24話 先輩Vからのお誘い
「ねえ達間、ちょっといいかしら?」
空那と咲夏の2人がかりで散々イジりまわされた後。
着替えに行った2人と別れてスタジオの片づけを手伝っていると、先に着替えを終えた咲夏に呼び出された。
咲夏と共に片付け中にスタジオを抜け出し、階段近くの休憩スペースへ移動する。
ちなみに空那は不在だ。着替えついでにメイクを直しているらしい。
「空那は一緒じゃなくてよかったの?」
「あの子とは着替えの時に話したわ。アンタにも直接言っておこうと思って呼んだの」
僕に直接言っておくこと?
わざわざ2人きりになって?
いったい何を言われるのやら。まさか配信中の事を言いに来たのだろうか。
僕が首をかしげるや否や、咲夏は唐突に僕の正面に向き直り、
「ごめんなさい」
まっすぐ頭を下げてきた。
「……謝られることをされた憶えはないよ」
「配信前のこと。アナタたちを傷つけるような事を言ったわ。発破をかけるつもりで厳しく言ったけど、謝罪の一つもせずに許されるようなものじゃないわ」
……まったく、生真面目だなぁ。
でも、これこそが咲夏の美徳であり――正義イノリの魅力でもあるのだ。
真面目だからこそ、こうしてVドルとしての活動を続け、外面的にはほとんど無関係であるイデアと空那の心配もしてくれる。闇之チカの一件があった後もこうしてVドルであり続けているからこそ、大勢のファンを惹きつけているのだろう。
「空那にも言ったってことは、もう許してもらったんでしょ? なら僕が委員長を許さない理由はないよ。それに、やるべきことはもうやったしね」
「やるべきこと?」
「僕のイデアは、キミのイノリにも負けていなかっただろう?」
ハッとした顔で咲夏が僕を見てくる。
心当たりはあるはずだ。ないだなんて言わせない。
キミはイデアと共演して、彼女の全力を目の当たりにした。それでキミは、こうして謝りにきたはずだ。
「だから、この話はもうおしまい。僕らはキミにイデアを認めさせることができた。それが達成できたなら、僕らはもう十分さ」
「……空那と同じようなこと言うのね。なら、お言葉に甘えさせてもらうわ」
言いながら、咲夏は頭を上げて再び僕を見据えた。
「アンタには訊きたいこともあったし」
「僕に訊きたいこと?」
「あの子の事よ」
……空那についてか。
わざわざこうして空那のいないところに呼び出してきたことを見るに、どうやらあまり本人に聞かれたくない話題のようだ。真面目な咲夏のことだ、おおかた「ゲーム配信の準備は順調か」とか「契約内容とかちゃんとしてのか」とかだろうか。
なんてたかをくくる僕に咲夏が告げたのは、思ってもみない問いかけであった。
「あの子って、ホントにギャルなの?」
「…………どういうこと、それ?」
「いや、その……初めて会った時からずっと気になってたのよ。あの子ってホントに最初からギャルだったのよね? あの配信事故から急きょ路線変更して、イデアの役作りのために現実でもギャルやってるとかじゃなくて」
「うん。ポロっと素が出ちゃったから空那らしいイデアをやってもらおうって」
昔の空那はともかく、今の空那がギャルなのは一目瞭然。まだ再会してから日は浅いけど、今の空那をギャルじゃなかったらいったい何がギャルなのか教えてほしいくらいだ。
僕が答えると、咲夏は「そう……」と言って考えるように顎に手を置いた。
「いったい何が気になるのさ?」
「う~ん、気になるっていうか」
彼女自身でも自分が言っていることに確信が持てていないのだろう。咲夏は唇をすぼめて「ムムム」とひとしきり唸ってから言葉を続けた。
「イデア――空那が、あんまりギャルっぽくないなって」
「……ギャルっぽくない?」
「格好のことじゃないわ。なんていうか、そうね……あの子の纏っている空気が、ギャルとは違うような気がするのよ。ホラ、ウチのクラスにもギャルは何人かいるじゃない?」
「え、いたっけそんな人たち?」
「いるのよ……とにかく、学級委員としてそんなタイプの子ともやり取りすることがあるんだけど、なんというか……彼女たちとあの子はなんとなく違う感じがするの」
「違うって、タイプが違うだけじゃない? ホラ、ギャルにも種類があるらしいし」
「確かにそうなんだけど……」
煮え切らないような口ぶりで言葉を濁す咲夏。
しかし、その続きが口にされることはなく、やがて彼女は嘆息と共に肩をすくめた。
「ま、アンタが知らないって言うならこれ以上アンタを問い詰めても仕方がないわね。悪かったわね達間。いきなり変な事を聞いちゃったみたい」
「いいよ。委員長がいきなりなのはいつものことだし」
「その評価は腑に落ちないんだけど」
不満そうに唇を尖らせる咲夏。それから思い出したように再び僕に向き直った。
「あ、そうそう達間。アンタたちって、どこかの事務所に所属する予定ってあるの?」
「……またいきなりだね。ヘッドハンティングでもするつもりなの?」
「アタシの一存じゃ決められないわよ。でも、そうね……悪くない案だわ。もしもアンタたちが本気でウチに入りたいって言うなら、アタシから口添えしてあげてもいいわよ?」
イタズラっぽくウインクしながら言う咲夏。
冗談めかしたような口ぶりだが、こちらを見る咲夏の瞳には本気の色が映っている。
「言っとくけど、断ったからってアタシたちの関係がおしまいってことにはならないわよ? ただ同じハコならあの子とも一緒に頑張れると思ったんだけど……どうかしら?」
たぶん、ここで僕が頷けば本当に実行するつもりなのだろう。
悪くない、いや、とても魅力的な提案だ。
彼女が属するのは業界最大手のハコライブである。その知名度は語るまでもなく、イデアにとってまたとない躍進のチャンスだ。
もちろん空那自身がどうするか次第ではあるし、所属するとなるとそれに応じたリスクだってある。それに、僕自身の野望にとってそれが最善かどうか――
「正式な返事は空那にも話してからになるから覆るかもしれないけど……ごめん」
長い熟考を経て、僕は答えた。
「僕としては、その提案は受けられない」
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