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第10話 不穏を撥ね退ける力

 同接、要は同時接続者数だ。

 現在の配信を同時に何人の視聴者が見ているかを示す数字であり、基本的に配信開始からは一定の数字で安定するのが常だ。


 それが今、見るからに減少の一途をたどっている。


 通常の配信でも微増減くらいはあるが、これは明らかにそのレベルじゃない。配信開始時からおよそ2割ほどの減少。加えて、コメントの流れが目に見えて悪くなっている。


「SNSの方はどうだ?」

「……あんまり芳しくない」


 僕も手元でスマホを確認しながら答えた。


 見ているのはSNSでのエゴサ――イデアの配信に対する反応を検索した画面だ。配信開始直後は肯定的な反応や3Dモデルに驚く声が多かった半面……


『出だしは良かったけどなんか退屈』

『最初から3Dでやる理由ない』

『おっかなびっくりでやってるのか? こりゃ長くないな』


 ……なんて、散々なコメントが次第に増えてしまっていた。


 そして、SNSのエゴサは見えていないが、空那も僕らの表情を見て現状が芳しいものではないことに気付いているのだろう。彼女は配信画面確認用のディスプレイをちらりと一瞥してから、どうにか空気を持ち直そうと頑張っている。


『あ、ハハ……まだやっぱり、緊張してて――ましてぇ』


 だが、それが逆に足かせとなって空回りしていた。

 仕草や言葉がどこかわたわたとして、全体的にぎこちなさが目立ってしまっている。


『今後は、えっと、ゲーム配信とかはやってみたいですね。予定としては動画と配信を半分づつって感じで。スタジ――このステージは皆さんの世界に繋がるVドルをイメージして作ったもので、実は他にもくつろげる感じのお部屋が――』


「ステージってことは歌うの?」「歌声聞いてみたい!」


『その~えっと、今回はちょっと準備ができてなくて――』


 なんて、コメントとのやり取りすらたどたどしくなっていた。


「どーしたもんかね。撮影ならカットを挟めばいいんだが……」


 呟くように言うリュートの隣で、僕は空那に見えない位置で腕を組む。


 よくない。誰がどう見ても、これはよくない状況だった。


 今のイデアは、『イデアらしさ』を失くしてしまっている。動きや表情、話し方までもがカチカチで、配信開始時とはまるで別人のようになっていた。


 このままではいけない。そんなことは分かっている。


 だけど、ここで僕にできることはあるのか?


 配信は現在進行形で続いている。指示はインカムで出せるけど、いったい何を指示すればいいというのか。空那がイデアとして初めてライブ配信しているのと同じように、僕にだって初めてのライブ配信なのだ。とっさに良い解決策など浮かぶはずもない。


 もっと、自然体の彼女を見てもらえるようにするには、どうするべきか。


 なんて、僕が思考を巡らせた矢先のことだった。


『……ああもう!』


 イデア、いや、空那が動いたのだ。


 我慢の堰が決壊したかのようにダンと地団駄を踏んで、力強くカメラを指差し、



『これから! これからマジでがんばるから! ゼッタイッ、みんながバッチリ推せるVドルになるから! ちゃんと私のこと応援――ぁ』



「あっ」


 イデアと空那、そして僕の声が重なる。


 取り繕う暇はなかった。


 スタジオ内が沈黙に凍てつく。すぐに場を取り持っていればまだ軽く流れていたかもしれないが、もう手遅れだった。

 言った本人である空那は後悔に顔を青くし、僕は唖然と声を漏らしただけ。取り返しのつく一瞬はとうに過ぎ去っている。


 ――イデアの口調が崩れ、空那の砕けた言葉が出てしまった。


 それにこの沈黙とくれば、完全な放送事故である。


「タメ語?」「なんかいきなり言葉が砕けた」「そっちの方がいいじゃん」「だがイデアじゃないだろ」「放送事故確定?」「あーあーやっちまったか」「なになに、おじゃんにしちゃった感じ?」「新人Vドルが初配信早々に化けの皮を脱ぎ捨てた件」


 たった数秒。このほんわずかだけの沈黙でもうコメントを打つ視聴者たちは軽快に湧き上がり、各々が想いのままにコメントの流れを加速させていた。


『あ、あの。えっと、皆さん。その……』


「てか、なんかギャルっぽくなかったか?」「ギャル?」「そっかギャルじゃん」「信じて送り出した清楚系Vドルが実際はバリバリギャルでしたって?」「それなんて」「てか太刀ムカイはコレ知ってんの? 自分の設定を踏みにじられたようなもんだろこれ」


 最早、イデアの制止など誰も聞きはしない。

 濁流のように流れていく視聴者たちのコメントたち。しかし、一部の内容は十分に目で追えてしまったのだろう。真っ青になった空那の顔が僕へと向けられていた。


「おいムカイ。オメーこのまま見ているだけでいいのか?」

「そんなこと分かってるよッ」


 急かすように言うリュートに反論しながら僕は思考を回転させる。


 誤魔化しはもう利かない。大人しく非を認めて訂正したところでこの止まった流れを元に戻すことなど不可能。それはイデアというVドルの世界観を壊すのと同じだ。


 撮影スペース(ステージ)の空那へ視線を向ける。自らの失敗を悟って顔を蒼白にし、後悔に震える空那。様々な感情がごちゃまぜになったコメントの濁流に抗えず、茫然と立ちつくしている。とても一人で判断を下せるような状態じゃなかった。


 ……できるなら僕だって、すぐにでも空那の元へ駆け寄りたい。


 でも、それはできない。


 僕は空那を信じてイデアを託した。ここで配信を中断して彼女の元へ駆け寄ってしまえば、ここまでの頑張りを全て無駄にしてしまう。僕が必死になって生み出した希望イデアというVドルが、力を貸してくれた空那という『魂』が――死ぬ。


 僕が下すのは、そんな愚策なんかではない。

 初めから危惧できたリスクだ。空那の性格は、僕の考えたイデアのキャラクター性とは違っていた。それを承知した上でイデアを託したのは他でもないこの僕だ。


 ここで下すべきは、イデアをもっと輝かせるための、同時にその魂になってくれた空那を助けるための、たった一つの決断だ。


「空那、落ち着いて聞いて」

「…………え?」


 支持出し用のインカムを介して僕は唇を震わせた空那へ語りかける。


 ……ねえ、イデア。


 キミは『皆を照らす希望の一番星』で、僕が想い描いた『最強の美少女』だ。

 なら、キミのその明かりの中に、キミに成ってくれた空那も入れてくれッ!


「今のキミは、希望イデアだ。キミの一挙手一投足が、キミの考えることが、全部イデアのやることになる。キミがどんなイデアになっても、僕はキミを推すよ」

「それって……」

「うん。だから空那――キミらしく、思いっきりやろう」


 言った自分が恥ずかしなるほどの、芝居がかったような気取った言葉。

 しかし、その意図は確かに空那へ伝わった。僕がまっすぐに見つめた先で、空那は僕の言葉を反芻するように唇を動かした後、


『アハハハハッ! バレちゃあしょうがないよね! そう、何を隠そう希望イデアだって女の子だもんね! 普段はバリバリに今を生きる花のJKギャルをしてるのだぁッ!』


 イデアとして、思い切りはっちゃけた。


 イタズラが成功した子供のような笑顔で、たった数秒前までの彼女であればゼッタイに言わないであろう台詞を口にするイデア。今度は失言でも聞き間違いなどではない。その変化を察してすぐにコメントたちが湧き上がった。


「草」「大草原」「これは砂漠も緑化しますわ」「自分からはっちゃけてて草」「なんか知らない設定が出てきてて草」「さりげにJKが追加されてたぞ」「お、サバ読みか?」「てかマジで大丈夫なのかよコレ」「ヤケになってたりしない?」


『うんうん。騙すような真似しちゃってゴメンネ? ブーイングは最初の方針を決めた太刀ムカイ――さん? ん~なんか他人行儀すぎて呼び名がしっくりこないや』


「太刀ムカイは生みの親なんだからパパでよくね」「ママって可能性も微レ存」「今のイデアに成る前はバ美肉の予定だったからパパになるゾ」


『むぅ~確かにそーなんだけど、年下の子をパパって呼ぶのもなぁ~』


「年下?」「年下だと?」「ああ太刀ムカイって確か学生だっけ」「学生がイデアを生んだのか……」「確かに年下でもおかしくはないな」「あれ、だったら逆にイデアがやべぇレベルのBBAである可能性も」「それ以上はやめておけ」「おねショタ」「なるほど、ショタ喰いか」「おねショタの波動を感知」「なるほど」「ひらめきました」


『あ~変な勘繰りしてるなーッ? 私だってそこまで年上じゃないよ! それとあんまり詮索するようなコメントはNGだからね? じゃあ間を取ってパパくんって呼ぶことにしよっかな。どーかなパパくーん? うん、オッケーは聞こえてないけどけってーい!』


 ――と、イデアはころころと話題を変えながら話を続けていく。


 先ほどまでとはまるで別人。人が変わったと言ってもいいほどの変貌ぶりに最初はコメント欄も困惑気味であったが、イデアが身振り手振りを交えながらテンポよく話を続けていくにつれてだんだんと感化されたようにその流れを早めていった。


「こいつは、なんとか持ち直せたって感じか?」

「うん……僕の呼び名に関してはいささか不服だけど」


 SNSを確認しながら呟くリュートに、同調して僕は頷く。

 ちなみに僕と空那は同じ年で、空那の方が少しだけ誕生日が早いだけ――というのはともかくとして、リュートの言う通り配信の空気を持ち直せたのは確かだ。


 いや、これはむしろ、それ以上といった方がいい。


 僕が定めた『希望イデア』とは違う、空那が成った『希望イデア』の姿。


 思い描いていた彼女の枠組みから外れてしまったというのに、今までのイデアの姿よりもむしろ彼女らしい、なんて思わせてしまうほどの輝きがあった。


『――それじゃ! パパくんに新しい衣装や色んなご褒美をいっぱい貰うためにも、色んな配信や動画投稿とかやっていきたいと思うので! チャンネル登録やグッド評価とかでじゃんじゃん私のことを応援ヨロシクお願いしまーすッ!』


 予定時刻を迎えてイデアがそう締めくくり、希望イデアの初配信が終了した。


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