第11話 希望イデア、躍進開始!
結果オーライ、というのはまさしくこのことだろう。
もちろん、放送事故であることは疑うようのない事実だ。当然のようにSNS上などでは厳しい意見も多くほとんど炎上のような状態であったが、それ以上に肯定的な反応も数多くあり、出だしとしては十分な手ごたえであると言えた。
……うん。それはいいんだ。
それはいいんだけど……
「……ねえ空那。僕が言いたいこと、分かる?」
「…………たいへん申し訳ございませんでした」
まだ初配信の興奮冷めやらぬ撮影スペース。
後片付けをリュートに任せて、僕と空那はお互いに正座して向かい合っていた。
「うん。まあ、イデアのキャラクターが180度くらいひん曲がったのは確実だけど、それは僕がフォローしきれなかった部分もあるからね。むしろ、空那一人に重荷を背負わせすぎてしまった。それについては、むしろ謝るのは僕の方だ。ごめん、空那」
「……え? じゃあなんでアタシも正座させられてるの?」
「どうもうこうもないよ!」
バンと床を叩いて、僕はスマホの画面を空那へ見せる。
SNSの検索画面。配信直後の反応をエゴサしたものの一部だ。
「どうして僕がッ、キミよりも年下で! しかもよりにもよって僕からおねショタ的な関係を迫ってきてることになってるのさ!?」
「……あははぁ~」
僕の方は笑いごとじゃ済まないんだけど!
「やー、えっと。ホラ、私の方もまんざらじゃない風にフォローしたよ! 確かこう言うんだよね……誘い受けってやつ? イヤもイヤよも好きのウチ?」
「それでもセクハラ認定されるときはされるの!」
もちろん僕に「立場を利用して」だの「ヤリモクだった」だのといった目論見は微塵もない。なのでこの手の非難はあくまで一時的な反応……というか、むしろイデア自身がまんざらでもないように身をくねらせて語ったせいで別の誤解をされてるような気もする。
まあ、たしかにイデアの語り口のおかげで僕への風当たりが弱まったのは事実だから強く言えないんだけど……ていうか、なんでそれで受け入られたんだろ。
「リアルおねショタなんざフツーありえねぇからな、皆面白がってんだろ。ま、俺はその手の話題にゃ詳しくねぇが、需要で言うなら男女共にあるんだろうよ」
「うぬ……ぐぬ……」
「ま、すでに個人でデビュー前のイデアにここまでの配信環境を整えた狂人なんて認定喰らってんだ。今更特殊性癖の一つや二つ増えたところで誰も気にしねぇだろ」
「僕が気にするの!」
頭痛に耐えかねて頭を抱える僕。
そこへリュートがチラチラと確認していたスマホの画面を僕の方へと見せてきた。
「それに、若干一名の犠牲に見合うだけの成果はあったんじゃねぇのか?」
リュートが見せてきたのはイデアのチャンネルのトップ画面だ。自己紹介動画とつい先ほど終わった初配信のアーカイブしかないそれを見て、僕は目を見開いた。
「と――登録者、5000人越えッ!?」
「……え、それってスゴいことなの?」
「すごいもなにも、個人の初配信でここまでの数字を出すのは中々ないよ!」
現在のVドル界隈は企業勢の台頭にともなって「個人Vドルは伸びない」とまで言われるほど、企業所属ではないVドルには厳しい情勢となっている。多くのVドルが100人、1000人いけばいい方な中でこの数字はかなりの好スタートである。
「けど、それってムカイの知名度があったからじゃないの?」
「そうでもないと思うよ。僕はあくまでもイデアの親でしかないし。少なくとも、今日の初配信でここまで登録者が増えたのは間違いなく空那おかげだよ」
「……わ、私の?」
「うん。アクシデントはあったけど、それを逆手にとってあの場を持ち直したのは間違いなく空那の手腕さ。きっと僕だったらあんなに上手くなんかできっこなかったし、登録してくれた人たちはきっとそんなキミのこれからに期待してくれたんだと思う」
だから、と僕はまっすぐに空那を見つめ、告げる。
「ありがとう空那。キミのおかげでイデアが輝けた」
「…………そっか」
返ってきたのは、空那の小さな呟き。
「私なんかが、ムカイの役に――」
「という訳で、次の配信と動画について打ち合わせに入りたいんだけど」
「――へ?」
空那が首をかしげる。
え、もう? と言いたげにキョトンとしている空那。当たり前じゃないか。イデアの初配信は無事に終わったけど、それで一件落着なんてことにはならない。
むしろこれからが肝心なのだ。次の配信、次の動画、その他の取り決めなどなど。今回の一件によって所謂「バズった」と言われる状況をどれだけモノにできるか。学生である僕らは他のVドルたちより時間が限られている。できることはやっておきたいのだ。
「初配信はどうにか成功したけど、これからずっとこんなラッキーに頼ってばかりいるワケにはいかないよ。今回でイデアのキャラがキミに寄せられた分、方針も少し練り直した方がいいからね。いずれはイデアのSNSアカウントも任せたいし」
「ちょ、ちょっと待ってムカイ? ちょびっとくらいおやすみとか――」
「何言ってるのさ空那」
おやすみ? おやすみだって?
思わずフフっと笑ってしまう。
「これからが忙しくなるのに、おやすみなんかあるわけないだろう?」
「ムカイが死んだ目してるーッ!?」
「……やれやれだぜ。終電までには終わらせろよー」
「ちょっ、兄さんまで!」
「諦めろ空那。ありゃアドレナリンでおかしくなってやがる大バカだ。限界過ぎてぶっ倒れるまでは止まらねぇよ」
「そんにゃああああぁぁぁああぁぁ――」
「……フフフ、今夜は寝かさないよぉ」
「だから終電までには終わらせろっての」
空那の悲鳴が撮影スタジオに響くが、残念ながらここの防音設備は完璧。彼女に救いの手が差し伸べられることはなく、僕らの『希望イデア初配信』の夜は更けていった。
『希望イデアch』
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