第5話 幼馴染ギャルは焦ってる?
「お待たせ、空那」
「ううん。こっちもイデアちゃんのこと詳しく知れたし、待ったカンジはなかったよ」
それから五分ほど。機材の準備が終わり空那が戻って来た。
「自分でつけてみて、どこかキツい部分はある?」
「う~ん。ちょっと胸やお尻が苦しいかな」
……胸やお尻が苦しい?
背中部分のベルトを確認しながら、僕は空那が言った部分へ視線を向ける。
制服の上から全身にモーションキャプチャのセンサーを取り付けた空那の姿。よくよく見れば彼女の言う通り、胸やお尻の周囲が少しキツくなっていた。
僕のサイズに合わせていたのが原因だろう。ちょうど、胸やお尻がベルトで締められ強調されたカンジに――
「……ムカイ。ちょっとエッチな目つきになってる」
「バッ――そ、そんなことはないって!」
慌てて空那から離れて否定するが、時すでに遅し。
空那は自分の格好を見下ろしてから「ふーん」とジト目でこちらを見つめてきて、
「女の子にこんなコトさせて……もしかしてさ」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべてから……腕を組んで胸を押し上げてきた。
「ねね。ムカイは、私に触ってみたかったりする?」
「――――」
それは思いもよらぬ提案だった。
無意識に視線が空那の身体に吸い寄せられる。
いつの間にか胸元のボタンが外れていて、形のいい谷間と鮮やかなブラジャーがちらりと顔をのぞかせている。その下ではスカートがセンサーのベルトでずり上がり、今にもパンツが見えてしまいそうになっていた。
……僕と同い年の、女の子の身体。
リュートじゃあるまいし、異性の身体に触れた経験なんてほとんどない。
もちろん「そういう」経験だって皆無だ。これでも僕は健全な男子高校生、興味はある。
同時に、イラストレーターとしても。
昔から両親が言っていたことだ。絵を描く上で、その『質感』を知っているのと知らないのでは絵のクオリティがかなり変わってくる。それを理由に姉さんからやたらとスキンシップを強要されたのは良くも悪くもいい思い出だが、それはともかく。
「幼馴染によしみでぇ、すこぉ~しだけ。好きな所に触っても、いいよ?」
僕が頭の中で葛藤しているうちに、いつの間にか空那が僕の眼前まで迫ってきていた。
胸元を露骨に自分で押し上げ、少しだけ色っぽく流し目で誘惑してくるようにして僕を見つめてくる。
熱っぽく上気した頬は空那の魅力を何倍にも威力を増やし、その熱気に当てられるようにして僕もクラクラとしてきて、たまらず生唾を呑み込んだ。
そして、ふと気付く。
……空那、なんか無理してない?
近づかれて分かったが、流し目は視点がグルグルと震えまくりだし、上気した頬は色香ではなく羞恥の色だ。
雰囲気で押し切ってしまおうとでもしているのか。
あるいは、どこか、もう引くに引けない所まで来たかのような緊迫感のある顔で僕を見つめている。
しかし、それに気づいた時にはもう僕は壁際にまで追い詰められていて、空那は手をワキワキと動かしながら鼻息を荒くして、グルグルと焦点の合っていない目が獲物を見つけた肉食獣が如き眼光で僕を睨んでいた。
明らかに混乱してらっしゃる―ッ!
「ちょ、ちょっと空那、さん……?」
「ムカイだったら、その、最後まで」
「あー、ゴホン。一つ教えとくとな。ムカイ」
今にも僕が空那に襲われそうになっていた寸前、ずっとニヤニヤと事態を見守っていたリュートがようやく口を挟んできた。助け舟出すのちょっと遅――
「空那は処女だぜ」
「…………は?」
いきなり何言ってんのこの兄!?
思わずリュートの方を見ると同時に、空那の怒声が部屋に響いた。
「な、ななな――バカ兄! なんで『知って』るの!?」
「そら今の今まで男の一人も家に連れ込んでねーし。変な理由での外出だって聞いたことがねー。ま、半分はカマかけだったんだが……どうやら『アタリ』だったらしいな」
「――――ッ! ――ッ!!」
「おおかた、ダチがみんな男作ってるのに一人だけいねーからって躍起になったってカンジだろうよ。あんまり順序を素っ飛ばすやり方はオススメしねーぜ? ま、生まれてこの方異性と付き合った経験なんかねぇなら、順序を焦っちまうのは無理ねーがな」
「うるさいうるさい! そそんなことないし! わ私バッチシモテモテだし!」
「嘘が見え透いてんだよ……いいから、ちょっとこっち来い」
誤魔化すようにバシバシとリュートを叩く空那。そんな彼女をリュートは嘆息を共に部屋の隅へと引っ張っていく。
何をするのかと僕が首をかしげていると、リュートはひそひそと空那に耳打ちし、ポンと空那の顔が真っ赤に染まった。
「え――って、こーゆーこと――!?」
「たりめーだ。第一――」
……そりゃ、いくら幼馴染でも異性でスキンシップとかはあんまりやらないと思うよ。
いったい何に影響されたのか気になる所だけど、それよりも早く内緒話を終えた空那がこちらに向けて「ごめんね」と手を合わせてきた。
「あは……兄さんの言う通り、すこ~しだけ焦ってたみたい」
「まあ、うん。僕のことはいいよ。それと、その……ご愁傷さま」
「同情するような視線だけはやめて」
……とにかく、ようやく落ち着いてくれたみたいでよかった。
空那に気付かれないように嘆息する。
もったいない、なんて気持ちが全くといってないと言えば嘘にはなるけど、流石にリュートの前でそんなことになることはなかっただろう。
……リュートなら空気を読んで勝手にいなくなってたりしたかもしれないけど。