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第43話 達間夢海の想い

 里原さとはらさんに家まで送ってもらった僕は、そのままぶっ続けの作業に入った。


 想定されるタイムリミットは約3週間後。

 そこで予定されているオリジナル楽曲のお披露目配信、いや、準備期間も含めて考えれば早く見積もって2週間ほどだろうか。


 リミットはたったの2週間。

 その間も当然仕事の〆切はあるし、『今』のイデアに関する監修などもある。


 だがそんなものは全部無視だ。


 やるべきことは決めた。

 だから後は突き進むのみ。


 仕事も、学業も、生活も、使える時間の全てを費やして、僕は空那あきなを説得するための『切り札』制作に詰め込んだ。


 ――世の中には、自分の好きなことならば何時間だってできるというヒトがいる。


 姉さんはその一人だ。

 天才なんて呼ばれる人種はきっとみんな同じなのだろう。


 だけど、僕はそうじゃない。


 何かを描くこと、何かを作ることは好きだ。

 でも、こういったギリギリの、強行軍のような作業というものはどうもニガテだった。


 胃や胸のあたりがキリキリするし、頭だって鈍く痛みが響いてくる。


 集中力だって何十時間と作業を続けていれば擦り切れてしまう。


 楽しいとは間逆の、まるで生き地獄かのような時間。


 それでも、僕は作業を続ける。


「キミの言ったことが全部ウソでしたなんてオチはやめてくれよ……ッ!」


 こうしている間も、きっと空那は自分を責めているはずだ。


 夢を成し遂げられず、逃げ出してしまった自分を苦しめているはずだ。


 僕の『切り札』が、空那にとっての希望になることを信じて。


 2週間の時間をギリギリまで使って、僕はついに作り上げた。


「で、できた……!」


 キャラデザは細部までこだわった。モデルの完成度は過去一番。今の僕にできうる全力の限りを注ぎこんだ、渾身の一作である。


 コレを完成させた達成感でたまらず床に頭から倒れそうになったがそんなものは些細なこと。気絶の一歩手前でギリギリ耐えた。


 数日ぶりに見る時計は9月5日の午後5時過ぎ。この時間ならば日が沈む前に空那の家へ行くことができる。


 そうと決まれば僕はすぐに不具合がないかチェックをして、持ち運び用のノートPCへデータに突っ込む。

 眠気覚ましを兼ねてシャワーを浴びてから僕は一刻も早く空那の家に向かおうと荷物をまとめて玄関を出た。


「……ウソだろ」


 外に飛び出した僕を出迎えたのは、強烈な雨音だった。


 湿った生温い空気が僕の肌を撫でる。何事かと僕が空を見上げると、分厚い鈍色の雲が空を覆い隠し、そこからバケツの水をひっくり返したかのような豪雨が降り注いでいた。


 ゲリラ豪雨、夕立である。


 シャワーを浴びる前は晴れていたはず。なのに今は雷の音まで聞こえてくる。

 嫌な予感がしてスマホから路線状況を見れば、なんと最寄の路線が落雷の影響で止まっていた。


 雨も電車も、おそらく30分から1時間は足止めは確実だろう。最低最悪のタイミングである。まるで空那が僕の行く手を阻もうとしているかのような不運っぷりだ。


「だったら、どうしたのさ!」


 けど、今さらこんなもので止まる僕じゃない。


 空那の家は駅一つ隣、やろうと思えば電車を使わずに行ける距離だ。

 僕はすぐさまノートPCをビニール袋でグルグル巻きにして防水仕様の鞄へ突っ込み、普段はスーパーへの買出しくらいにしか使っていない自転車を引っ張りだす。


 自転車を使えば所要時間は電車とそう変わらない。傘をさせないので僕自身はずぶ濡れになるけど気にするものか。

 僕はシャワーよりも水量が多そうな豪雨の中、全速力で自転車を走らせて空那の家へと向かった。


 彼女の家には時間にしておそよ10分ほどで到着した。


 ほとんど乗り捨てるような形で自転車を降りた僕がインターホンを押そうとするよりも先に、玄関の扉が開いた。


「……バカかよオメェ」


 出迎えてくれたのはリュートである。


 出発前に連絡を入れていたので玄関前で待ってくれたのだろう。ずぶ濡れになった僕を見るや否や、彼は半眼になってこれ見よがしに嘆息を吐いてきた。


「開口一番にそれは酷くない?」

「事実だろーが。なんでこの土砂降りでレインコートもなしに自転車走らせてんだ」

「…………あ」

「案の定だな。ったく、いーからまずは入れ。中に雨が入る」

「はい……」


 リュートに言われるまま家の中に入る。


「ちょっと待ってろ」と奥へ引っ込むリュート。それを荷物の無事を確認しながら待っていると、彼はバスタオルと着替えを持って戻ってきた。


「ホントは風呂にでも突っ込んでやりてぇトコだが」

「空那は部屋?」

「聞けバカ」


 リュートが僕にバスタオルを被せてきた。


「アドレナリンでおかしくなってんぞ。ヒトの家濡らすなっつの。第一、んな濡れ鼠でアイツの部屋に押し入ろうモンなら説得以前に追い出されるぜ」

「…………」

「考えてねぇなそうだろーよ。まあいい、とにかくまずはコレに着替えやがれ。テメェのはその間に洗濯しといてやる」

「ありがと、助かるよ。ついでにPCのデータを確認してもらっていい?」

「いつもに増して人遣いが荒いなオイ」

「空那への切り札が入ってる」


 僕がそう告げると、リュートは不満を漏らそうとした口を閉ざした。


 呆れ果てたのか、それとも期待をしているのか。黙々とノートPCを起動するリュートの顔からは読み取れない。口頭でパスワードを伝えて、黙々とデータを確認する彼を尻目に僕は自分の着替えを優先した。


「なあ兄弟。コイツで空那は立ち直れるのか?」

「さあね」

「さあねって、オメェ」

「立ち直れるかどうかは空那次第だ」


 ようやく着替えを終え、靴を脱ぐ。


「僕はただ、空那が立ち上がりたいと手を伸ばすのなら、その手を掴んで引っ張り上げるだけだよ。もちろん、なりふり構わずに全力は注ぎこんださ。でも、結局どうなるかなんてものは、空那次第としか言えないよ」

「……ま、そーだな」


 リュートがノートPCを閉じ、僕に手渡してきた。


「悪ぃな兄弟、任せる」

「上手くいったら美味しいモノでも奢ってね?」

「ああ。()()で美味いメシでも食いに行こうぜ」


 PCを受け取った僕は、彼に見送られながら階段を昇った。

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