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第41話 「ふざけんじゃないわよ!!」

 撮影が終わった後、僕一人だけ先に帰るという気分にもならなかったので片づけの手伝いをしたり、今後のスケジュールについて話したりしていたら夕方になってしまった。


「……これから、どうするかな」


 事務所を後にし、近くの交差点で信号を待ちながら僕は思考を巡らせる。


 考えることはもちろん、イデアのことだ。


 イデアの『魂』が変わったことは周知の事実。

 今後はどうやって『新しいイデア』をリスナーに受け入れてもらうかが重要になる。


 様々な憶測が飛び交う現状、厳しい意見は多い。登録者数だって日が経過するごとに少しずつ減少傾向にあるのが実情だ。


「勝手に作ってた新衣装を完成させて心機一転――は、流石にないな」


 それは最大の悪手だ。今までのイデアを全て否定することになる。


 だったら最初からそのモデルを使えと言う話だ。たしかに印象は一変するだろうけど、それだったら一から新しいVドルを立ち上げる方がまだ好印象だろう。

 それに今日の撮影は通常のモデルでやったんだから、一日分のストックが全て水泡に帰してしまう。


 ……せっかく空那あきなを驚かそうと思って作ってたけど、これじゃお蔵入りかな。


 なんて考えていると、茜色に染まっていた僕の視界にすっと陰が差し込んだ。


 考え事をしてるうちに信号が変わったのだろうか。信号待ちしている人は僕の他にもいるし、邪魔にならないよう僕も早く渡ってしまおう。


 僕は横断歩道へと足を踏み出し――


「……え?」


 目の前に車が停まっていたことに気付いた。


 差し込んだ陰は黒塗りのバンだった。すでにまわりにいたはずの人たちはみんな遠巻きに離れていて、唖然とする僕の前でバンのドアが勢いよく開いた。


「もう! 出てくるのが遅すぎなんですよ!」

「へ? え、ちょ――!?」


 聞き覚えがある女性の声と共に車内から伸びてきた手が僕を掴む。

 突然のことに驚く暇すらなく、僕はそのまま勢いよくバンへと引きずりこまれてしまった。


 ドアが閉まり、すぐにバンが発進する。


 ……って、冷静に観察してる場合じゃないだろ!?


 あまりにもスムーズな手口に圧倒されていたが、これは完全に誘拐じゃないか!?


 なんで僕を? 目的は何? まさかリスナーの過激派? いや、というよりも僕をバンに引きこんだのは――と、まあ現実逃避じみた現状把握はひとまず横に置くとして、だ。


「な、なんでキミがいるのさ、委員長……?」

「……ねえ、達間たつま? アンタってアタシにラッキースケベしないと死ぬ体質なの?」

「今回は……悪いのは僕じゃないと思うんだ……」


 クッションとは違う、ふにゅんとした柔らかい感触。


 その感触は知っている。

 以前は両手でわしづかみしていたモノを、今回は顔面で味わうこととなっていた。


 より端的に言うならば、


「謝罪」

「……ごめんなさい」


 強引に連れ込まれた僕は、先に乗っていた咲夏しょうかの胸にダイブしていた。


 僕はすぐに彼女から離れて大人しく謝罪をする。


 少し鼻が痛い。よく女の子の胸がクッション代わりになるって言うけど、残念ながら咲夏のサイズでは衝撃を完全に和らげることはできなかったようだ。……ゴツンって鼻が胸骨あたりにぶつかったし。


「達間のスケベ! アタシだってぶつかって痛いんだからね!?」

「なんで分かるのさ!? 文句は僕を連れ込んだキミのマネージャーに言ってよ!」

「ご無沙汰しております、太刀ムカイ先生」


 自分の胸を守るように両腕で隠す咲夏に反論していると、僕をバンに引きこんだ実行犯である鈴鉢すずばちさんが僕らのいる列よりも後ろの座席に座りながら声をかけてきた。


 彼女だけではない。バンを運転しているのはなんと里原さとはらさんだった。


「……鈴鉢さんはまだ分かるんですが、なんで里原さんが運転してるんですか?」

「ウチも人手は不足してるもので。手が空いてて運転免許を持ってるのが自分だけだったんですよ。それに、アナタ方がこれからどうするつもりなのかも興味があったので」


 ルームミラー越しに里原さんが僕を見てくる。


 どうやら、この人たちはイデアの騒動について僕に問い詰めるためにこんな誘拐紛いのことをしたらしい。


 ……訊くだけなら電話なりメールなりでもできるじゃないか。


 咲夏からちょうど座席一つ分を空けて隣に座りながら僕は思う。

 そうしなかった理由はおそらく、咲夏がそれを望まなかったからだ。

 まったく心配性のライバルである。


 僕の推測を裏付けるように、話を切り出したのは咲夏であった。


「それで、アンタはイデアを取ったってことでいいの?」

「……空那は音信不通。家にも行ったけど、追い返されたよ」

「話はしたの?」

「したよ。『今』のイデアが動画を上げたその日にね」


 空那やリュートほどではないが、付き合いの長い咲夏が相手だ。


 ヘタクソな嘘なんか吐けるはずもなく、僕は観念して全てを話した。


 以前に咲夏が訝しんでいた通り、空那がギャルじゃなかったこと。それどころか学生ですらなかったこと。役者になると言う昔からの夢が敗れて、この一年ほどずっと部屋に引き籠っていたということ。それをずっと、僕に隠していたこと。


「……で、アンタはアキナを見限ったってわけ」

「イデアを降りると言ったのは空那だよ。こんな自分じゃ、イデアに成るには相応しくないんだってさ。僕の言葉なんか聞いてくれなかった。だから僕は――」

「本気で言ってるの、それ?」


 冷ややかな咲夏の言葉が、僕の痛い部分を的確に刺してくる。


 けれど、今の僕には……耐える以外の選択肢は思いつかなかった。


「仕方ないだろ。連絡が取れない以上、イデアは代理の人に任せるしか」


 パチンッ!


 車内に響く乾いた音が、僕の言葉を遮る。


 咲夏が唐突に僕の頬へ平手打ちをしたのだ。


 避けることはできたが、避けなかった。


 叩かれた頬が痛み出すと同時に、僕の胸倉を掴んだ彼女がキッと鋭く睨みつけてくる。


「信じらんない……信じらんない! アンタは、アンタもッ、アタシたちのことをVドルのパーツか何かだと思ってるの!? アタシたちが使い物にならなくなったら、ポイして新しいのに取り替えようっての!? ふざけんじゃないわよッッ!」

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