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第47話 イデアル VS イデア

『……えッ?』


 配信中で真っ先に反応を示したのは、イデア。


 まったく予想だにしていなかったと言いたげな表情を浮かべ、厳しい表情で僕のコメントを凝視するように目を凝らせる。

 しかし、不意打ちだったこともあってか完全に未沙季みさきさん自身の反応を隠しきることはできなかったようだ。


「ようやく、きましたか」


 マイクに乗らない無音の言葉が、イデアの口元から見て取れた。


「なんだこれ?」「太刀ムカイパパくんじゃん」「いきなりどうした?」「スパム?」「配信のURLだよな」「乗っ取られた?」「おい! URL先でもイデアが配信してるぞ!」「マジじゃん」「は?」「パパくんどうしちゃったの……」


「……うし、コメントでの誘導もやってみたぜ」

「オーケーリュート。これで少しは増えるといいけど……」


 イデアの配信から視線を外し、僕らの配信画面を見た。


 僕が配信URLを拡散したことで同接の数は爆発的に増えている。10、100……後少しで1000は超えるだろう。


 イデアの配信よりは確実に少ない数字。

 けれど、だからといってそれを理由に配信を辞める道理などない。


「準備はいい、『イデアル』?」


 支持出し用のインカムを通じて僕は彼女に語りかける。


 イデアの立つ「満天の星空」をイメージしたステージとは対を成す「闇夜」をイメージしたステージ。

 その中心で、自分が唯一の星であるとばかりに立ったイデアルが僕の言葉に頷いてから、ゆっくりとその口を開いた。


『はじめまして、みなさん。私の名前は、イデアル――いいえ』


 一度言葉を切ってから、イデアルは正面を見る。


 カメラのその先、リスナーたちを見据えるようにして彼女は告げた。


『現在、配信を行っている希望のぞみイデア。その前任を務めていた『魂』です』


「は?」「ウソだろ」「イデアだ!」「イデアルって何?」「殴り込みだ!」「マジでやらかしやがった!」「おもしろくなってまいりました」「まさかの新旧対決?」「オレ達のイデアが帰ってきた!」「ていうか奇襲じゃん」「よく出てこれたな」「つまり、やっぱ隠してるゴタゴタでもあったのかね」「パパくんもこっちについてるしな」「ホンモノかニセモノか」「耳腐ってんのか? この声は間違いなくイデアの声だろうが」「暴挙にも程がある」


 歓喜の声は少なく、厳しい意見が多く浴びせられる。


 そう言われるのも無理はないだろう。

 僕らがやっていることはコメントにもあるように暴挙に他ならない。批判など最初から織り込み済み。苛立ちはするが、気に留めることは何一つとして皆無である。


 ……どうせ、ほとんどは面白半分でからかっているだけ。


 キミたちは黙って見ていろ。

 これはキミたちのためなんかじゃない。


 空那あきながここに立っているのは、ただイデアと――彼女自身のため。


「イデアル。コメントはあまり見ないで。まずは手はず通り行こう」


 インカム越しに僕の指示を聞いてイデアルが言葉を続ける。


『突然のことで驚かせてしまい申し訳ありません。それでも、こうして私が表に出てきたのは、この場を借りてみなさんに謝罪と、お願いをするためです』


「お願い?」「流石に敬語か」「お願いとは横柄だな」「なんだろ?」


『まずは、謝罪です。今回、私の身勝手な行動によって大勢の方々にたくさんのご迷惑をおかけしてしまったこと。リスナーのみなさんにも、突然こんなことになってしまって心配させてしまったこと。本当に、申し訳ありませんでした!』


 深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にするイデアル。


 その姿はさながら記者会見で大勢の記者たちに囲まれた有名人のよう。

 けれど、彼らが味わうような大量のフラッシュはいつまでたっても焚かれることはなく、代わりとばかりに容赦のない質問がコメントで流れてくる。


「自分で契約違反してるのによく表に出てこれたな」「じゃああっちのイデアが言ってたことは本当だったの?」「いったい何をやらかしたの?」


『はい、あっちのわたしが説明したことは事実です。違反内容については詳しい説明はできません。ですが、わたしの説明にもあったように法律や規約に抵触するような重大なものではないとだけ断言します』


「でも、自分からイデアを辞めるって言ったんだよな?」「じゃあまさか謝罪するためだけに出張ってきたのか?」「それだとパパくん鬼畜すぎない?」「だったらお願いって何をお願いするんだよ」「新しいイデアをよろしくとか」


 それこそ、まさかである。


 自分が悪かったと謝ってそれで終わりなら、僕はこんな場所を用意などしないさ。


『そして、ここからは――私のお願いです』


 まっすぐにカメラを見据えてイデアルが言葉を切り出した。


『身勝手なことであるとは、分不相応なことであるとは、承知の上です。自ら身を引いた私に許されるものではないでしょう。ですが、どうかお願いしますッ』


 胸に手を当て、一歩前に踏み出して、イデアルが声を張り上げて告げる。


『私をイデアに――もう一度、夢のステージに立たせてくださいッ!』


「キターッ!」「言った」「言ったぞ」「そんなことできんの?」「パパくんと事務所の契約しだいじゃね?」「ここまでするならパパくんやっぱこっちに……」「理由なんてなんでもいいだろ。オレはまたイデアが見れればそれでいいぞ!」


『本当なら、こんなこと望んじゃいけないでしょう。現実にいる本当の私は……イデアに似ても似つかない、暗くて臆病で、誰かの助けを借りないとこうして表に出ることもできない、ずっと昔の失敗をいつまでも悔やんでいるような、ダメな子です』


 空那は、イデアルは、彼らへ訴えるようにさらに言葉を続ける。


『でも、こんな私でもまた立ち上がれると、また輝くことができると、背中を押してくれた人がいます! 私がまだ、この新しく見つけた夢を諦めたくないと見抜いて、手を差し伸べてくれた人が――いいえ、何よりも、この新しい夢を諦めたくない、私がいます!』


 だから、どうか。お願いです。


『私にもう一度……大好きな自分になる、チャンスをくださいッッ!』


 そう締めくくって、イデアルは再び深く頭を下げた。


「どーなのこれ?」「マズイってかアウトだろ」「パパくんもやらかしたな」「でも、俺たちが応援してきたイデアはこの子だ!」「そうだ! この子が俺たちのイデアだ!」「今さら出てきてお願いされても」「お願いされなくても応援するぞ!」


 ……やっぱり、空那を待ち望む人は僕だけじゃなかった。


 空那の願いに呼応したかのように、コメントたちが湧き上がる。

 依然として懐疑的な意見もあるけど、それでもこれだけ彼女を待ち望む人がいる。


 同接も先ほどからさらに増加している現状、『向こう』だって無視し続けることはできないはずだ。


 と、その時。配信用PCの通話アプリに着信が来た。


『……やってくれたわね。アナタたち』

「はい。勝手をさせてもらいました」


 すぐに出ると、聞こえてきたのは衣越さんの声だ。


 忌々しげな言葉のはずなのに、声音は苦笑いを抑えきれないような雰囲気を纏わせた彼女の声が続く。


『ま、前にも言った通りイデアの権利はアナタが持ってる以上、私たちに文句を言える筋合いはないわ。上役とかの対応に追われて社長は色々と大変そうだけど。とにかく、この状況の収拾をつける算段くらいはちゃんとしてるんでしょうね?』

「もちろん。2人のイデアがいるなら、収拾をつける方法は一つだけです」

『直接対決ってワケね。いいわ、あの子もそのつもりのようだし』

「……ご迷惑をおかけします」

『今さらいいっこなしよ。私だって、空那に「新しい夢」だなんて言われたら無下になんてできないもの』


 でもこれだけは憶えておきなさい。

 鋭い言葉で、衣越さんは告げた。


『アナタたちのしでかした無茶は、どんな結果になろうとも、誰かが割を食うことになるわ。例えばウチの社長とかね』

「……はい。ありがとうございます」


 衣越さんは「よろしい」とだけ言って、すぐに本題へ入った。

内容はこの後の手はずについて。簡単にやり取りをしてから、僕はインカムで空那へ呼びかける。


「空那、イデアから通話が来たよ」


 僕の言葉に空那が頷いて見せ、イデアルとしてリスナーへ声を上げた。


『よかった、話だけでも聞いてくれるみたいです。みなさん、たった今、向こうのわたしから通話が来ました。これから繋ぎますね』


 彼女の言葉と同時にイデア側との通話を開始する。


 先に口火を切ったのは、イデアの方だった。


『……よく、()()()の前に出ることができましたね』


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