第21話 覚悟と決着
これ委員長が聞いてたの!?
ハッ、そうだ、鈴鉢さんの着けているインカムだ!
わざわざ密着していたのは自分の趣味でも小声で話をするためでもなくて、僕の声をインカムに乗せるため……ッ!
「ご安心ください。イデアさんには聞こえないようにしているので」
「そうですか……いやそうじゃなくて!」
まさか聞いていたとは思わなかった……いや、別に聞かれて困ることはないけどさ。
しかし、僕の答えが咲夏の満足いくものかどうかは分からない。僕がおそるおそる咲夏の方を見ると、彼女は別のスタッフさんへ目配せをしてから小さく唇を動かす。
「及第点。今日はソレを信じたげる」
配信に乗っていない、インカム越しで僕だけに告げられた咲夏の言葉。
言葉はそれっきり。咲夏はすぐに配信へ戻してしまった。
僕と鈴鉢さんの距離が異様に近いことに関して何か言いたげな様子だったけど、勝負も佳境だったこともあって後回しにされたみたいだ。できるなら鈴鉢さんをなんとかしてほしかったな。
……ていうかこの人。話が終わったのに僕を放そうとしないんだけど。
「ごめんなさいムカイ先生。いきなりこんな話をしてしまって」
「いえ、むしろ身が引き締まりました」
「そう言ってくれると嬉しいです。そうだ、せっかくですし今後の対策のアドバイスも兼ねてこの後二人っきりで食事にでもどうでしょう? 実は近くのホテルのレストランを――」
「あ、向こうも決着がついたようですよ」
さりげなく毒牙を垣間見せてきた鈴鉢さんからするりと脱出して、僕は逃げるように配信画面の方へ視線を戻した。
『か、勝った……?』
『……負け、たわ』
ステージの方ではちょうど最後の一セットが終わった所だった。
結果は、僅差でイデアの勝利。ババンと表示された勝敗画面にコメントたちが湧き上がり、それを見たイデアが興奮気味に声を上げた。
『やったぁ~ッ! ってか点差ヤバくない!? まさかまさかの一点差ジャン! ましてお互いに一回ずつパーフェクト出してるし! こんな接戦あるの!?』
『ぐぬぬ……二セット目の時点ではアタシが勝ってたのにッ! く~や~し~い~!』
「いやフツーにスゲーよ!」「ジャス子もよく頑張ったよ!」「さすがVドル!」「リズム感は流石のVドルか」「二人ともすごくかわいかった!」
『グス、みんな……でも、一番はここにいる希望イデアよ! アタシのチャンネルというアウィの環境でよくやったわ! それでこそアタシのライバルね!』
『え、えへへ……そう褒められると照れちゃうな』
ゲーム画面がフェードアウトし、元のステージに戻ったイデアが照れくさそうにポリポリと頬をかく。続けてゲームの感想を言おうとしたが、それを遮るようにしてイノリがカメラへ目線を向けてポーズを決めた。
『みんな、今日の配信はどうだったかしら? まだ希望イデアのチャンネルではゲーム実況をしていないようだけど、これから挑戦していくつもりだそうよ! アタシのリスナーのみんなも、要チェックよ!』
「え、今日は公認で浮気していいんですか!?」「やったぜ」「あれ終わり?」「ボクラミンナジャスコガサイオシ」「2次会会場は向こうかな?」「先に行ってるぜ!」
『ただし! 最推しはちゃんとアタシ一人にしておくこと! 浮気なんかしたら許さないんだから! それだけはちゃあ~んと憶えておきなさい!』
ちらりとイノリが音響スタッフへと目配せをし、BGMが切り替わった。
イノリの配信の終わり際に流れるものだ。イデアが小首をかしげているのを黙殺するようにして、イノリが強引に締めの言葉を告げる。
『それでは、正義イノリVS希望イデア、初コラボ対決はこれにて――』
『あれ、罰ゲームは?』
BGMが止まった。
ピシリ、と凍りついたように動きを止めるイノリ。
一瞬だけ時が静止したかのような空気の中でイデアだけが「ありゃりゃ、私なんかやっちゃった?」とばかりに小首をかしげながら固まったイノリの顔を覗き込んでいだ。
『負けた方が罰ゲームとしてVRホラゲーの実況するんじゃなかったけ? あ、もしかして皆が言ってるみたいに別枠でやるつもりだったのかな?』
『……………………』
プルプルと震えながら硬直するイノリ。
しかし、それは画面の向こう側でのことだ。現実での咲夏は冷や汗をだらだらと流しながら、視線が明後日の方向に泳いでいた。
『けど、変だなぁ~? それにしては時間が余ってるよね? さっきは泣きべそかくほど気にしてたクセに、ホントは時間ギリギリだったりしたんだっけ?』
「そうだそうだー」「VRホラゲーから逃げるな」「罰ゲーム」「罰ゲーム」「ジャス子の上質な悲鳴が聞きたいんじゃー」「正義のヒロインが逃げるんディスカァ?」
問い詰めるイデアに呼応してコメントたちからも「ホラゲーコール」が湧き上がる。
引くに引けない、退路を断たれたような雰囲気。
ここまで振られてしまえば、もうイノリに残された選択肢は一つしかないだろう。数秒間に渡る葛藤らしき沈黙の末、彼女はヤケっぱちとばかりに『うがーッ!』と両手を突き上げて叫んだ。
『ああもう、やるわ! やるわよ! やりゃあいいんでしょ!?』
『えぇ~、怖いから逃げようとしてたんじゃないの?』
『そ、そそそんなはずないわよ! ちょっとだけ段取りを忘れてただけよ! 決して、全く、これっぽちも、怖いから逃げたかったワケじゃないんだからね!?』
「丁寧な前フリで草」「本心バレバレで草」「これはイジり甲斐のあるいいツンデレ」「正義のヒロインが目の前の恐怖から逃げていいワケねぇよなぁ?」
盛り上がるコメントたちは黙殺し、イノリが高らかに告げる。
『フ、フフン! アタシはVドル、正義イノリよ! 悪を正す正義のヒロインであるこのアタシが、たかだかVRホラゲーに後れをとることなんて――』