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第19話 コラボ配信 VS正義イノリ ③

 耳をつんざくほどの甲高い音の津波。

 泣き声というにはあまりにも特徴的で攻撃的な咲夏しょうかの音波攻撃を至近距離で喰らったせいで空那あきながクラクラと目を回している。……ちなみに、鈴鉢すずばちさんを含めた他のスタッフさんたちは全員耳を塞いでいた。事前に教えてよ!


『まけたぁーッ! 負けちゃったよーッ! せっかくいっぱいがんばって練習したのにー! リスナーのいびりにも耐えてきたのにーッ! ぴええぇッ!』

『え、え? あの、ちょ――』


「ああ泣いた」「い つ も の」「ジャス子ー泣かないでー」


 ペタリと座り込んだまま、わんわんと泣きわめくイノリ。やはりというか、ご丁寧に泣き顔の差分まで用意されている。

 音波攻撃から立ち直ったイデアがすぐにフォローを入れようとするが、突然の奇行すぎて困惑の表情が浮かんでいる。


 無理もない。なにせつい先ほどまで自信満々に先輩風を吹かせていた正義イノリが、突如としてまるで駄々っ子のように泣きだしたのだ。ほとんど放送事故である。


 ……ていうか、こういう可能性は事前に言ってほしかったっての。


 いや、これはおそらく狙って黙っていたのだろう。まあ咲夏本人は恥ずかしがって言わなかったのだろうけど、鈴鉢さんあたりから一言くらいあってもよかったはずだ。まさか咲夏がマジ泣きするなんて思ってもいなかったのは事実だけど、後でゼッタイ文句言う。


 未だに泣き続けたままのイノリ。インカムを使って空那に指示を出そうかと逡巡していると、それよりも早く彼女が動いた。

 いっこうに泣き止まないイノリに対し、イデアはもうお手上げとばかりに『うにゃあぁぁああっ!』と頭を抱え、


『んもーッ! どーしたら泣きやんでくれるのー!?』

『……勝ち星を2個くれたら』

『それはダメ』


 あ、意外に冷静だった。


 両手でバッテンを作って唇を尖らせるイデア。泣いているイノリを相手にずいぶんと辛辣な反応だが、別に勝ちに拘って拒否したわけじゃない。


 ……裏方こっちの様子に気付いてる。


 困惑しているのはイデアに反映される仕草や表情だけで、その瞳は落ち着きの色を保ったままスタッフさんたちの方を見ている。突然のことに対する驚きや困惑こそ少なからず残っているが、それでも配信の空気を持ち直そうと自ら動いているのだ。


「辛辣で草」「てかジャス子の要求ド直球すぎ笑」「ジャス子意地汚すぎだけどイデアもイデアでぐう畜で草原」「泣き落としが通じなくて大草原」「草生えすぎて芝になったわ」


初配信の時とは見違えるほどの冷静な対応。『希望イデア』としての成長を垣間見れたことに僕が少なからず感動している中、2人のやり取りを見守っているコメントたちも好意的な反応を示していた。やはり、この対応が正解だったようだ。


『ぴええッ、これじゃあ尺が余っちゃうよおおぉお~! 残り時間ずっと罰ゲームしても確実に余っちゃうよおぉおぉぉ~! ぴえええぇえぇ~!』

『マジ泣き中にメタ発言!? ボロ負けしたの自分なのに!?』

『ぴえええぇぇええぇえぇえぇえぇッッ!』

『……ううう、ああもう! だったらこれならどう!?』


 半ばやけくそ気味にイデアが提案する。


『特別ルール!』

『ぴえ……とくべつ?』

『そう! 最後のゲームに勝った方が、今回のコラボ対決の勝者! それと、さっきの2回は私が選んだから最後のはイノリちゃんが選んでいいよ!』


「はいお約束入りましたー」「ド定番だね」「大逆転のチャンス(仕込み)」「ここでジャス子は勝てるかな?」「流石に自分で選んだゲームなら……」「でもジャス子だからなぁ」


『……いいの?』

『もっちろん! Vドルに二言はないよ!』


 首をかしげるイノリに、イデアは自分の胸をぽんと叩いて答える。


 逡巡するような仕草をしながら、チラリと鈴鉢さんの方を確認するイノリ。鈴鉢さんがゴーサインをしたのを見てから、彼女は動いた。


『ふ、ふふふ……アーハッハッ! よくぞ言ったわ! それでこそこのアタシのライバルにふさわしいVドル!』


 何事もなかったかのようにして立ち上がり、いつもの決め顔でビシィッとイデアのことを指差したイノリ。3Dモデルには涙の跡を表示できる差分はないので元の顔つきに戻っているが、現実の咲夏の顔にはしっかりと泣きはらした目元が見えていた。


 奇妙なギャップ。しかし現実の光景は配信に映ることはないため、イデアは特に気遣いを入れることなく完全復活を果たしたイノリと相対する。


『……ライバルに情けかけられるってヤバくない?』

『何でもいいわ! Vドルに二言はない、出まかせじゃないんでしょうね?』

『もちろん』


 再びステージの上で視線の火花を散らす2人。

 コメントも「これを待っていました」とばかりに盛り上がりを見せ、イノリが意気揚々と最後のゲームを選択した。


 彼女が選んだのは――リズムアクション。

 軽快なダンスミュージックに合わせて「それっぽく」ダンスをし、どちらがよりリズムに乗れていたのかを競うゲームである。先の二戦とは毛色の違うジャンルのためかコメントたちも勝敗の予想は立てられないようで、イデアとイノリが軽快に、あるいは珍妙な動作で踊る姿を応援したり茶々を入れたりしながら見守っている。


 ……どうやら、なんとかなったみたいだね。


 配信の空気が戻ったのを感じ、僕はホッと一息吐いた。

 この様子なら、どんな結果であれもう先ほどのようなアクシデントも起きることはないだろう。イデアの対応力が問われる――というよりは『問いかけてきた』ような事態だったけど、上手く切り抜けられたって所かな。


 なんて、僕が彼女たちの勝負の行方を見届けようとした矢先、


「――自分とVドルのキャラを、近づけ過ぎるべきじゃない」


 鈴鉢さんの声が、至近距離から聞こえてきた。


ぴったりと密着する形でほとんど耳元で聞こえてきた言葉に思わず声が出そうになったが、それは鈴鉢さんが僕の口を手で塞いだことで事なきを得た。……いや、口塞ぐ前に耳元で話さないでほしいんですけど。襲われるかと思って本気でビビった……


「……なんですか鈴鉢さん、いきなり?」

「どうしてイノリさんがお2人に今回のコラボを持ちかけたのか。ずっと気になっていましたよね? そろそろ答え合わせをしてもいいかと思いまして」


 はあ、と生返事をする僕にピッタリくっつきながら、鈴鉢さんは空那たちの方を見る。

 軽快なBGMと共に勝負へ熱中するイデアとイノリ――空那と咲夏。2人ともゲーム画面の方に集中しているため、こちらに気付くことはないだろう。


 それを確認してから、鈴鉢さんは話を切り出した。


闇之やみのチカというVドルの騒動について、聞いたことはありますか?」

「……少しだけなら。確か、先月に引退したイノリさんの同期ですよね」


 正義ジャッジメントイノリとは対を成すような「悪役ポジション」をコンセプトとしたVドルで、快活なキャラクターが売りの、今のイデアに近いタイプだ。裏表のない性格が災いし、僕が知る限りでは色々とトラブルが起きたり巻き込まれたりしたことで……


「たしか、先月くらいに引退したんですよね?」

「はい。多くを語ることはできませんが、明け透けのない真面目な子でした。イノリさんや他のメンバーとも仲良くしていました……たとえ彼女自身に多少の落ち度があったとしても、いわれのない攻撃や根も葉もない悪評をぶつけられるはずがない子でした」


 きっと「その場面」を目の前で見ていたのだろう。遠くを見るような目で語る鈴鉢さんの言葉には、どこか後悔の念が色濃く浮かんでいるように聞こえた。


「イデアさんは自然体で演技をしているかと見紛うほどに、キャラクターの出し方には目を見張るモノがあります。しかし、初配信の時のようにボロが出そうになっている所がしばしば見受けられます。きっと、そこが彼女と重ねてしまう要因なのでしょう」


 けれど、どうしていきなり引退したVドルの話を僕にするのか?

 理由は予想がつく。それが、今回の『コラボの目的』だからだ。


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