第3話 幼馴染ギャルは心臓に悪い
荻篠空那。
彼女はリュートの妹で、彼と同じく僕の幼馴染である女の子だ。
リュートと違って進学した高校が別々だったこともあって現在は疎遠になっていたんだけど、まさかこんな形で再会するとは夢にも思わなかった。
昔は僕と、僕の姉さん。そして空那とリュートの4人でよく遊んでいた。とりわけ空那は活発なタイプで、何かにつけては色々な事に自分から首を突っ込み、他の僕ら3人(同い年であった僕は特に)を巻き込んでは先生や親に全員で怒られたりしたものだ。
でも、それがまさか……
「ねえ。リュート」
「どうかしたのか兄弟?」
「僕さ、イデアのキャラクターも考えて『魂』には真面目な感じの、おしとやかとかそういう言葉が似合うタイプの人を呼んでほしいって言ってたと思うんだけど」
「ああ。確かに聞いたぜ」
頷くリュートを一瞥してから、僕は視線を彼から移す。
喫茶店から場所を変えて、そこから駅一つ隣の住宅地にある一軒家――僕の家にある撮影スタジオだ。両親と姉が海外での仕事のために家を開けているのをいいことに半分物置となっていた空部屋を改造して作った場所である。
……当初の予定ではまず喫茶店でリュートが見つけた『魂』候補者の人となりを知ってから後日改めて招くつもりだったのだが、まあ、そこは幼馴染ということでそのまま連れてきたという訳だ。疎遠になる前は何度も連れてきたことあるし。
僕が視線を向けた先、八畳ある室内の半分を占める撮影スペースでは件の空那が四隅に設置したモーションキャプチャ用のカメラを興味深げに凝視していた。「はぁ~」とか「ほえ~」とか不思議な声を挙げる彼女から再びリュートへ視線を戻し、僕は問うた。
「アレはどういうこと?」
「ギャルだな。イデアの『魂』候補だ」
そう。よりにもよって、ギャルとなった空那がイデアの『魂』候補なのだ。
一般的に『陽キャ』『リア充』なんて呼ばれる種族の代表格。
今ある青春をめいっぱいに楽しむ――少なくとも、僕みたいなタイプとは対極にいる生き物だ。
まさか幼馴染である空那が髪までブロンドに染めて立派に高校デビューを果たしていたのには驚いたが、まあ兄があのリュートだ。なのでそこはいい。
僕が言葉を続けるよりも早く、彼は「あ~」とわざとらしく頭をかいてから、
「確かにオメーの言った要望とは違う。だが、オレは一言たりとも要望通りの子を見つけたとは言ってねーし、何より……オメーのメッセが来たのはド深夜だぜ? 一日も経たずにそんな都合のいい子が見つかるはずねーだろーが」
「うぐ」
「それに、あながち的外れってわけでもねーだろ? お前のイデアは『皆を照らす夢と希望の一番星』がイメージだってんなら、ギャルってのはあながち間違いじゃねーはずだ」
「……まあ、確かに。言われてみればそうなんだけど……」
「ムカイに兄さんも何話してるのー?」
リュートと2人でひそひそと話していると、空那の声が僕らに向けられてきた。
どうやら一通り部屋の観察に満足したらしい。こちらへ戻ってくる空那へ、リュートが茶々を入れる口調で応じた。
「ムカイの奴がお前のこと見違えるように可愛くなったってよ」
「へ? 別にそんな話して――」
「ホントッ!?」
リュートのウソだよ!
とっさに訂正するよりも早く、目を輝かせた空那が僕に抱きつ――ぇ。
「えへへ~。実は今日のメイクは気合入れてたんだよね! コロンもちょっといいモノを使ってみたんだぁ! どうムカイ? 嬉しい?」
だ、だ……抱きついて来たぁッ!?
あまりにも予想外の行動に思考がショートする。しかし、僕に押し付けられてむにゅんと形を変える空那の胸の感触は確かに伝わってきて、その上で空那の身体からシトラス系の香りが鼻孔をくすぐるせいで頭がクラクラしてきた。
「……い、いきなり抱き付くのは、やめて……」
「アハハッ、ムカイってばガチガチじゃん! 昔は一緒にお風呂に入ったりしてたんだしさ、今更そこまで恥ずかしがることなくない?」
「昔と今じゃ色々違うよ……」
言いながら、どうにかして空那を引き剥がす。
空那は物足りなさそうに「むぅ~」とうなるが、これ以上は流石に僕の心臓が持ちそうにない。僕はリュートのようなチャラ男と違って女の子への耐性なんかないのだ。
僕がゼーゼーと呼吸を整えていると、空那がこちらをじっと見つめてきた。
「色々違うって言ってもさ~ムカイは見たカンジあんま変わってないよね。身長だって私とあんまり変わらないし。童顔で線細いから女の子に見えちゃいそう」
「失礼な。ちゃんと伸びてるよ……一センチくらい」
「平均よりは小さいのは事実だがな」
ぐ、ぐぬぬ……リュートは小さい頃から背が高かったからっていい気になって!
今に見ているといいさ! 僕はまだ成長期が終わっていないだけだ!
すぐにリュートくらいの身長になって――
「叶いもしねーこと考えてねーで、さっさと本題入ろうぜムカイ」
「……なんでそんなことが分かるのさ」
「ふっ、そりゃあイケメンの俺サマに対する羨望の眼差しが――」
「じゃ、本題に入ろっか。空那」
「そだねー」
「おい! 渾身のイケメンジョークをスルーしてんじゃねーッ!」