対決した、いわば敵ですから」
うーん、まあ未沙季さんの言ってることはよく分かるよ。
イデアVSイデアル。未沙季さんと空那が全力でぶつかった直接対決は、リスナーたちの投票を厳正に集計した結果――僅差で、空那が勝利した。
空那の願いが、未沙季さんの実力を超えたのだ。それによって空那はイデアへの復帰が正式に決定し、逆に未沙季さんはイデアの代役を降りることになった。
……と、それだけで終われば話は簡単だったんだけど。
「敗者であるわたしは、潔く身を引いていた方が――」
「何言ってるのミサキさん!」
未沙季さんの言葉を遮り、空那が声を上げる。
本来、代役である未沙季さんは空那が復帰したことでお役御免。同時に契約自体も終了ということになって彼女とはお別れとなる、はずだった。
それに待ったをかけたのは未沙季さんに投票したリスナーと、空那だった。
「ミサキさんの歌、すっごくよかった! 私よりずっとイデアに成る機会が少なかったはずなのにあんなに凄いイデアを見せつけられて……ちょっぴり嫉妬しちゃったくらい。なのに、たった一回の対決で勝ち逃げみたいなお別れになるなんて悲しいじゃん!」
「空那さん……」
「2人の投票数はほとんど同数だった。言い換えれば、それだけのリスナーが未沙季さんを望んでいるからね。発表を今日に合わせたのはサプライズも兼ねて。リニューアルの話をした時にも話したはずだよ。それに、これを提案したのは空那なんだ」
え、と空那の方を見る未沙季さん。
対して空那は「とーぜん!」と胸を張った。
「私が復帰したことで誰かが悲しむなんてことがあったら……それって夢と希望のVドル失格みたいなものだと思うんだ。ミサキさんを望んでいる人がいる。私たちにはそれを叶えられる準備がある。なら、それを叶えるのが希望イデアでしょ!」
「それは……たしかに」
「だからさ、ミサキさん」
未沙季さんの手を取り、瞳をまっすぐ見つめて空那が告げる。
「観念して、私と一緒に叶える側に立とう?」
「……正直、盛大に啖呵を切って勝負をふっかけたのに、むざむざと負けた上にこうして出てくるのってすっごく恥ずかしいくないですか? どの面下げて帰ってきたみたいな」
「大丈夫だよ。ムカイのこと話してる時の方がすっごく恥ずかしい顔してるし」
「そんなに……!?」
驚いた未沙季さんが僕の方を見る。
嘘ですよね? そんなはずありませんよね? と視線で問いただしてきているが、僕は彼女の名誉のためにそっと視線を逸らすことに努めた。
……だって初対面で僕のために何でもするとか言われたもん。
割と恐怖を感じるレベルの詰め寄り方だったもん……
「次、希望イデアさんとイデアルさん! そろそろスタンバイお願いします!」
未沙季さんが「どうして否定してくれないんですかー!?」と僕へ詰め寄ってくるよりも先に、イベントスタッフさんが二人を呼ぶ声が割って入ってきた。
気付けば先ほどまで聞こえていた曲が終わっている。
どうやら話し込んでいる間に前のVドルの出番が終わっていたようだ。
ステージとなる撮影スペースの方を見ると、出番を終えた『魂』の人が撮影スペースから出て行く姿が見えた。
「ホラ、出番だってさ。『イデアル』?」
「……~ッ! 分かりました! ここで逃げ出してしまっては先生をお慕いする信者の名折れ! 先生のお名前に泥を塗ってしまわぬよう、精一杯がんばらせてもらいます!」
自らを鼓舞するように胸の前で拳を握る未沙季さん。「先に準備してますね」と言って撮影スペースへ向かった彼女の横顔には、ついさっきまでのおどおどした気配は消え失せていて、キリリとした役者としての未沙季さんの顔が姿を現していた。
……最初からそこまで心配はしてなかったけど。
この様子なら、未沙季さんに問題はないだろう。すぐにイベントスタッフさんとやり取りを始める彼女から視線を外し、僕はもう一人の方を見る。
すぐに空那の視線とぶつかった。
彼女の方も自然と僕の方を見てきていたのだ。
何か、僕からの言葉を待つかのようにそわそわとしながらこちらを見る空那の瞳。僕はそれをじっと見つめてみる。
……思えば、短い間にたくさんのことがあったものだ。
ギャルになった空那と再会して。彼女がイデアの魂に成ってくれて。正義イノリとのコラボやシャニプロへの所属――そして、空那の挫折を知った。
夢と希望を失い、絶望の淵に沈んでいた空那。
しかし、多く人の助力と他ならぬ空那自身の頑張りによって、再び立ち上がることができた。
今の彼女に、絶望に沈む陰の色はどこにもない。
その瞳に映るのは――昔と同じ、夢と希望に溢れるような力強い輝き。
「『最強』の私が輝く姿、ちゃんと近くで見ててね。ムカイ?」
「もちろん。一番近くで目に焼き付けるさ」
だから、こんな所で多く語ることはない。
差し出された空那の握りこぶしに、僕はコツンと自分のこぶしをぶつけた。たったそれだけのやり取りだけで僕は彼女を送り出し、空那は力強い笑みと共に僕へ背を向ける。
未沙季さんはリニューアルした新人Vドル、イデアルとして。
そして空那は――僕らの『最強の美少女』希望イデアとして。
大勢の観客が待つ輝かしいステージの上へ、足を踏み出した。
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