表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/50

第46話 『最強』に挑む

 配信を見守る僕ら視聴者と視線がぶつかる。


 その中でも、まるで画面越しの空那を責め立てるようにして、イデアはまっすぐに言葉を続けた。


『もちろん運営も先生も彼女を思い留まらせようと説得を試みましたが、前の私はそれを期に音信不通となりました。サンステも控えた現状ではこれ以上彼女の復帰を待つことはできない。それで代役として抜擢されたのが、今のわたしということになります』


「これマジ?」「どーせでっち上げだろ」「でも本当ならフツーに前任はクビ案件だろ」「こんな場でウソ吐くか?」「事実上の失踪かー」「なら仕方ないか?」


『前の私の方が良かったという、みなさんの言葉は痛いほど分かります。ですが、今ここにいる希望イデアは――わたしです。どうかお願いします。みなさん、希望イデアのこれからを、明るく見守ってはいただけませんか?』


 訴えるように、願うように。

 イデアとして未沙季みさきさんが告げる。


 ……やってくれるね。未沙季さん。


 ステージの上で、カメラを前にして堂々と立ったイデア。その凛とした振る舞いや言動は、以前の撮影で見た彼女とは一線を画していた。


 未沙季さんはこのたった2週間で、希望イデアという『役』の完成度をさらに仕上げていたのだ。


 それが意味することは、一つ。


 あの人は本気で空那あきなからイデアを乗っ取るつもりだ。


 太刀ムカイの信者だからとか、僕に取り入るためだとか、そんな小さい理由じゃない。


 未沙季さんは同じイデアの「魂」として、同じ役者の道に立つものとして、正々堂々と空那の前に立ちはだかっているのだ。


「………………」

「空那、僕らも準備を始めよう」


 未沙季さんの意図は空那にも伝わっているだろう。

 配信画面をじっと見つめて固まる空那の手を引き、僕らも自分たちの準備を始める。


「仕方ない、ってやつか」「そうか。オレ達のイデアはもう……」「ていうか元々はこっちのキャラだったし」「むしろ声とか今の方が好きかも」


 ……コメントの流れは未沙季さんのイデアを受け入れる方に傾いている。


 つまり、リスナーたちが空那から遠ざかっているのと同義だ。このままでは僕らが動くよりも先に、未沙季さんのイデアが完全に受け入れられてしまう。


 僕らの配信はいつでも始められる状態にしている。


 僕は身をすくませた空那を強引に撮影スペースへ立たせ、すぐにでも配信を始めようと機材を操作する。


『ねえ、ムカイ』

「……ここまできて、今更やっぱりムリってのはナシだよ。空那」

『うん。だからさ、もう一度だけ教えて』

「もう一度?」

『ムカイにとって、最強の美少女が何なのか』


 不安に押しつぶされそうになりなった、すがるような視線が僕に向けられる。


 どうしてこんな時に?

 理由はすぐに分かった。


「キミだ、空那」


 僕はすぐに顔をあげて空那を見つた。


「例え世界中の誰もがキミを認めなかったとしても、僕だけは認める。キミこそが僕の理想であり、最強の美少女――希望イデアだって」

『……失敗しちゃってるじゃん、それ』


 細かいことに突っ込むなぁ。


 いや。きっと。

 そんな細かいことにまで意識が向いてしまうほど、今の空那は緊張してしまっている。


 もしもダメだったら。

 もしもまた失敗してしまったら。


 そんな悪い考えが頭の中で堂々巡りを繰り返して、動き出せなくなっているのだ。


 あまり良くない状態だ。こんな時は思考をリセットしてしまえば早いんだけど。


 う~ん……そうだ!


「ねえ。空那。もしも今回の挑戦がダメだったらさ。僕が責任を取るよ」

『……せきにん?』


 首をかしげる空那。僕は大きく頷く。


「うん。キミがもう一度立ち上がれるまで、例え一生でも僕がキミを支える」


 僕がそう告げた瞬間、空那とリュートが同時に咳き込んだ。


 ……え。何さ二人とも?

 僕何か変なこと言った?


「ム、ムカイ。オメェ今自分が何言ったか分かってるか?」

「もちろんさリュート。これから何があっても、空那が以前のようには戻らないって僕が保証するってことだよ。もしも万が一、億が一にでもダメだったら、また空那が立ち上がれるようになるまで僕が空那の支えになるって」

『「…………」』


 あれ、なんでそんな朴念仁を見るようなジト目を向けてくるのさ。


 ていうかなんで空那も向けてるんだろ?

 今の空那はイデアルのモデルと動きを同期させてるから間接的にイデアルからもジト目を向けられる形になるんだけど。


「ダメだ空那。このバカはどこまで言ってもバカみてぇだぜ」

『そーだね兄さん。ムカイの言葉をまともに取り合ってたらダメだね』


 二人ともひどくないかな!?


「僕はただ、空那の不安を払拭しようと……」

『大丈夫、分かってるよムカイ』


 あまりの言われように僕が唇を尖らせると、空那が『ゴメンゴメン』と手を合わせる。


『うん、そーだよね。たしかに、挑戦する前からダメだった時のことを考えてちゃ、変えられるものも変えられなくなっちゃうよね』


 それから彼女は胸に手を当てて大きく深呼吸をした。


『ありがとね、ムカイ。ちょっとだけ安心したかも』

「……なら、よかったよ」


 不平不満はあるけど、なんとか僕の言いたかったことは伝わってくれたようだ。


 ついさっきまで不安で伏せっていた空那の瞳。そこにあった不安の色は消え、力強い輝きが灯っている。


 まだ不安も、心配も、恐怖だって残っているだろう。


 けれど、それをはねのけるほどの輝きを、空那はたしかに持っているのだ。


 ……空那ならば、僕の理想だって超えられる。


 だからこそ、僕がやるべきことはただ一つ。


「いってらっしゃい、空那」

『うん、いってきます!』


 空那を、彼女の輝きを発揮できるステージへと送り出すこと。


 僕らのやり取りを黙って聞いていたリュートがニヤリと笑ってから、初配信の時と同じく気を利かせて配信開始のカウントダウンを始めた。


 5、4――


 すぐに僕はPCでの操作を始める。

 撮影スペースの上では空那がじっとリュートの掲げた掌の指の数が減っていくのをじっと見つめてから、瞳を閉じて深呼吸をした。


 3、2、1――


 不安、心配、恐怖。

 己を取り巻くあらゆる暗雲を切り払うかのように空那はピンと背筋を伸ばし、現実のスタジオから仮想のステージへ。

 現実のそれとは違う舞台の上に立つ。


 荻篠おぎしの空那から、Vドル『イデアル』へ。


 ――ゼロ。


 配信開始。僕らの決戦の幕が上がった。


 まずは僕の仕事だ。配信開始と同時に僕は自分のSNS宣伝用アカウントとイデアの配信コメントにこちらの配信URLを張り付けて投稿する。


 今回の騒動、僕は一度もSNSでの発信を行ったことはない。僕の動向を追っている人はすぐに飛びつくだろう。

 加えて、イデアの配信では僕のコメントを強調表示されるようにあらかじめ設定している。

 流れの速いコメントの中でもすぐに気付かれるはずだ。

 

 予想通り、すぐに反応があった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ