29話 初デートの朝になんで相手の兄が来るの
「グッモーニン、兄弟ッ!」
「…………なんなの、こんな朝早くから?」
翌朝。僕を起こしたのはアラームではなく、玄関から鳴り響くチャイムの音であった。
小鳥のさえずりが聞こえてきそうなほどの早朝。玄関を開けた先で仁王立ちしていた俺サマ系イケメンフェイスをまじまじと見つめてから、僕はげんなりと肩を落とした。
対するイケメン――リュートは、寝間着姿の僕をジト目で見て「やっぱりまだ寝ていやがったか」と言いたげに苦笑しながら肩をすくめた。
「んだよつれねぇな。せっかく人が朝飯も食わずに遊びに来たのによ~?」
「朝ごはんをたかりに来た、でしょ?」
まったくもう、と嘆息する。
リュートが何の前触れもなく押しかけてくるのは昔からよくあったこどだ。けど、よりによって今日かぁ。
「朝ごはんは別にいいけど、今日は予定あるからあまり遊べないよ?」
「予定? ……へぇ」
首をかしげるリュートの口元がニヤリとつり上がる。
「ひょっとして、そいつはデートの約束か?」
「なッ、なんで知ってるのさ?」
「やっぱりそうだったか」
「……カマかけたね」
「隠すつもりならもっとそれっぽく振るまえっての。バレバレだぜ?」
「じゃあそう言うことだから。遊ぶのはまた今度ね」
「まーまーまーまー」
閉めようとした扉にリュートの足が差し込まれた。
キミは悪徳な訪問業者か。
「白状すると昨日空那の奴とやり取りしてたみてーだからもしやと思っただけだぜ」
「……それで? からかいに来たってワケ?」
「なわけねぇだろ。俺だってそこまで暇じゃねぇ」
「じゃあ何しにきたのさ?」
「何って決まってんだろ」
げじげじと差し込まれた足を蹴る僕をはねのけるようにして押し入ってきたリュートが持ってきたスーツケースをこれ見よがしに叩く。
「レクチャーだ。人生初デートのオメェに兄貴分として――」
「いらない」
「かてーこと言うなよな。人生初を否定できなかった時点で、おおかた大したプランも練れちゃいねーんだろ? それとも今日のプランはお決まりで? 待ち合わせは? ランチの場所は? 何より今日着ていく服も真面目に考えちゃいねーだろ」
「うぐッ……」
図星だった。
突発的な提案だったから、というよりデートプランなんてそもそも最初から想定すらしていなかったのだ。
だって相手は幼馴染の空那。デートなんて言っても、遊びに行く延長としか考えていなかった。……まあ、仮に考えていたとしてもリュート相手じゃダメ出しされるだけだったんだろうけど。普段は受け身のクセにこう言うのはマメだから。
「くっくっく。この俺に感付かれたことが運の尽きだと思いな。悪ぃが、俺の目が黒いウチは美女の隣にダセー男なんざつかせたりはさせねぇぜ」
「自分の妹を美人って言う?」
「じゃ、オメェの目からは美人に見えねぇと?」
いや確かにカワイイけどさ……
この調子だと、おそらく空那の方にも一枚噛んでいるのだろう。
リュートは自分の仕事に絶対の自信を持っている。リュートが自分の妹を「美人」だなんて形容することが何よりの証拠。何を企んでいるのかは知らないが、本気でお膳立てをするつもりらしい。
「とにかくだ。俺のダチが、んなダセー真似なんぞしていいはずがねぇ。俺が身支度からデートプランまでキッチリ教え込んでやるよ。なあに安心しやがれ、俺の手にかかりゃあ空那の奴なんざ絶ちょ――イチコロだぜ」
「リュート。キミは自分の妹をなんだと思ってるのさ?」
「ハッ、アイツをどっか二人きりになれそーな場所に連れ込もうと企んでいやがるオメェが、んなこと言えんのかよ?」
たまらずリュートの方を見た。
先ほどまでの悪乗り満載の顔から一転、僕を見定めるような視線でこちらを見つめているリュート。いつもの人を挑発するような笑みは消え失せ、その鋭い切れ長の瞳がまっすぐに僕の姿を映していた。
……気付いていたんだ。
いや違う。リュートはずっと僕が踏み込んでくることを警戒していた。
彼が空那を「イデアの魂候補」として連れてきた日も、どことなく核心をはぐらかすような言動をしていた。リュートが僕に何かを知られることを恐れているのは確実だ。
そして、それはおそらく――空那に関すること。
グッと生唾を飲み下して僕はリュートを見つめ返す。対してリュートは、しばらくの間じっと僕を見つめた後「はあ~」と大きなため息を吐いてから、
「ま、馬に蹴り殺されるような野暮な真似はしねぇよ。あんまがっつき過ぎて、空那の奴にドン引かれるようなアホなことにはなるんじゃねーぞー?」
いつもの調子に戻っていた。
思わず「えっ」と声が出てしまう。拍子抜けの気分だ。
てっきり釘を刺しに来たのかと勘ぐっていたのだが、当のリュートは何故かジト目で僕の顔をのぞき込んでいた。
「なんだよ……マジでヤることヤっちまうつもりだったか……」
「そ、そんなワケないだろ! キミじゃないんだから!」
「冗談だ。おら、さっさとメシ食って準備するぞー」
ケラケラと笑いながら、リュートはさっさと玄関を上がってしまう。
な、なんだったのさ、いったい……
リュートの意図が分からなさすぎる。いや、これまでのらりくらりと世渡りをしてきた彼の目論見を看破できたことなんでほとんどないんだけど。
でも、まあ……僕にデートのレクチャーをしようと言うのは本当だろう。リュートの持つスーツケースにはどうやら衣服なども詰め込まれているらしく、ギリギリまで詰めたせいなのかチラリとパステルカラーの布地が――
「ん?」
パステルカラー?
思わず凝視する。はみ出しているのは確かに服の一部、妙にヒラヒラとした感じのする薄手の布だ。男物と言われればそれまでだけど、僕はそれを見て強烈に嫌な予感がした。
「ねえ、リュート」
「どうした?」
「リュート、さっき僕が着ていく服もレクチャーするって言ってた?」
「ああ。言ってたな」
何を当然のことを、とリュートが頷く。
……リュートが、僕の服を?
リュートはスタイリストだ。イケメンゆえに女性経験が豊富な上に、スタイリストとしての彼の仕事は正確無比と言っても過言じゃない。僕もよく助けになって貰っている。
ただし、その仕事は――女性専門の、である。
「どぉこに逃げようってんだよ兄弟?」
「は、放すんだリュート! そんなことしちゃいけない!」
僕はすぐに逃げ出そうとするが、ガシっとリュートに肩を掴まれてしまう。
「ケッケッケ……家ン中に入っちまえばこっちのモンだぜ。観念しやがれよムカイ、この俺がしっかりとオメェを磨き上げてやるよ」
「早まるなリュート! 僕はれっきとした男だ! そしてキミは女性専門のスタイリスト! いくら経験豊富だからって僕の服を決めるのなんて不可能じゃないか!」
「安心しろよ兄妹」
「今イントネーションが変だった!」
「言っとくが、俺は別に女性専門って訳じゃねーぞ?」
え、と思わずリュートの顔を見る。
リュートは自信満々の顔で胸を張った。
「男だろうが何だろうが、ちゃんと美人に仕上げてやるぜ」
「なおさらだ! 僕にその手の趣味はない!」
「最初はテメェでイデアに成ろうとしていたクセに」
「バ美肉と女装は別ジャンルじゃないかな!?」
「なんでもいいっつの。時間は有限だ。そら、さっさと始めんぞ」
「あ、ちょッ――い、いやああああぁぁぁぁああぁぁ!?」