第48話 『最強』のパフォーマンス
開口一番、冷やかな口調でイデアが厳しい言葉を空那へ浴びせかける。
向こうの配信では敵意と怒りに満ちた表情のイデアが言葉を続けていた。
『先生までをもそそのかし、いったいどれだけの方々に迷惑をかけたか分かっているのですか? 教えてください。どうして今更、こんなことをしてまで戻ってきたのですか?』
『私が、もう一度輝くためです』
『輝く?』
『大勢の方々に迷惑をかけている私にそんな資格はないかもしれません。でも、こんな私に手を差し伸べてくれた人がいます。私が、また輝けると断言して背中を押してくれた人がいます。今だって、私を信じてくれるリスナーがたくさんいます』
握った拳を胸に当て、イデアルは決意を秘めた瞳で告げた。
『私は、そんな皆を夢と希望の光で照らせる私になりたい――いいえ、私がそうであると証明するために、私は再びステージへ戻ってきました!』
『……傲慢ですね』
冷ややかにイデアが断じる。
しかし、流石は高性能のモーションキャプチャを使っているだけはあると言った所だろうか。
イデアの魂である未沙季さんが浮かべたであろう『ほんのかすかな笑み』が、彼女の口元にしっかりと刻みつけられていた。
まるで「その言葉を待っていた」とばかりに。
イデアは何かを確認するように一度視線を明後日の方に向けてから、再びカメラへと向き直った。
『わたしたちの配信をご覧の全てのみなさん! すでに薄々気づいている方も少なからずいらっしゃると思いますが、ここまでのことは、全て事前に先生と運営が打ち合わせていた内容になりますッ!』
「――――えッ!?」
あまりにも予想外の言葉に思わず僕は立ち上がった。
もちろんそんな事実はどこにもない。空那はそもそも連絡を断っていたし、僕だって目論見を話したのはついさっきのやり取りが初めてだ。
疑いの1つくらいはかけられていたんだろうけど、未沙季さんの言い分は完全なでっちあげだった。
けれど、その真偽などリスナーにとってしてみれば関係ない。
「事前に打ち合わせてた?」「つまりイデア側もグルってこと?」「これもう既定路線じゃんか」「これで何がしたいの?」「そりゃ満場一致で元のイデアが戻るためだろ」「つまり今のイデアはクビってこと?」「暴露じゃん」「自暴自棄になってゲロったか」「それともなりふり構わずに残りたいってことかな?」「ありうる。コイツ絵師の信者っぽいしな」
彼女の言葉を途端にイデアの配信コメントが流れを加速させる。
全員が未沙季さんの暴走だと確信して思い思いの反応を打ち込んでいる。
……暴走だって?
そんなはずはない。
未沙季さんが自暴自棄でこんなことを言い出すはずがない。「先生のためなら喜んで人柱にだってなる」とまで言ってのけた人だ。自分が身を引くことになったからと言って、こんな暴挙に走るとはとても考えられなかった。
きっと未沙季さんには何か意図がある。
それはすぐに分かった。
『はい、ですから――ここからは、全てアドリブになりますッ!』
高らかに宣誓するかのように告げるイデア。
『今になって仕掛けを暴露したのは、ひとえにこれから行われる勝負を……わたしと彼女のどちらが希望イデアに正しいか、リスナーのみなさんに決めてほしいからですッ!』
言葉と共に、イデアがカメラへ向けて人差し指を突きつける。
『勝負ですイデアル……いいえ、前の私ッ! どちらが先生の理想に、最強の美少女にふさわしいVドルであるかどうか、決着をつけましょうッ!』
未沙季さんから空那へと向けた、宣戦布告。
……そうか! 未沙季さんの狙いはこれだ!
彼女と空那による、希望イデアの『魂』を賭けた真っ向勝負。
Vドルの魂が急きょ変更され、その上でこうして前任の魂が表に出てくるような前代未聞の事態。
例え言葉による説得によって2人のどちらが残っても、リスナーの間でわだかまりが残るのは確実だろう。
これは、それを少しでも減らすためのもの。
勝ち負けを――もっと端的に言うなら優劣を明確にしてしまえば、どんな反論も意味を成さなくなる。
加えて、『今のイデア』である未沙季さんから持ちかけることで、勝敗ありきの勝負であるという可能性を潰したのだ。
どんな結果になろうとも、『希望イデア』というVドルだけは残るように。
『勝負はVドルらしく、歌対決といきましょう。おあつらえ向きに今日ここで披露する予定だったオリジナルソングが2曲あります。それをわたしたちが1曲ずつ選んで歌い、どちらがよかったかリスナーのみなさんに判断してもらいます』
未沙季さんから差し向けられた、真っ向勝負の誘い。
対する空那の答えは決まっている。
『……うん、その勝負受けて立つよ。だって、そのために私はここにいるんだからね!』
ピンと背筋と伸ばし、まっすぐに視線を上げるイデアル。
己の魂の決意を現すかのような力強い『空那のイデア』の言葉で、空那はその挑戦を受けて立った。
「すげーこと始まったな」「夢と希望のVドル……最強の希望イデア決戦!」「半ギレですよこいつぁ!」「前代未聞だろこんなの」「フツーありえねぇって」「いや実際になっとるやろがい」「なんにしてもおもしろくなってきた!」
『ありがとうございます。では、順番は事前に準備を済ませているわたしが先にやらせてもらいます。代わりに、どちらの曲を歌うかはアナタが決めてください』
コメントが配信内で1番の盛り上がりを見せる中、イデアは彼らへ向けて簡単な段取りの説明をしてから準備のために一度ステージに「準備中」の幕を下ろした。
僕らも同じようにステージの映像を切る。
大きく息を吐いた空那へ飲み物を持っていくと、空那は何かを決めた様子で僕を見つめてきた。
「……どっちを歌うかは、もう決めてるって顔だね」
「うん。今の私を示すにはうってつけの方があるから」
それから、僕の方で未沙季さん側とやりとりを行い、ほどなくして宣言通りにイデア側からステージの幕が再び上がり、ライブが開始された。
曲名は「スターライト・シューティング!」。
イデアの「希望」という要素に焦点を置いた楽曲で、明るくポップな曲調が特徴のナンバーだ。
元々は空那の『ギャルらしい』イデアをイメージして作曲したもので、未沙季さんのイメージとは違うと思ったが――
「……すごい」
そんな浅はかな予想は、容易く覆された。
軽快なメロディーに乗っかってリズミカルにステップを踏むイデア。
ライブ中のカメラワークを全て暗記しているのだろう。絶妙なタイミングでカメラに向かってウィンクしたりなど3Dモデルの特色をアクティブに活かしつつ、それでいて未沙季さんらしさを前面に押し出すようにして彼女は3分41秒のナンバーを歌い切った。
全てを魅了する最高のパフォーマンス……なんて、安直な感想しか出てこなかった。
たった1曲。
たった1曲だけで確信した。
未沙季さんは、本気で空那に勝つつもりだ。
彼女は自分が「空那がイデアに復帰するための踏み台などではない」と、僕らと全てのリスナーへ向けて己の全力を見せつけてきた。
未沙季さんが持ちうる技術を、経験を、熱量を、全てを惜しみなく注いで、空那の前に強大な壁として立ちはだかったのだ。
イデアのために用意されたステージの上に立って。
イデアのために用意された楽曲を歌って。
満天の星空のような無数のライトに照らされて、彼女は満面の笑みを浮かべる。
全てを悉く引き込み、心を鷲掴みにし、決して離すことはない。
完璧すら、完全すら超越した――
正真正銘『最強の美少女』のパフォーマンスだった。