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第14話 「魂とパパの恋愛なんて御法度よ!」

「う~、あっつ……」


 てっぺんまで昇った太陽から降り注ぐ夏の日差しに目を細める。


 ついさっきまで涼しい館内に居たからか余計に蒸し暑く感じる。

 この熱気と繁華街から離れた立地にあるせいか、広場にいる人の姿はまばらだ。近くのお店も空いていそうだしお昼はこのあたりにしようかな。あんまり炎天下の中を歩きたくないし。


 と、周辺の飲食店を物色しようとしたところで、広場で見知った顔を見つけた。


「あれは……」


 ブラウスと丈の長いフレアスカートを合わせた涼しげな格好の女の子だ。いつも見る制服姿とはだいぶ違った印象だったから気付くのが遅れたけど……何か見ているのだろうか? 広場の入り口近くで立ち止まって、ぼんやりとどこか遠くの方を見上げている。


「学校外で会うのはめずらしいね。委員長」

「ひゃえッ――って、なんだ達間か」


 僕の声にビックリしながら、女の子――咲夏しょうかが振り返った。

 予想外の人物に声をかけられたって顔だ。何かを取り繕うように自身の黒髪をかき上げてから、彼女はすぐにいつもの勝気そうな顔付きに戻った。


「めずらしいのはアンタでしょ。こんな所で……まさか、勉強?」

「そのまさかだよ。といっても、そろそろ引き上げるつもりだけど。その様子だと、委員長の方はこれからみたいだね」

「校外なんだから名前で呼びなさいよ恥ずかしい……ええそうよ。まあ、テスト勉強の息抜きって言った方が近いけれど。でも残念だったわ」


 咲夏はわざとらしく肩をすくめてから、意地の悪い笑みを僕に向ける。


「午前中に来ていたらアンタがちゃんと勉強してるか監視できてたのに」

「アハハ……ソウダネ。ソレハトテモザンネンダッタヨ」

「ええ、そうね。アタシがいたら昼寝なんかさせなかったのに」

「いやちゃんと勉強はしてたよ!」


 7割くらいの時間は空那に教えてるだけだったけど!


 ホントかしら~? と疑いの視線を向けてくる咲夏。何かしらの理由を付けて僕を勉強漬けに引きずり込もうとする気配を察知し、僕は慌てて別の話題を投じる。


「そ、そういえば! さっきは何を見てたの?」

「え――あ。べ別になんでもないわよ?」

「あからさまに隠すじゃん。そんな隠したくなるものなんてあるの?」


 話を逸らすための話題だったけど、むしろ気になってきた。


 僕がその方向を見ようとすると、それを遮るように咲夏が回り込んできた。


「……なんで隠すのさ?」

「ハァ? かか隠すって何を隠すのよよよ?」


 ガタガタガタ。ダラダラダラ。

 ……ここまで隠すのがニガテな人、初めて見たかも。


「ちょっ……な、なんで見ようとするのよ!?」

「いいじゃんいいじゃん。どーせ後からでも見れるんだし」

「だったら後から見なさいよ――って、ああ!?」


 よし、見えた!


 咲夏との数秒に及ぶ攻防の末、僕は彼女が隠そうとしていたモノを見つけ、

 そして、首をかしげた。


「委員長ってVドル見るんだ」

「ぐ、ぬ……そ、そうよ! 悪い!?」

「いや悪くはないよ。僕なんか毎日見てるし」


 咲夏が隠そうとしていたのはビルに設置されたVドルの広告だった。

 Vドルという界隈の知名度が一般にまで広まっている昨今では、こうした広告も珍しくはない。どうやら新人Vドルの宣伝広告らしく、メインとなったVドルの美少女がバッチリと決めポーズをしている。見たことがある子だ。名前は確か……あれ?


「あの子って確か、ジャス子って名前じゃなかったっけ?」

「……それはファンの間での通称よ。本当の名前はあっち……初配信の時、ずっと自分の名前を間違えて呼んでいたせいで定着しちゃってたのよ。ま、元がややこしい名前だからあっちの方が覚えられやすいって部分もあるんでしょうね」


 観念したのか、咲夏はがっくりと肩を落としてながら答える。


 広告くらいなら言い訳することもできたと思うけど、解説までしてくれたのは僕がむやみに言いふらさないと信用してくれているからだろうか。……小さく「後でゼッタイ記憶消す」とか聞こえたけど、空耳だったということにしよう。


「委員長、あの子についてかなり詳しいね」

「アンタが知らなさすぎなのよ。そんなので大丈夫なの? アンタだって一応はVドルをプロデュースしてるような身分なんでしょ?」

「うん。どうにか……結果オーライって感じに?」

「……なんて自己評価下がっていってんのよ?」


 そ~っと視線を横に逸らす僕へ、咲夏は「まあ無理もないわね」と腰に手を当てる。


「いいこと、達間? アタシもあの子の初配信は見てたけど、あんなことをしでかしてリスナーに受け入れられたのは奇跡よ。二度目なんかありえないと思いなさい。炎上芸なんてものは長く続かないし、何より、アンタの思い描くVドルは――」


「お待たせ~ムカイ~」


 咲夏の助言を、別の呼び声が遮った。


 声は空那のものだ。ちょうど図書館から出て来た空那がこちらへ手を振りながら僕たちの方へ駆け寄ってきて――不意にその足が止まった。

 こちらへ手を振った姿勢のまま硬直する空那。彼女の視線の先には咲夏がいて、咲夏の方もわずかに目じりを上げて空那の方を見つめたまま動きを止めていた。


「「…………」」


 ……え。何この微妙な沈黙?


 なんで2人とも『感情を失くしました』みたいな目で僕を見てくるの?


「ねえ、達間。この子は誰かしら?」

「カノジョだよ」


 咲夏の問いに空那が答え――って、んん!?


「カノジョォッ!?」

「私、ムカイのカノジョだもん」


 驚きの声を上げる僕を余所に、僕の腕を引っ張って抱きついてくる空那。

 むにむにと僕の腕に自らの身体を押し付けてきながら、空那は唖然としたままの咲夏へ何故か見せつけるように嫌味ったらしい笑顔で言葉を続けた。


「それで、アナタはムカイの何なの? どこのどなたか知らないけど、人のカレシに手を出そうなんていい度胸じゃん」

「……あ、空那? いきなり何をもが」

「後でキッチリ説明してもらうからね、ダ~リン?」


 ようやく状況の理解が追いついた僕の口を手で塞ぎ、ギロリとこちらを睨む空那。


 ……え、なんか怒ってる? いったい何を怒って――いやそんなことよりも、今はどうにかして空那の冗談を真に受けてしまった咲夏に弁明しないと――ッ!


 口を塞がれたまま僕は咲夏へアイコンタクトを試みるが、しかし、肝心の咲夏はもう僕の方を見ていない。彼女は額に青筋を立てながらひきつった笑みで空那を睨んでいた。


「ふ、ふ~ん、へぇ~。カノジョ、ねぇ。まさか、こんな変人にこおぉ~んなケバケバしい恋人がいるなんて驚きね。ああ、ひょっとして流行りのレンタル彼女ってやつ?」

「ご心配なく。私とムカイはそーしそーあいですからっ。これからデートに行く予定だしね、ダーリン? それとも、まっすぐホテルにいっちゃおっか?」

「…………ふじゅん」


 汚らわしい物でもみるような、唾棄するように咲夏が呟く。


「真っ当にVドルの活動がんばってるなって思ってたのに、まさか裏ではそんな風に遊び呆けて……ん? その声ってまさか――達間アンタ! まさかVドルの活動は全部その女と遊んでるのを隠すためのウソだったんじゃないでしょうね!?」

「……ぷはぁ! そんなことあるはずないだろ!」


 とんだ誤解であった。

 空那の拘束から脱出し、僕はすぐに釈明の言葉を並べる。


「この子は荻篠おぎしの空那ッ! イデアの魂に成ってくれた僕の幼馴染で、決して恋人関係とかではないんだ! 今日だってデートじゃなくて勉強会――」

「……Vドルの魂と、そんなただれた関係に」

「なんでそうなるのさ!?」


 ……ダメだ。咲夏はもう僕の言葉を聞いてない。


 さっと顔を伏せたまま何かをしきりに呟く咲夏。「せっかく応援」とか「また炎上」とか言葉の端々が聞こえてくるけど、全くといって笑っていない彼女の目を見れば咲夏が僕らの関係に致命的な誤解をしていることは明白であった。


 どうにかして咲夏の誤解を解かないと。


 僕が説得の言葉を探すよりも先に、空那が火に油を注いだ。


「ていうかさ、なんでアナタが怒るの? まさか自分がダーリンの恋人だって言うの?」

「――ええ、そうね。達間が誰と付き合おうと、アタシには関係ないわ」


 それが致命的な火種であると分かった時にはもう遅い。

 咲夏は何かを思いついたかのようにばっと顔を上げ、まっすぐに空那を睨め付ける。


「けど、アンタが達間のプロデュースしてるVドルっていうなら話は別よ! そんな炎上の火種、このアタシが見過ごすわけないわ!」


 いったい何を言い出すのか。疑問が僕の口から出るよりも先に、咲夏は大きく右手を振り上げてから、ビシィッ! と空那を指差した。


「……え、私?」

「勝負よッ。希望(のぞみ)イデアッ!」


 その姿は奇しくも、いいや『まさしく』――


「いい機会だわ! アンタのその卑しい魂、このアタシと――正義ジャッジメントイノリが一から叩き直してあげるッ!」


 ビルの広告に載ったVドルと、瓜二つのポーズであった。

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