第22話 『罰ゲーム♪』
『ぴぎゃああああぁぁあぁあぁあぁああぁぁぁああぁぁッッッ!?』
……モノの見事な即落ち二コマだなぁ。
ちなみにこれ、イノリがゲームを開始してすぐの悲鳴である。
VR用の機器を装着しただけでビビり、ゲームのスタート画面で腰が引け、挙句の果ての現状だった。
完全に及び腰になったままガクガクと震えている咲夏。その震えすらモーションキャプチャが読み取って画面の向こうにいるイノリに反映されているのは素直に驚きだけど、スタート直後でこれって……いくらなんでもビビりすぎでは?
『ぴにゃあぁぁッ出たあああぁぁッッ!?』
全く実況せずに最短で攻略しようとしてるみたいだけど、目に入るもの全てにビビっている状態では逆に遅々として進んでいない。それどころか、再びゲームに驚いては操作を投げだして近くに控えていたイデアにひしと抱きついてしまう始末だった。
『ねえ今! 今ゾンビがッ、ゾンビが床ににに――』
『あぁ~うん。出てた出てた』
『アンタリアクション薄すぎない!? ゾンビよッ? ゾンビが床を這いずりながらアタシに近づいて来たのよ? にゃんでしょこまでおちちゅけてぇりゅのよぉおおお――』
……そりゃあヒトの分までしっかり驚いてくれる人がいるからね。
用意されたホラゲーはどうやら不気味な雰囲気を味あわせるというよりは直接的に脅かしてくるタイプのもので、僕も正直言って怖くてプレイしたくないタイプだ。
「腰が抜けてるのが丸わかり」「パニック起こしてない?」「ンンン、心地の良いジャス虐ですぞ」「ビビりまくりで草」「今なら後ろから驚かすだけで漏らしそう」
『今おどかしたら漏らしちゃいそうだね』
『みょっ!? も、みょも漏りゃしゅわけにゃないじゃないッ!』
しかし、イノリのリアクションがあまりにも大仰過ぎてそちらに注目してしまうせいで逆に見てるこちらは一周回って冷静になってしまうのである。コメント欄の反応もどうやら僕と同じのようで、ゲームの演出よりもイノリへの反応ばかりコメントされていた。
空那は空那で、抱きついて来た咲夏を無情にも引き剥がしつつ、彼女が周囲の機材などにぶつかったりしないように注意しつつ配信の進行を受け持っている状態だ。
『ねええぇ! ねえぇ大丈夫!? この扉開けたらまた変なの出ない!?』
『あ~うん。大丈夫ダイジョウブ』
ガチャ(プレイヤーが扉を開ける音)
ウバア(ショッキングなゾンビの顔がこんにちわする音)
『ぴぎゃあああぁぁあああうそつきいぃぃぃいいいいぃぃッッ!?』
……進行というか、だいぶアバウトにゲームを進めさせているだけみたいだけど。
ゲーム画面いっぱいにショッキングなゾンビフェイスが現れたショックでパタンと床に倒れるイノリ。イデアはその際にめくれそうになったイノリのスカートの中を絶妙に隠す位置に立って彼女を立ち上がらせる。
『ほら、イノリ。もうちょっとで終わりなんだからがんばって!』
『ぴええええぇ~もう無理~』
『正義のヒロインが怯えてどーすんのさ!』
『……ッ、そ、そうよ! アタシはVドル、正義のヒロイン……ヒロイン……ぴえぇ』
流石はVドルというべきか、イデアの励ましもあってイノリはガクガクと足を震えさせながらも、歯を食いしばって再びゲームへと向き合った。
念じるように呟きながらゲームを進めるイノリを僕やリスナーたちが見守る中、イデアは何故かそんな彼女からそっと離れ――不意に、明後日の方向へ手招きの仕草をした。
「……え?」
……というか、僕に向けられていた。
現実で空那が僕の方へ手招きしていたのだ。その顔にはイデアに反映されない絶妙なラインで悪いことを思いついたような表情をしている。
口パクで「こっち来て」と言ってるけど……いやいや、配信に姿が見えないからって流石にそれはまずいでしょ。
僕が隣の鈴鉢さんへ視線を向けると、彼女はけろっとした顔で、
「いいんじゃないですか?」
「ええぇ……」
いいんですか。
「まあ、ちょっとしたイタズラでも思いついたんでしょうし。アドリブというのは大切ですからね。声だけはマイクに乗らないように注意すれば大丈夫でしょう」
画面の向こうではイデアの手招きの動作が僕を急かすように大きくなっている。
たぶん、僕が断っても無理矢理引っ張って行きそうだ。
……仕方がない、か。
観念するようにため息を吐き、僕は意を決して撮影スペースへ足を踏み入れた。
複数のカメラがいっせいに僕の方を注目するかのような感覚。だが、それはただの錯覚だ。モーションキャプチャのセンサーを着けていない僕の動きをカメラが読み取ることはないし、反映するモデルもないので僕がイデアたちのステージに映ることはない。
もちろん、ゲームに集中している咲夏も僕の存在に気付かない。
けれど、空那――イデアの仕草でリスナー側には僕の存在を察知されてしまっていた。
「おや?」「誰か出てきた?」「イデアが呼んだぞ」「誰だ?」「ドッキリ企画でもするつもりか?」「音量注意かも」「よっしゃスピーカーにして音量最大だZE!」「やめて」
『イデアッ? ちょっとイデア!? どこ行ったのよ!? アタシを一人にしないでっ!』
『はいは~い。でも一人でやんないと罰ゲームにならないじゃん?』
キャンキャン騒ぐ咲夏をなだめつつ、空那はジェスチャーで僕に指示を出してくる。
……後ろから、肩をつかんで、脅かす? ねぇ……
大声などで脅かせない以上、やれるのは直接触ったりするしかないのは分かるんだけどさぁ……僕にやらせるのそれ? まあ、ここまで来た以上は後戻りはできないけど。
視聴者が僕だって知ったら炎上するかなぁ、発案はイデアなんだけどなぁ……
『おにー! あくまー! 希望イデアーッ!』
『そんな人でなしみたいに言わないでよ~傷つくなぁ~』
……人でなしみたいなイタズラ思いついてるのにね。
なんて考えながら、僕はぬき足さし足でそーっとイノリへ近づく。足音をひそめている上に、イノリは現在進行形でゲームに夢中だ。接近する僕に気付く様子はない。配置についた僕を確認したイデアがニヤリと悪い笑みを浮かべた。
『そんなこと言う子は……』
『……な、なによ?』
『ゾンビが、こっちに来ちゃうかもよ?』
今だッ!
僕は咲夏の背中に目がけて――ズルッ。
足を滑らせた。
慣れない歩き方をしたせいで足がもつれ、自分の足で躓いたのだ。そのことに気付いた時にはもう立て直しはできず、僕はとっさに「手近で掴めそうなもの」に手を伸ばし、
むにゅん。
『あ』
『――――ッ』
何か、柔らかいものを掴んだ。
手近なものに抱きついて転ぶのを免れた形だ。ちょうど腕をまわした先にあったその柔らかいものは底の浅いお椀型をしていて、掌にフィットするような絶妙なサイズはとても触っていて感触がよく、掴みどころとしては申し分のない場所であった。
……ただし。
それが咲夏の胸でなければ、だけど。
『ひゃ、あ……ああ――ッ』
……ああ、うん。
死んだね。
色んな意味で。
『キャアアアアアアァァアァアアアアアァァッッッ!?』
生配信中ということで言い訳も謝罪も口に出すことはできず、僕はただとにかく声を出すまいと口を閉ざしたまま。
イノリ――咲夏の繰り出した後ろ回し蹴りを最後に、初コラボ配信の記憶は僕の意識と共に強制的に刈り取られることで幕引きとなった。