31話 デートでカラオケに入ったらやることは一つ
それから僕たちはデート――もとい、貴重な休日を思い切り遊び倒した。
ウィンドウショッピングでは、空那の服を見ようと入ったお店で何故か店員さんが僕にレディースの服をオススメする珍事が起きて空那に笑われた。お昼では空那が面白がってカップルメニューなんて注文するせいで周囲から生温かい視線を向けられるハメに。
午後からは映画を観る予定……だったのだが、お互い見たい映画が別にあったせいで「ならゲームで勝った方のを観よう」ということになり、結果ゲーセンでの勝負に熱中しすぎたあまり上映時間を逃してしまったりした。ちなみに空那のボロ勝ちだった。
まるで疎遠になっていた空白を埋めるかのような時間。
それを全力で満喫し、僕らは映画の次の上映時間を待つため、休憩も兼ねてカラオケに入っていた。
「いや~遊んだ遊んだ!」
個室に入るや否や、L字型のソファにどっかりと座ってドリンクバーのジュースをほとんど一気に飲み干した空那。僕は入り口側に座った彼女と距離を開ける形で個室の奥側に座り、同じくドリンクバーのジュースで喉を潤してから大きく一息ついた。
「うん、僕も。ここまで思い切り遊んだのは何年ぶりだろ」
「何年ぶりって大げさすぎない?」
「そうでもないよ。高校に入ってからはずっとイデアの準備と仕事にかまけていたから」
「へ~え? それって勝負の負け惜しみかな」
「むぐっ、空那が強すぎるんだよ……」
ニヤニヤとからかうように笑う空那から目をそらす。
ゲーム対決は正直、僕が手も足も出なかった。
格ゲー音ゲーシューティング。挙句にはフリースローやモグラ叩きにUFOキャッチャーまで。およそゲーセンにある種目の全てで対決したものの……結果は僕の惨敗であった。
「ま、まあ? 僕はブランクがあったし? 例え空那にダブルスコアを着けられても仕方がないよね! うん、仕方ない仕方ない! 今回ので少しはカンを取り戻せたし、次は必ず僕が空那にダブルスコアを着けて勝つよ!」
「ふ~ん……そーゆーこと言うんだ。なら、次は罰ゲームありでやろーよ。私が負けたらムカイの言うこと何でも聞いてあげるから、代わりにムカイが負けたらムカイの女装姿をイデアのSNSで拡散するとかどう? やってみない?」
「……ごめん。それだけは勘弁してください」
ちょっとした罰ゲームで一生もののトラウマを背負いたくはない。
というか「何でも聞いてあげる」って……僕そこまで弱かったの?
勝てるビジョンが全く見えなかったので大人しく降参すると、空那は「よろしい」と満足げに胸を張った。くっ、ニヤニヤと勝ち誇った顔がすごくムカつく……!
「そういう空那はどーなのさ?」
「え、私?」
「うん。友達とかと一緒に行ったりするの?」
「まあ……うん。そーだね。遊びにはよく行くけど、ゲーセンはたまーってとこ。対戦ゲームとかはあんまりやらなかったけど、プリクラとかはそこそこってカンジ」
あんまりやってないのに僕はボロ負けしたのか……
「あ、そーだ! プリクラ! プリクラやってない!」
「そりゃプリクラじゃ勝負はできないからね」
「確かに……じゃなくて! ゲーセンに行ってプリクラしてないなんてありえないんだよムカイ! という訳で、後で一緒にやろーね?」
「……え、僕も?」
「とーぜん! ちなみに敗北者のムカイに拒否権はないから♪」
有無を言わさぬ調子で空那は「約束だよ」と強引に指切りしてきた。
敗者にも選択の権利くらいほしいモノだが……抗議したところで押し切られるのがオチだろう。観念して嘆息する僕を尻目に、空那はキョロキョロと部屋を見回した。
……ひょっとしてデンモクでも探してるのかな?
いつもはテーブルの上に放置されていることの多い端末だけど、そう言えばこの部屋のテーブルには見当たらなかった。空那と一緒になって部屋を見回すと、ディスプレイ下の棚で充電中のモノを見つけた。
空那の方からだとけっこう見えずらい位置だ。
僕が取ってあげると、空那は一瞬キョトンとした顔をしてから、おずおずと端末を受け取った。
「あ、ありがと……」
「もう歌うの? 何かスナックでも頼んでのんびりするのもいいけど」
「ここカラオケだよムカイ! せっかく来たんだから歌わなきゃ損だよ!」
高らかに語ってマイクを手に取る空那。
それから思い出したかのようにデンモクを操作しつつ、
「という訳で、交互に入れる? それとも好きなタイミングでやってく?」
「う~ん、何曲か入れちゃっていいよ。僕は少し休みたいし。それに……空那がこの数週間でどこまで上手くなったのかも知りたいからね」
「あ、ひょっとしてそのためにカラオケ入ったの!?」
「ふっふっふ、まんまとひっかかったね空那」
……ホントはモノのついでなんだけど。
しかし、レッスンの成果がどうなっているか気になるのは本当だ。
いきなり『本題』から入るのは流石にまだ早いし、ワンクッションとしての話題にはちょうどいいだろう。
「でも、練習してる描き下ろしの曲はカラオケにないよ?」
「むしろ入っていたら驚きだよ。それは本番の時までとっておくから、今日は歌声だけでもってね。空那の歌いたい曲を聞かせてよ」
「いいよ~私の特訓の成果、そのハジメテをムカイにあげるね?」
「わざわざ紛らわしい言い方にしないで!」
アハハッと軽やかに笑いながら空那は曲の入力を終えた。
BGM代わりに流れていた宣伝映像が終わり、部屋の中を一瞬の静寂が支配する。そしてすぐにディスプレイの映像が切り替わり、空那の入れた曲が始まった。
……あれ、これって。
聞き覚えのあるポップ調のメロディ。いったいどんな曲を入れるのかと思ったら、僕らが小さい頃に一緒に見ていたアニメのオープニングテーマだった。
「最近人気のより、ムカイも知ってる曲の方がいいでしょ?」
「……一応、最近の流行もある程度は知ってるよ」
「じゃ、次はソッチ系でやってみよっか」
言いながら、空那は片手間に何曲か予約を入れる。
この曲のイントロは少し長い。歌い出しまでのその時間を使って空那は曲の入力を終わらせ、マイクを持ってソファから立ち上がる。
同時に、彼女の纏う空気が一変した。