第17話 コラボ配信 VS正義イノリ ①
モーションキャプチャの動作確認や細かい段取りなどの打ち合わせなど、およそ三時間ほどあった準備時間は瞬く間に過ぎ去っていき――配信開始時刻になった。
「カウント入りまーす! 5――」
僕らが注目するその画面には、まだ配信前の『準備中』という幕が下りたまま。
配信の待機画面にはすでに数千人の視聴者が待機している。機材などの最終チェックが終わり、スタッフさんのカウントダウンが始まる。それと同時に撮影スペース――配信のステージに立った二人の纏う空気が変わった。
咲夏は、正義イノリへ。
空那は、希望イデアへ。
二人のVドルが空想の世界へと降り立ち――
Vドル『正義イノリ』の舞台が、その幕を上げる。
『みんな、待たせたわね! ハコライブ所属、正義のヒロインこと――正義イノリが今日も正義を貫くわよ!』
チャンネルの主である咲夏――イノリがまず第一声で名乗りを上げた。
「こんジャス~」「おばんジャス」「今日は3Dのジャス子だ!」「お披露目から数えて三回目くらい?」「3Dモデルのジャス子やっぱカワイ~」
『だからアタシはジャス子じゃ――って、今日はそんなことより』
数秒のラグを挟んで流れてくるコメントたちへイノリが訂正(いつもやっているやりとりなのだろう)をしようとして、コホンと空咳をつく仕草をした。
『とくと驚きなさい! 今日はアタシ初の外部コラボ配信よ!』
『イノリジャス子ちゃんのチャンネルをご覧の皆さん、ハジメマシテ!』
『正義イノリのチャンネルよ!』
打ち合わせ通りにイノリの一歩後ろに控えていた空那――イデアが前に出る。
『今回が正真正銘、初コラボの希望イデアです! 今日もみんなに夢と希望を振りまけるように精一杯ガンバルから、オーエンシクヨロね!』
「イデアだ!」「告知見てびっくりした」「まさか初コラボがハコライブだなんてなぁ」「大きくなったなぁ」「ヒャッハー新鮮な希望だぁ!」「夢と希望たすかる」「ちょっと緊張してる?」「どうやら今回は噛まずに言えたようだね」
僕ら側のリスナーだろう。イデアの挨拶に反応してコメントたちが再び湧き上がる。
コラボの告知に驚いたって声が多いけど、うん。僕らも驚いてる。
だってクラスメイトがVドルだったんだもん。なんなら僕がイデアの話題を聞いてジュース吹き出してた隣で咲夏は自分の話題をされても平然としてたし、すごすぎない? それがプロなの?
なんて僕がコメントに感想を抱いている内に、画面の向こうでは話が進んでいる。
『という訳で、今日は、この子をコテンパンにぶちのめ――じゃなかった』
『え、なんか物騒じゃん』
『性根をコテンパンに叩き直すのが目的よ!』
『フツーのコラボじゃなかったの!?』
ビシィ! とイデアを指差すイノリに、イデアが大仰に驚く。
『トーゼンよ! デビュー告知と初配信という違いはあれど、アタシとアンタは同じに生まれたVドル同士! いわばライバルみたいなものよ!』
『被るなら告知で被らなきゃ同じ日に生まれたとは言えなくない?』
『モンドー無用! アタシのチャンネルまで来たからには何が何でも勝負をしてもらうわ! そうじゃないと企画倒れになるもの!』
『すっごいメタ的な理由だった!?』
「まけそう」「負けたな」「返り討ちにされそう」「でもイデアってゲーム配信とかしたことないよね?」「未知数だからジャス子勝利案件かも」「こりゃ丁寧なワカラセされるための前フリ」「負けフラグたちました~」
『って、なんでコメントはもうアタシが負けたみたいな反応なのよ!?』
「「「「そりゃジャス子ですし」」」」
『ムキー! 今に見てなさいよ!』
地団駄を踏んでプンスカと怒るイノリ。
それを対戦相手であるはずのイデアが「まあまあ」となだめている。
もちろん、それは画面の向こう側――モーションキャプチャで読み取った動きを3D空間のモデルで再現にしているにすぎず、僕がちらりとでも視線を横にずらせば現実世界で空那と咲夏がやり取りを繰り広げているのが見えた。
「どうですか、ムカイさん。うちのイノリは?」
いつの間にか僕の隣をキープしていた鈴鉢さんの問い。あまりにも自然に距離を詰められていたことにはギョッとしたが、里原さんの脅しが利いたのだろう。今はお互いの小声が聞こえる程度の距離感を保ってくれていた。
「さすが人気Vドルの一角ってカンジです。話題の組み立て方とか、コメントへ反応するタイミングとか、イデアも参考になる部分が多いでしょう」
事前に『正義イノリ』のアーカイブは切り抜きなども合わせて色々と見ていたけど、いざ目の前で咲夏が成っている所を見ると、その完成度に驚かされる。
『てかさ。性根を叩き直すって、なんで?』
『安心しなさい。証拠はバッチリ上がってるわ』
『証拠……? へっ、なんで初配信の映像が!?』
突如としてステージに現れたディスプレイに映し出されたイデアの初配信時の映像を見てイデアが『にぎゃあああぁぁッ!?』と声にならない悲鳴を上げた。
「公開処刑」「黒歴史暴露」「自分の初配信を見直す配信はここですか?」「こうして見ると印象変わったよなぁ」「清楚だった時のイデアも可愛い!」「今でも清楚だゾ」「清楚とギャルは同居するのだ」
『アンタのパパ――太刀ムカイさんに特別に許可を貰ったわ! 初配信ということを抜きにしても、スタート直後に特大級の放送事故をやらかすその体たらく。これを叩き直さないで何が正義のヒロインよ!』
ズビシィッ! とイノリが決めポーズをするかのようにイデアを指差す。
普段の咲夏とはまるで別人のようなオーバーアクション。
けれどもそれが正義イノリというキャラクター性を強調していて、同時に魂である咲夏本来の仕草やクセすらイノリのキャラの一部として完璧に練り込まれている。
徹底した「キャラクター」としての演技。
空那と言う個性を前面に押し出した希望イデアのコンセプトとはまるで違う、別次元の完成形とも言うべきか。
全てを巧妙に仕組んだ上で、正義イノリというVドルが完成していた。
――僕はVドルにプロもアマもないと思っているけど。
もしもVドルにプロがいると言うなら、咲夏はプロだ。
「確かにイノリさんにしてみれば、僕らのスタイルは気に入らないでしょう」
「……それだけではないんですけどね」
「え?」
「あ、そろそろ勝負に入りますよ」
気になることを言われたが、それよりも先に配信で動きがあった。