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第2話 清楚系Vドルの魂はイマドキギャル!?

 3Dモデルで活動するVドルであるが、当然、その向こうには現実に生きる人がいる。


 Vドルにおける『魂』なんて呼ばれる、要は中の人だ。

 ファンの間では「Vドルに中の人など存在しない!」とはよく言われるが、実際にVドルをデビューさせるとなればその存在を無視することはできない。


 僕が自分で『魂』をやれたらよかったのだが、僕自身に『彼女』に成りえるほどの演技力がないことは分かっている。


 ゆえに、残された選択肢は限られたものとなり――


「で、やっぱりダメだったーってワケね」

「……その通りでございます」


 平日の昼下がり。学校の帰り道沿いにある喫茶店。


 手ごろな価格のメニューが学生に人気の店で、落ち着きのある小洒落た雰囲気の店内は学生たちでにぎわっている。そんな中、僕は同世代の彼らから離れた奥側のテーブル席に座り、対面の相手へ頭を下げていた。


「ま、演技力皆無で嘘すら吐くのが苦手なムカイのことだ。どーせ自分でやった演技のヘタクソさに絶望したんだろ。で、仕事以外で頼れる伝手がオレしかいないからこうして泣きついてきたって所か。そうだろ?」

「うぐ。それは、そうだけど……」

「最初から言ったじゃねーか。テメーでイデアの『魂』をやるのは無理だって」


 からかい半分に言いながら子供っぽくメロンソーダのストローをくわえているのは、僕と同じ制服を着た男子生徒だ。

 つけ加えるなら、僕のいっこ上の学年であることを示す3年生用の赤いネクタイを着けた――イケメンである。


 ブロンドに仕上げた髪をきっちりセットし、キリリとした顔には不敵な笑みが浮かんでいる。元の素材に加え、几帳面に軽いメイクも施しているのだろう。メロンソーダに浮かぶアイスを食べる姿でさえサマになるほどの美男子だった。


「ったく、相変わらず自分のやりたいことのスケジュール管理はガバガバだな。オレが幼馴染やってなきゃいったいどーしてたんだよ?」

「アハハ……リュートが幼馴染でよかったよ」


 このイケメンの名前は荻篠おぎしの竜人たつひと

 リュートというのは僕が呼んでる愛称で、彼が「ryuTo」という名義のスタイリストとして活躍しているからだ。


 イケメンのスタイリストとしてメディアの露出も多く、こうして目立たないように奥の方にあるテーブルに座っているというのに否応なく注目を集め――


「……わ、あれってもしかしてryuToじゃない?」

「うっそ、あんなイケメンって実在するんだ……てか一緒に座ってる子って誰なの? 男子にしては華奢なだし……まさか彼女に男子の制服着せてる? なんてプレイ?」

「いやフツーに男子でしょ。みんながみんなアンタみたいにお互いに女装男装して性別逆転プレイやるような高度なバカップルしてるわけじゃないって」


 ……いやそれはどんな趣味なの、って、違う違う。

 両親が共に役者として活躍していたという所謂2世タレント的な立場でもあるリュートを僕から呼び出した理由は、ただ一つ。いや、いつもなら普通に遊びに行ったりするのだが、今日に限っては事情が違う。


 もちろん、それはイデアのためだ。


「まったくよ~。いきなりなのはいつもの事だが、せめて時間は考えてくれっての。メッセが来たの深夜の2時だぞ? フツー寝てるっての」

「でも起きてたじゃないか」

「そりゃ……お楽しみの真っ最中だったからな」

「……今年で何人目、それ?」

「六人目。まあオメーのメッセが原因で他の子とのことがバレて速攻でフラれたけどな」

「ただの自業自得じゃん。てか知らない間に数増えてるし」


 ジト目と共に僕は呆れ混じりの嘆息をもらす。


「……ホント、いつか刺されてもおかしくないよ」

「オレに言い寄る勇気があるなら、オレに執着するよりも先に新しい相手が見つかるだろうさ。恋は人を綺麗にする。オレの野望は『世の人々を美しくすること』だ。今までの子たちはみんな綺麗になったし、きっといい相手が見つかるよ」

「いやフツーに失恋のダメージから勢いでとか……」

「……なかったわけじゃねーな」

「あったの!?」

「今その話はいいだろ……流石に思い出させねぇでくれ」


 言いながら、リュートはピンとスプーンを僕へ突きつけてくる。


「んなことよりも、だ。今日はオメーの話だろムカイ。デビュー配信一か月前になって今更『中の人』探しやらなきゃいけなくなったのはいったいどこのどいつが原因だ?」

「正確には3週間とちょっと……」

「細けーことはいい」


 アイスを一口頬張ってから、リュートは少しだけ真面目な顔つきになって続ける。


「……別に、商売やろーって訳じゃねーんだろ? なら『予定が変わった』とか言ってデビューを遅らせりゃいい。今になって『魂』探しなんざやってて間に合うわけねーぞ」


 反論の余地のない指摘を受けて、たまらず僕は押し黙った。

 リュートの指摘は全て正しい。

 すでにデビューの告知を出している現状で、今更こうしてイデアの『魂』を探しているなど前代未聞である。


 ……叶うなら、僕だって告知を出した当時の自分を殴りたいよ。


 しかし、デビューの告知はイデアの3Dモデルを完成させたと同時に、連日の徹夜でテンションがおかしくなった僕がすでに出してしまった。『延期すればいい』というリュートの意見はもっともだ。

 商売という訳でもなく、かつ準備が間に合わないと言うなら、無理をしてまで間に合わせる理由はない。

 デスマーチなんて仕事だけで十分だけど……


「ダメ。こういうものはスタートが大事だもん。スタートで躓くわけにはいかない」

「そのスタートラインに立つ時点で躓いてちゃワケねーがな」

「だから、こうしてリュートに頭を下げて頼ったんだ」


 僕はまっすぐにリュートを見つめる。

 やがて、折れたのはリュートの方だった。


「……ま、いつもみてーにデザインの相談じゃなかった時点である程度は察しがついていたがな。少しは感謝しろよ? 幼馴染の頼みじゃなけりゃあ、苦労してこんなに早く探し出すことなんてしなかったんだからな」

「うん。昨日の今日だから僕も驚いたよ」

「今日の今日なんだが」


 ジト目を向けてくるリュートの視線から逃れるように僕は自分のアイスコーヒーを一口飲む。

 少し時間が経っているせいか氷が解けて味が薄くなっていた。


「まさか、リュートがこんなに早く『魂』候補の人とアポイントを取ってくるとは思わなかったよ。ホントに……まさか約束の時間から20分も待たされるなんてさ」


 こんな小洒落た喫茶店にわざわざ男二人でたむろしているのは、ここでリュートが見つけてきたイデアの『魂』候補と顔合わせをするため。

 僕らはちょっと早く来てこうして他愛もない話を続けていたのだが……うわ、さらに5分も過ぎている。

 ホントに来るの? という疑心を込めた視線でリュートを見ると、リュートは残ったアイスを食べ終えてから肩をすくめてみせた。


「そうあせるなよ。もう少しだってさっきメッセに――お」


 スマホを取り出そうとしたリュートが不意に視線を余所へ向ける。

 僕もつられてその方を見る。ちょうど誰かが店に入ってきた所だった。


 この近辺ではあまり見ない、ブラウンのブレザーとチェック柄のプリーツスカートの制服を着た女の子だ。それもかなりカワイイ子で、ブロンドの髪をウェーブにし、メイクはナチュラル調。ネイルもバッチリ決まっている。

 素人の僕でも、リュートが思わず目を向けるのも頷けるほどだ。


 そりゃ分かるさ。確かにカワイイもん。うん、分かるよ。けど……


 あの子――ギャルだよ?


 …………いや。

 いやいやいや。


 流石にあの子はリュートが呼んだ『魂』候補じゃないって。


 どうせリュートのことだ。話の途中で偶然にもカワイイ子を見つけたからと、無意識に目で追ってしまったのだろう。スタイリストであるリュートの悪いクセである。


 彼女はきっと見ず知らずの一般ギャル。そうに違いない。決してリュートが呼んだイデアの『魂』候補ではない。そのはずだ。こうしている内にも件のギャルは待ち合わせ相手を見つけたのか、ブンブンと元気よく手を振りながらこっちに――


「……こっちに?」

「おっひさームカイッ!」


 しかもバッチリ僕の名前呼んでる!?


 陽だまりのような明るい声。

 聞き間違いを疑ったがもちろんそんなことはなく、ギャルはそのまま僕達のテーブルの前で立ち止まり、僕へ向けて明るい笑顔を向けてきた。


「中学卒業して以来だから1年ちょっとぶり? ちょっと背伸びた?」

「おせーぞ。いったいどこ寄り道してやがった?」

「なら最初から詳しい場所教えてよ! お店の名前しか教えてくれなかった兄さんが悪いんじゃん。おかげで十分くらいこの辺を歩いてたんだけど!」


 ……え? リュートのことを、兄さん?


「ま、まさか……!」

「どーだ、驚いたかよ?」


 唖然とする僕の言葉にリュートが不敵に笑う。

 間違いない。制服はおろか、髪やメイクで気付かなかったけど、よくよく見ると彼女の顔は確かに見たことがある。

 いや、むしろ、知らないはずがない。


「……空那あきな?」

「せいかーい!」


 指でブイサインを作り、ギャル――空那が肯定した。


「ムカイ、なんか……ブイドル? ってのをやるんでしょ? 兄さんに誘われて、私も協力しにきたよ! よろしくね?」

「ええええぇぇぇぇええぇぇぇえぇッッッ!?」

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