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第15話 企業勢Vドル『正義イノリ』

 Vドル『正義(ジャッジメント)イノリ』


 通称ジャス子。人気絶頂のVドルグループ『ハコライブ』の所属Vドルで、登録者やSNSフォロワーは数十万単位を誇る大人気Vドルの一人だ。


 平凡な女の子がある日突然超能力と正義の心に目覚め、厨二病を拗らせたことで「世の悪を更生させる」ためVドルになった――というコンセプトのVドルで、本人の生真面目な性格もあってハコライブ内の風紀委員的な役割も担っている。


 活動は配信メイン。ゲーム実況を中心に様々なジャンルの活動を行う。基本的には2Dモデルで配信を行っているが、つい先日に3Dモデルのお披露目をしたばかり。


 そして特筆すべきは、案件を除いて外部のVドルとのコラボはまだないということ。


 ……大変なことになった。


 咲夏――正義イノリから持ちかけられたのは、そのコラボの打診。

 イデアの数十倍はファンを持つVドル。そんな相手と何の前フリもなくコラボするなど、今のイデアではあまりにも分不相応というもの。外部コラボはもう少し規模が大きくなってからと考えていたのだけど、まさか向こうから話が転がり込んでくるとは。


 けど、同時に、これはまたとないチャンスだった。

 このコラボが成功すれば、イデアの存在をもっと世に認知させることができる。


 リスクは重い。

 しかし、その分リターンも大きい。


 それらを天秤にかけた結果――僕らは、そのコラボを受けることにした。


 形式はまず咲夏たち正義イノリのチャンネルで。後日に僕ら希望イデアのチャンネルで動画をアップすることになった。日程は全員の期末テストが終わった週末になり、僕らはどうにか期末テストという地獄を乗り越えてコラボ配信当日を迎える。


「ム、ムカイ? ほほ、ホントにここであってるの……?」

「うん。メールにあった住所と同じだし、間違いないよ」


 ガタガタと青い顔で聞いてくる空那に答えながら、僕は目の前の建物を見上げた。


 僕らがやってきたのは都内某所のオフィスビル。その中にある『法人向け』のVR撮影スタジオだ。リュートに頼んで「オフィスカジュアルっぽい服」を着てきたけど、僕らの眼前にそびえるガラス張りの自動ドアはとても歓迎するような風には見えなかった。


 しかし、僕らの目的地はその自動ドアの向こう側である。


「指定された時間の十分前。さ、空那。中に――」

「ちょちょちょっと待ってムカイ! 少し準備をさせて!」


 さっそくビルへ入ろうとすると、隣の空那に腕をガシっと掴まれて止められた。


 掴む、というよりほとんど僕の腕に抱きついて来た形だ。

 無遠慮に押し付けられた空那の胸がむにゅりと形を変えるのを見て一瞬ドキリとするが、ここへ来るまでにもう何度も抱きつかれているせいで感覚がマヒしてしまっていてそれ以上の感想は出なかった。


「……ねえ空那、いくらなんでも緊張し過ぎだってば。委員長は勝負だーって言ってたけど、今回の話は普通のコラボの企画なんだよ? ……ホント、そんなに緊張するならあの時に委員長を挑発するようなこと言わなきゃよかったのに」

「だってだって! ムカイが知らない女の子に言い寄られてる風にしか見えなかったんだもん! 私やイデアというものがありながら、他の女の子にうつつを抜かすってどーかと思う! 浮気はイケナイことなんだよ!?」

「…………本音は?」

「私に彼氏ができないのにムカイにだけ彼女が出来てるなんてズルい」

「さいですか……」


 キミは自分のオモチャを取られそうになった子供か。

 何にしても、コラボの誘いを受けておいて僕らが当日にボイコットするなど許されるはずもない。仕方なく、僕は腕に抱きついたままの空那を引きずる形でビルへと入った。


「ガクガクブルブル」

「怖がる必要はないよ。委員長だって、別に僕らをとって食うような事するはず――」



「よくもまあ、ヌケヌケとアタシの前に来られたわね。アンタたち」



 ――ごめん空那。前言撤回。


 なんかメチャクチャって喰おうとしてるんですけど!?


 案内されたスタジオに入った僕らを出迎えたのは、仁王立ちの咲夏だった。

 オフィスビルの一室を丸々使ったスタジオの中はとても広く、僕の家にあるスタジオの倍くらいの面積があった。壁際の撮影スペースを取り囲うようにモーションキャプチャのセンサーやカメラなどの機材が設置されていて、十人ほどのスタッフらしき人たちが現在進行形で配信準備をしている――のは、いいとしてだ。


「む、むむむムカイッ? これってやっぱり……ッ!?」

「おお、おお落ち着くんだ空那……何かあった時はイチニのサンで逃げよう」

「……アンタたちアタシのことなんだと思ってるのよ?」


 お互いにひしと抱き合ってガタガタ震える僕らをジロリと見下す咲夏。いや、その眼光は確実に殺って喰うタイプの奴だよ! 僕ら確実に捕食されるよ!?


「はいはい。そこまでですよ『イノリ』さん」


 そんな捕食寸前の僕らを助けてくれたのは、準備中のスタッフさんだった。


 パンツスタイルのレディススーツを着た女の人だ。バリバリのキャリアウーマンというよりは「優しいお姉さん」と言った印象で、柔和な顔立ちは大学生と言われても信じてしまいそうなほど。しかしながら、その目元には少しだけ苦労の跡が見えた。


「今日は大事な初外部コラボなんですから。わざわざ待ち構えてコラボ相手を脅かさないでください。脅かすのが今回の目的なんかじゃないでしょう?」

「……分かってます、鈴鉢すずばちさん」


 鈴鉢さんと呼んだ女性になだめられて冷静さを取り戻したのか、咲夏がプイとそっぽを向きながら答える。それに気になることを聞いた……コラボの目的?


「僕たちを殺って喰うつもりなんじゃないの?」

「なんでそうなるのよ!? アンタなんか食べるわけないじゃない!」

「じゃあ、私とムカイの仲を引き裂いて、リアルNT――」

「しないわよ! ていうか、誰がコイツを襲うのよ!?」

「えぇ、わたしはそのために呼ばれたんじゃないんですかぁ?」

「鈴鉢さんは黙って仕事に戻ってください!」


 ゼーゼーと僕ら全員に突っ込んでから咲夏は「はあ」と大きな嘆息を漏らした。


「まったく……アンタたちの下手な恋人芝居はもう気にしていないわ。ホントのことならアタシにも考えがあったけど、どうやらそんな心配はいらないみたいだし」

「えウソ、なんでバレたの?」

「アンタじゃないわ、達間よ。コイツの口からとっさの嘘なんか吐けるわけないでしょ」

「あそっか。たしかに」


 ポンと納得して手を叩く空那。いや「たしかに」じゃないよ。

 まあ、とはいえ妙な誤解が晴れていたのはよかった。僕はホッとして胸をなでおろしてから、ふと疑問が浮かんで首をかしげた。


「なら、どうして委員長は僕らにコラボの打診をしたの?」

「言ったでしょ、目的があるって」


 そう告げてから、咲夏はじっと僕と空那を見据える。

 感情を押し殺した静かな瞳。冷酷さすら感じるような視線と共に彼女は告げた。


「忠告よ。アンタたちのスタイルじゃ、この先ゼッタイにやっていけなくなる」

「「……え?」」


 突然の言葉に、僕と空那はそろって困惑の声を上げた。


「達間なら感付いてはいるんじゃない? 初回の放送事故がバズってくれたおかげで今はなんとかやっていられるけど、このままのスタイルだけじゃ限界が近いって」

「う……」

「たしかに、その子のキャラクターなら希望イデアをもっと人気にできるかもしれないでしょうね。でも、アタシたちVドルは規模が大きくなればなるほど、多くのリスクを抱えることになるわ。まさか、このまま炎上系に路線変更ってわけでもないんでしょう?」


 隣の空那がこちらを見てくる。

 僕はなにも言い返せなかった。


 図星だったのだ。たしかに咲夏が語る危惧と同じものを僕は抱えている。だからこそ今回のコラボを受けたのだし、話題性を維持するために活動の幅を広げようと準備はしているつもりだ。コラボ相手である咲夏に言われるまでもなく、対策は講じている。


 ……でも、なぜだろうか。


 僕と咲夏が思う『危惧』は、同じようで、どこか致命的な差異があるような気がした。


「厳しいことを言うけれど、無茶をすれば希望イデアというVドルだけじゃない、その魂であるこの子自身が再起不能になることだってあり得るわ」

「そうならない方法を、キミなら僕らに教えられるって?」

「ええそうよ。『アタシたち』なら」


 だから、と咲夏は断言する。


「アンタたちに教えてあげるわ。Vドルとその『魂』の向き合い方ってものを」

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