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第16話 コラボ配信準備中

 配信の準備は、僕らがスタジオ入りした時点ですでに最後の段階に入っていた。


「改めて、自己紹介からいきましょうか。わたしは鈴鉢智瑠(ともる)。咲夏さん――正義イノリのマネージャーをしています。本日はよろしくお願いしますね、太刀ムカイ先生」


 咲夏による宣言の後。着替えのためにスタジオを離れた空那たちと別れ、僕は機材側の準備を手伝うためにスタジオに残っていた。


「さっそく動作チェックを始めましょう。わたしがご案内しますね」

「分かりました」


 僕の肩に手を置いて配信機材の方へ案内してくれる鈴鉢さん。

 アレ、心なしか鈴鉢さんとの距離が妙に近いような……


「鈴鉢さん……? ちょっと近くないですか?」

「え~そんなことありませんよ~……じゅるり」

「じゅるり!?」


 なんで耳元で舌舐めずりの音が!?


「いや~イノリさんからお話は聞いていましたが、まさかこんなに可愛――お若い方だとは思いませんでしたよぉ。あ、ところで配信後にお時間はありますか? よろしければわたしと2人っきりでお食事にでも」

「遠慮しときます……」


 あ、コレもしかして獲物になってたのは僕だけだったりする?


 戦々恐々としながらも、幸い他のスタッフさんたちもいる手前この場で直接何か手出しされることはなかった。……その間までにさりげなくプライベートな質問をいろいろされたけど、僕が持参したノートPCを立ち上げた所でようやく本題に戻ってくれた。


「先日メールでお伝えした通り、今日の配信では私たち側の機材を使用します。モデルのファイル形式など、問題はありませんか?」

「はい。幸い同じ形式で作っていたので」


 頷きながらPCを操作してイデアのモデルを表示させる。

 

 ……ちなみに、鈴鉢さんはさりげなく僕を後ろから抱き付くような格好でぴったりくっついていた。背中に押し当てられるスーツの固い生地越しに柔らかな感触が――って、マズイマズイ! 変に意識すればこの人の思うツボだ。


「先生がたも外部コラボは初めてですよね? よろしければこのままわたしが」

「あー、スズちゃん。後はこっちでやるから」


 耳元で囁く鈴鉢さんを止めたのは、別のスタッフさんの声だった。

 今度は男の人だ。鈴鉢さんが名残惜しそうに唇を尖らせる。


「え~もう少しだったのに~」

「いくら年下好きで経験ゼロだからって、外部の人に色目使うのは社会人としてどうかと思いますよ。毎回そんな風にがっつくから相手に逃げられてるんじゃありませんか?」

「それセクハラじゃありません?」

「現在進行形でセクハラしてる人が言いますか。昔からがっつき過ぎて逃げられてばかりなんでしょう? それと、いい加減にしないと社長辺りにチクリますよ」

「な、そそれだけはご勘弁をーッ!」


 すでに前科があったのだろう。鈴鉢さんは「わたし着替えの2人見てきますね」と恐るべき早さでスタジオから出て行った。

 た、助かった……


「太刀ムカイさん、身内が失礼しました。自分は里原さとはら、この配信チームのチーフをしています。今回はウチの機材でやってもらうんで、よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「セッティングはウチの方で受け持つので、太刀さんにはモデルも動きとかで変な場所があったら教えてください。あ、念のためですが今日イデアさんのモデルに触るのは自分だけになりますのでご了承ください」

「分かりました」


 簡単に挨拶だけ済ませて、里原さんに準備をお任せする。

 流石というべきか、里原さんは手慣れた操作ですぐに準備を済ませてしまった。


「じゃ、あとは演者の子たちが戻ってくるのを……」

「「おまたせしましたー」」


 と言った所で、タイミングよく空那たちが戻ってきた。


「うぅ~なんだか変なカンジ。身体のラインでちゃってるし……」

「それくらい慣れなさいよ。恥ずかしがる方が変に見られるわよ」


 平然とした様子でスタスタとスタジオに入っていく咲夏に対し、空那は鈴鉢さんに手を引かれながら、重たい足取りで自分の身体を見下ろしていた。


 そんな彼女たちが身につけているのが、全身タイツのような黒いスーツだ。

 ここで使うモーションキャプチャのセンサーを搭載したモノである。僕らがいつも使うハーネス型よりも動きを読み取るセンサーが多いため高性能な反面、身体のラインがハッキリと出てしまうので、初めて身につける空那が恥ずかしがるのは無理もないだろう。


 特に空那はスタイルがいいから……すらりとした印象の咲夏と比べると胸やお尻の部分がパツパツになっていて、見てるこっちが目のやり場に困ってしまうくらいだ。これで平然としていられる他のスタッフさんたちには思わず尊敬の念を感じてしまう。


 僕もしっかりしないと。気を取り直して2人の方へ向かうと、忌々しげに空那の身体を睨んでいた咲夏が大きく嘆息を吐いた。


「まったくもう……見てるこっちが恥ずかしくなるわ」

「むむ……あ~そっか。イノリさんはあんまり気にする必要なさそーですもんね。そんな身体じゃ恥ずかしがる必要なんてありませんよねー?」

「……誰の身体が貧相ですって?」

「え~そんなこと言ってないんですケド?」


 ……アレ、なんかさっきよりも険悪なカンジになってない?


「ちょっとイデア、なんで委員長と仲悪くなってるのさッ?」

「……別にー、なんでもないよ」


 慌てて耳打ちする僕に、空那はムスッとした顔でそっぽを向く。

 全然なんでもなくない反応じゃん……


「やっぱり、委員長に言われた事が気になる?」

「……イノリが言ってたこと、ムカイは気付いてたの?」

「うん。ごめん、黙ってるつもりはなかったんだけど……」


『アンタたちのスタイルじゃ、この先ゼッタイにやっていけなくなる』


 僕と咲夏の危惧に差異こそあれど、現状のままでは希望イデアの活動に限界が訪れるだろうとは僕も以前から考えていた。そのための対策は練っているし、今回のコラボだってその限界から脱却するための布石でもある。


「どうして私に相談しなかったの?」

「もちろん、いずれは話すつもりだったよ。でも、今はまだ空那にはVドルって環境に慣れてもらった方がいいかなって思ってたから。僕の野望に協力してもらってる現状でいきなりなんでもかんでも空那に任せちゃう、なんてことはできないしね」

「それは、そうだけど……」


 煮え切らないような態度で言い淀む空那。


 正直、今のままでも空那はよくやってくれている。

 だから気にすることじゃないと僕は考えていたのだけど、どうやら空那はそう思ってはいなかったようだ。


 逡巡する僕の目をじっと見つめるように、空那がこちらへ視線を向けてくる。


 彼女の瞳が語るモノを見て、僕は「よし」と決心した。


「委員長の指摘はどうあれ、ここで空那がやることは単純だよ」

「単純?」

「認めさせてやるのさ」


 首をかしげる空那へ僕は断言する。


「キミを、イデアを、皆に認めさせればいい。誰が何と言おうと、僕が描いてキミが成った希望イデアは『最強の美少女』なんだ。キミがやることがイデアのやること。その最強のサマを、委員長に見せつけてやろう」


 僕の言葉が意外だったのか、一瞬ポカンと口を開ける空那。


 それから彼女は、僕の目を見つめながら堪え切れない様子で「くすッ」と吹き出した。


「なんだかマンガの主人公が言いそうなカッコイイ台詞だね」

「なっ、せっかく人が励まそうっていうのに茶化さないでよ!」

「ゴメンゴメン! でも、目の色が変わったムカイは暴走特急だからね。少しくらいからかわないと私なんかじゃすぐに置いていかれちゃうもん」

「目の色って、目つきのこと? そんなに変わってるかな?」

「うーん……兄さんに似てるカンジ?」

「……あんまり言われたくないなー、それ」


 リュートに似てるって言われると、悪だくみしてる奴みたいに聞こえるなぁ。


「アンタたち早くしなさい! メインの調整はアンタたちなのよ!?」


 僕らが話し込んでいると、しびれを切らしたのか先に撮影スペースへ向かっていた咲夏が僕らへ怒鳴りかけてきた。どうやら話し過ぎていたらしい。


「ごめん、すぐに行くよ! ほら空――イデアも」

「はーい!」


 とにもかくにも、まずはコラボ配信だ。

 意識を切り替えて、僕らは配信の準備に臨んだ。

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