第4話 Vドルになる準備時間
「それで空那。確認なんだけど、リュートから説明は聞いてるよね?」
「うん。私がVドルになるんでしょ? 『ハコライブ』や『にじカラー』みたいな!」
「正しくは、その『魂』にね」
応えながら、僕はスリープ状態にしていたPCを起動する。
軽く操作して、画面にイデアのモデルデータを表示させた。僕の隣から覗き込むようにして画面を見た空那が怪訝そうに眉を寄せる。
「……? なんか変なポーズしてる。なんで直立して両手を広げてるの?」
「ソフト側の初期設定のポーズだよ」
……そこに注目されるなら最初にイラストの方を見せればよかった。
さりげなくイメージビジュアルのイラストも画面に表示させつつ僕は続けた。
「この子は希望イデア。僕が描いたキャラたちの中でも最高傑作……ううん。僕の野望でもある『最強の美少女』――Vドルさ」
「……その最強に、私が?」
「それは、空那が実際に『成って』から考えさせてほしい」
言葉と共に、僕はPC机の横に置いていたケースを取り出す。
中に入っているのはハーネスやグローブ、身体に巻きつけるベルトなど。僕が取り出したそれらを凝視して空那が首をかしげた。
「なにこれ……ハーネス?」
「モーションキャプチャのセンサーだよ。これでキミの動きを読み取って……今画面で変なポーズしたままのイデアと同期させて彼女のモデルを動かすんだ」
「へ~。このまま着けてるの?」
「うん。このまま……あ」
そこで、はたと気づいた。
よくよく考えれば、今の空那は学校の制服姿。スカートを履いている。
センサーはもちろん腰や太股などにも取り付けるため、基本的にはジャージなどの服装から取り付けるものなのだが……すっかり失念してしまっていた。
今回は僕の服を貸して乗り切ろうかと考えていると、僕の視線で何を懸念したのか察したのだろう。空那がブレザーを脱ぎながら言った。
「私はこのままでいいよ」
「……ホントに?」
「うん。だってコレやってみたいし」
まあ、空那自身が言うなら問題はないか。
「分かった。なら、微調整は後でするから自分で付けてみて」
「あれ、ムカイが着けてくれないの?」
「説明書もあるし、一人用のタイプだから着脱も難しくないよ。僕はまだ機材の準備があるし、ついでにイデアについての設定をこれにまとめてるからセンサー着けるのと一緒に目を通してみて。リビングの場所は分かる?」
「もちろん」
「飲み物とか好きにしていいから。十五分くらいしたら戻ってきて」
ならお言葉に甘えてー、と空那がセンサー一式を持ってスタジオから出ていった。
「んじゃ、俺も少し休憩――」
「何言ってるのさ。リュートはこっち」
「――へいへい。わーったよ」
まったくスタイリスト使いが荒いぜ。
なんて言いながらも腕まくりして準備をしてくれるリュート。元より手伝うつもりで来てくれていたのだろう。ありがたく力を借りることにして、僕たちは機材の準備に取り掛かった。
「へぇ。ムカイ、思ったよりは手際がいいじゃねーか」
「そりゃ何回かは自分で撮ったからね。あ、そこのカメラ少し下げて」
「こんくれーか? ……にしても、ホントよくここまでの設備を整えたもんだ。ちょっとしたスタジオじゃねーか。いったいいくら突っ込んだんだよ」
「……う~ん。今までの貯金をほとんどはたいたけど――」
「んじゃかなりの額じゃねーか。もはや道楽じゃなくて狂気の沙汰だな」
「だって、コレは僕の野望だから」
「わーってるよ。同じ穴のムジナだからな。オレだって女に貢いだ金額で言えばオメーのコレに負けねー自身があるぜ」
「そんなことで張り合わないでよ……」
軽口を交わしながらも、僕らは着々と準備を進めていく。
「でさ、リュート」
「どーかしたかムカイ?」
「いったい何を企んでるの?」
僕からの突然の問いに、リュートは「はあ?」と怪訝そうに眉を寄せた。
「いきなりなんだよ? いったい俺が何を企んでるって?」
「だってさ、いくら呼び出したのが空那だったからっていくらなんでも今日の深夜からすぐにアポ取るのはやっぱり早すぎるよ。昔、僕が頼み事した時は一カ月もすっぽかしてたのに。だから、何か別の目論見があるんじゃないかなって思ったんだ」
空那とは久しぶりの再会でも、リュートは別だ。
もう何年もの付き合いで、互いに腹の底を知り合った中である幼馴染の兄貴分。僕の考えたことがリュートに筒抜けであるように、僕だってリュートの考えてることは少しくらい分かっているつもりだ。
――リュートは、何かを隠している。
根拠のない直感。
だけど、僕にだってこの企画――イデアがかかっている。
リュートのことだから酷いことはしないだろうけど、それでも……この疑心は先に拭っておきたい。
「ひょっとして空那に何か吹き込んだ? 言っとくけど、邪魔なんかしたら――」
「そう睨むなって兄弟。確かに……アイツにゃ色々と言っておいたが、そんなもんせいぜい『ちゃんとヤるときは避妊しろよ』とかそんな程度だっての」
「……それはそれでどーなのさ」
「保健体育ってのは意外と重要だぜ? いやそれはともかくだ。何にしたところで、俺がオメーを裏切るような真似なんざしねーっての。んなことしたって、オメーから手ひどい反撃食らうってのは身にしみてるよ」
「ああ……リュートの三股を暴露しちゃった時」
「……思い出させねーでくれ。アレはマジで死ぬトコだったから」
げっそりとした顔で首を振るリュート。本当に思い出したくないのだろう。思い出そうとした記憶を振り払うように後頭部をかいてから、肩をすくめてみせた。
「なあムカイ。焦ってんのは分かるぜ。オメーの自業自得だとか今更なこと言うつもりはねーが、少しは落ち付け。お前の邪魔をして、いったい俺に何の得があるんだ?」
その言葉に偽りがないことはすぐに分かった。
「……ごめん。リュートの言う通り、焦ってたみたいだ」
「いいってことよ悪友。どーせ遅かれ早かれ分かることだ。俺たちは清く正しく利用し合う関係でいようじゃねーの。そら、さっさと準備を終わらせちまおうぜ」
リュートはそう告げるなりさっさと自分の作業に戻ってしまう。
問い質したい気持ちはあるけど、リュートのことだ。
無理に聞き出そうとしても上手くはぐらかされてしまうのがオチ。遅かれ早かれ分かるとも言っているし、僕もこれ以上追求をすることなく、自分の作業に取り掛かった。