第12話 Vドル活動はギャルにキビしい
そうして、希望イデアは本格稼働に入った。
基本は週に2、3回、配信または動画を投稿するというスタンスだ。
配信は雑談、そして動画ではバラエティ的な企画をメインにしている。ゲーム実況や『歌ってみた』のような配信や動画はまだ機材関係の準備中、といった現状である。
チャンネル登録者は順調に増加中で、ライブ配信の同接者数は横ばいながらアーカイブの再生数が増加している。
動画の方もかなり好調だ。おかげでチャンネルの収益化も無事に通り、イデアの活動は軌道に乗ったと言えるだろう。
しかし、このまま昇り調子で一気に、とはいかないのがVドルの常だ。
現在のイデアにおいて最もバズったと言えるのは初配信での放送事故のみ。
話題性は十分にあるが、このままでは話題が風化して忘れ去られてしまうのは確実。空那とも相談したりして色々と考えてはいるけど、どれもまだ企画段階といった状態である。
なんとかして、次の話題を提供できればいいのだが――
「もおおぉぉ~――限ッ、界ッ!」
それよりも先に、空那の我慢が爆発した。
初配信からおおよそ2週間後、激動の6月もそろそろ終わりを迎えようとしていた土曜日。
ようやく慣れ始めて来た動画撮影を終えて、片付けながら僕が「今日の夕飯は何にしようか」なんて考えていた矢先の出来事であった。
冷房はちゃんと利いているが、梅雨明けの空気はややじめっとしている。それゆえにタンクトップとホットパンツというラフな格好の空那。彼女は撮影が終わりセンサー類を外すや否や床へ仰向けに倒れ込み、じたばたと手足を暴れさせた。
「もぉ~無理ッ、もぉ~イヤ! マジでナエポヨン!」
「ナエポヨン?」
「なんだその謎生物」
「何だっていいの! とにかく、花のJKが毎日毎日ムカイの家で撮影だ配信だって詰め詰めでさ! 大切なことだってのは分かってるけど、セーシュンまっただ中でこんなに忙しいのはぴえんのご座衛門だよ! マヂナエのゲキシナだよ!」
とても同い年の女の子とは思えないほどの醜態を晒しながら意味不明の言語を叫び散らす空那。
駄々っ子のような仕草だが、ラフな格好をしているせいで服の隙間から見えちゃいけないものが色々と見えてしまっている。……見ているこっちが恥ずかしいよ。
「ねえリュート。空那はなんて言ってるの?」
「さあな。俺も流石に解読はできねぇよ。きっと暑さで頭がバグってんだろ」
「ああ……冷房もうちょっと下げよっか」
「そういう話じゃなああぁぁあいッッ!」
ガバッと飛び上がった空那が僕の方に詰め寄ってくる。
「ここ最近はずっと配信や動画撮影の連続! おやすみなんかほとんどない! まるでブラック企業だよ! ろーどーきじゅんほーいはん!」
「失敬な。配信も撮影も必ず間に一日インターバルを挟んでるじゃないか」
「それだけじゃ全ッ然足りないの! アタシ達まだ高校生なんだよ? 花のDKとJKなんだよ? なのに撮影だ仕事だって、こんなの青春がもったいないよ!」
「もったいないって……」
「……ま、オメーじゃ理解しがたい話だろーな。兄弟」
「リュート?」
珍しく空那へ助け舟を出したリュートへ首をかしげる。
……というか、僕らの中で一番忙しいのはリュートだろうに。「最近はたまたま暇な時が多くってな」とこうしてイデアの活動を手伝ってくれているが、売れっ子のスタイリストがここまで頻繁に来てくれるはずはない。ほとんど休みなんてないはずだ。
「リュート。忙しいならリュートは手伝ってくれなくてもいいんだよ?」
「寂しいこと言うんじゃねぇよ。心配せずとも俺はちゃんと休んでるぜ。じゃなくて、インターバルの他にもちゃんと休める時間を作るべきだって話だ。……一応、俺らは学生だしな。平日は学校もあるんだから厳密にゃ休みって感じにはならねぇだろ」
「そーだよ! ムカイにはないの? 一日中ずっとだらだらしたい! とか、どこかに泊りがけで遊び回るぞ! とか?」
「……? ううん。高校に入ってからは放課後も土日も仕事やイデアの制作につきっきりだったし。ああでも、仕事の間隔が空いた時にはテキトーに絵を描いてるかなぁ」
「ああ……オメーそういや仕事と趣味の境界線があいまいなタイプだったな」
「なにそれ?」
「ずっと創作し続けていずれ身体をぶっ壊すタイプ」
「流石にそんなことはないと思うけど……」
返ってきたのは二人の訝しげな視線だけ。……まさか信じられてないの?
これでも最近はちゃんと休んでるんだよ? 宣伝とか告知はもう空那に任せてるし、イデアのモデルの修正もないし。仕事はまだそれなりにあるけど、睡眠時間だって去年の同時期より二時間も増えて毎日五時間は眠れてるし……たまに寝ない時もあるけど。
あれっ、考えれば考えるほどホントに休んでるのか心配になってきた……
「何にしても、このタイミングでも休息は賛成だ。ムカイ、オメーと違って空那はまだ成り立てだしな。そろそろ期末も近いからいい機会だろ」
「…………ぇ。キマツ?」
何の?
「ムカイ?」
「あーダメだな。完全に忘れてたって顔してやがる」
「な、なな何を言ってるのさリュート。ちゃっちゃちゃあぁんとお憶えてるって」
「下手なウソなら吐かねぇ方がマシだぜ」
リュートがやれやれと言った様子で苦笑を浮かべた。
「学生で期末といやぁ期末テストしかねぇだろーが。もうすぐ夏休みだってことは一学期の終わり、総復習のテストがあんのは当然だろ。なーんで完全に失念しやがんだよ」
「そ、そういうリュートはどうなのさ!? キミだって僕らの手伝いと自分の仕事もあるんだから期末テストの準備なんてそうそうできるはずが――」
「はぁ? 勉強なんざスキマ時間でこまめに暗記すりゃ平均はいけるっつの」
くぅっ……そう言えばリュートは顔も頭もいいタイプだった。
いや、僕も普段はリュートを見習ってスキマ時間に勉強したりしてたんだよ? でも最近はイデアのことでかかりっきりだったから……ん? あれ、そう言えば――
「っていうか、僕テスト範囲の話すら聞いた覚えがないんだけど!?」
「……そいつは重症だな」
若干引き気味に肩をすくめるリュート。
「いつもならオメーも赤点回避くらい大丈夫だろーが、今回は別だろ? 空那だって成績はそこまでだからな。ここは一回息抜きとテスト対策を兼ねてまとめて休みにしちまっても問題ねーだろ。動画のストックだって万一に備えてはいるんだろ?」
「むむむ……」
僕は腕を組んで思考を巡らせる。
リュートの言うことはもっともだ。
僕らの学校は赤点を取った生徒は夏休みに補習を受けなくちゃいけないし、空那の学校も似たような感じだろう。それに、僕とリュートはともかくイデアの活動が原因で空那の成績が落ちてしまうような事態は避けたい。
動画はストックがあるけど、配信は……やっぱり休みにした方がいいかなぁ?
補習になると僕も仕事のスケジュールを調整しなくちゃいけなくなるし……でも今のタイミングでイデアの活動に空白を開けるのは――
「……うん。無理して成績下げてちゃっても意味ないし、テスト前とテスト後に三日ずつくらいのおやすみを入れようか」
「やったーっ!」
「決まりだな」
空那がもろ手を上げて悦び、リュートがニヤリとほくそ笑む。
……なんだかリュートの顔がまるで「たくらみが上手くいったぜ」とでも言いたげな感じなのだが、僕がそれを指摘するよりも早くリュートが手を叩いて場を取りまとめた。
「んじゃ、明日にでもまた集まるか」
「え、なんでさ?」
「おやすみになったんじゃないの?」
「あ? 決まってんだろ」
首をかしげる僕と空那に、リュートは腕を組んで宣言する。
「勉強会だ」